第33話 罪の記録・1

 魔王――否、エルフの魔女は、水晶の力で古い記憶をヴァイス達に見せてくれた。


*

 時は今から二百年前――七代前の国王の時代。


 王都に「ブランシェ」という名のエルフの女性がいた。彼女は美しいブロンドの髪と露草色の瞳を持ち、当時の王宮に仕える優秀な白魔導師だった。


 時の国王シュバルツ一世は、「不老不死の薬」を作ることをブランシェたち王宮白魔導師に命じた。ブランシェは王の命に従って薬の研究を重ね、試行錯誤の末、ついに若返りの薬の作り方を発見した。薬の完成までには長い年月がかかり、完成したのは国王が五十の歳の頃だった。


 若返りの薬は、「世界樹の雫」に強力なまじないをかけ、特殊な方法を用いて精製された薬だった。――このまじないは、ヴァイスたちエルフ族が使う「物体を長持ちさせる秘術」に似ているように思えたが、映像がぼやかされていたので詳しい製造方法はわからなかった。若返りの薬の精製方法は、発見したブランシェと当時の国王シュバルツ一世だけの間の極秘事項とされた。


 「若返りの薬」を飲んだ者は、肌はツヤツヤ、髪の毛はフサフサになり、体中の痛みが消えて、たちまち元気になる。国王はこの薬を大層気に入り、一度も欠かすことなく定期的に飲んだ。やがて、国王に特別に選ばれた貴族たちも若返りの薬を飲むことを許可された。


 国王は六十歳、七十歳を過ぎてもまだまだ元気で、見た目は五十代の頃と少しも変わらなかった。人族の最高齢が八十歳と言われていた当時において、それは本当に魔法のような薬だった。

 開発したブランシェにも特別な褒美が与えられ、ブランシェは自らの仕事が人々の役に立ったことに純粋な誇りと喜びを感じていた。


*

 しかし、悲劇は突然に起きた。

 国王の齢が百歳を超えたある日、突然、血を吐いて国王が病に倒れたのだ。


 すぐに国中の白魔導師と医者が呼ばれたが、何をしても王の体調は良くならない。もちろんブランシェも若返りの薬と、自分の持ちうる全ての知識、白魔導術をもって王を回復させようと試みた。だがどんな薬や術も効果がなかった。


 国王の体は日に日に弱り、ついに国王はこの世を去った。

 それと時を前後して、若返りの薬を飲んでいた貴族たちも次々と同じような病に倒れて亡くなっていった。若返りの薬を定期的に飲んでいたにも関わらず、だ。


 原因不明のその新しい病は、「若返りの薬」を飲む者たちだけが罹るように思われた。

 その不治の病は「若返りの薬の副作用だ」と噂され、ついにブランシェはその責任を問われ王都を追放されることとなった。若返りの薬も、二度と飲む者はいなくなった。


*

 王都を追放され悲しみに暮れたブランシェは、ここ北東の地に居を構え、二度と王都に戻ることなく隠居した。


 それから何十年もたち、医学の進歩とともにある学説が発表された。それは「生物の細胞には再生可能な回数が決まっていて、その限界を超えた細胞は徐々に機能を停止して緩やかな死を迎える」というものだった。


 ブランシェは、国王や貴族たちの死因もその法則によるものだったのだと悟った。そして同時に、いくら寿命を延ばしたとしても生き物はいつか必ずこの世を去る定めであり、不老不死など実現不可能なのだということも悟ってしまった。


 母なる大地から生まれた生命は、すべからく母の元へ帰らなければならない。朽ちた肉体は他の生命の苗床となり、新たな芽吹きを支える。それが自然の摂理なのだと。


 ブランシェが作った「若返りの薬」の精製方法を記した書物は王室に献上され、今でも王宮の宝庫に保管されている。しかし今ではもうブランシェのことを覚えている者も、若返りの薬の真実を知る者もいない――。一人森の中に住まう、この魔女を除いては。


*

 魔女の映像を見終えたヴァイス達は、沈黙した。それは、「魔王」の伝説――不老不死の"賢者の石"を作ろうとした魔王が東の王都の民の命を次々に奪ったという伝説――とあまりにかけ離れていたからだ。



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◆冒険図鑑 No.33: 伝説

 伝説は「真実」とは限らない。人々の口で語り継がれていくうちに事実は形を変え、尾ひれがつき、気が付けば原型を留めぬただのお伽話と化してしまうものなのだ。

 人魚の伝説然り、魔王の伝説然り。

 もしかしたら今この瞬間にも、新たな伝説の物語が創り出されているのかもしれない……。

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