第8話 世界樹と温泉

 森で助けた獣人兎ラビット族の二人、リエーヴルとアリーセに案内され、五人は改めて世界樹の麓の獣人村を訪れた。


 世界樹そのものに寄りそうように建てられた住居用の建物の数々。その間を獣人兎族ラビット獣人鳥族ハーピーの住人がせわしなく行き交っていた。活気がある――というよりは、どこか慌てているようにも見える。


 村の入り口に着くと、一人の若い獣人兎族の男が慌てた様子で駆け寄ってきた。真っすぐリエーヴルとアリーセの元に向かって来る。どうやら二人の知り合いのようだ。


*

「リーエヴル、アリーセ! 遅かったから心配したぞ」

「あなた!」

「お父さん!」

「んっ、お父さん……?」


 リエーヴルとアリーセの会話に、カッツェが思わず驚いた声を出した。リエーヴルが向き直り、隣の男性を紹介する。


「ご紹介が遅くなりました。私の夫のラヴィです」


 ラヴィと呼ばれたその男性は、灰色から白に変わる長い耳を持っていた。爽やかな好青年という感じだが、どこか頼りなさそうにも見える。そもそも獣人兎族は総じて臆病な性格をしているのだ。


 ヴァイス達が思わず驚いたのは、リエーヴルとラヴィの見た目があまりに若かったからだ。二人ともどう見ても16~17歳ほどの若者で、アリーセくらいの年齢の子供がいるようには見えなかった。

 その五人の驚きを感じ取ったのか、リエーヴルが娘のアリーセの頭を撫でながら説明する。


「ふふ。この子は3歳、私は20歳です。でも獣人の20歳は、人間で言うと40歳と同じくらいですから。子供がいてもおかしくありませんよ」


 娘のアリーセはとても3歳には見えないくらい大人びている。カノアよりは小さいが、人間なら5~6歳くらいの身長はありそうだ。

 獣人族は人族やエルフとは成長の速度ペースが異なる。幼少期は実年齢よりも早く成長するが、青年~中年期はその若さを保っているようだ。


「そうニャン。ニンゲンとは違うってボクも前に言ったニャン」

「20歳か……私と同じくらいの年齢だ……」


 種族は違うが同じ獣人のカノアは、何を驚くことがあるのだと主張している。その隣でレイアが微妙にショックを受けていた。どうやら同じ年頃の女性が既に子をもつ母親であることに驚いているようだ。年頃の女性には色々と思うところがあるらしい。


*

 獣人の村では、リエーヴル達を救ったお礼として宿と食事が振る舞われた。ジャングルに入ってから丸三日。ろくな食事と寝床に恵まれていなかった五人は、有り難くその申し出を受け入れた。


 獣人村に入ってからわかったことだが、獣人兎ラビット族の村は主に地下に拡がっていた。兎族は地下の地盤に沢山の横穴を掘って、そこで生活しているのだ。

 世界樹の幹に住居を構えているのは、主に獣人鳥族ハーピー。この獣人村では、地上と空に鳥族、地上と地下に兎族と、二種類の種族が共生して仲良く暮らしていた。


 兎族はジャングルの地下で魔鉱石や宝石を採取して生活しているらしい。世界樹の麓の大地には、強い魔力を秘めた良質な魔鉱石や鉱物がたくさん埋まっているそうだ。鳥族は世界樹の枝と葉を管理し、守っていた。侵入者がその樹を傷つけないよう、鳥族と兎族の戦士が何世代にも渡ってこの地を守ってきたのだという。


*

 獣人村にはなんと天然の温泉まであった。五人はそれぞれ、風呂に浸かって旅の疲れを癒す。


「僕、温泉って初めて入った!」

「気持ちが良いものですね。それにここ世界樹の麓は、森の精霊のエネルギーが満ち溢れています。ずっとここにいたいくらいですね……」


 はしゃぐノエルの言葉に、ヴァイスもいつになくくつろいだ気分を味わっていた。

 エルフ族のヴァイスにとっては、土地のエネルギーそのものが栄養になる。ここ世界樹の周りには他で類を見ないほどの密度の高いエネルギーが充満していた。ヴァイスの体にも心地よいエネルギーが満ちてくる。


「……ところでカッツェは、リエーヴルが結婚してるって聞いてちょっとショック受けてなかった?」

「う、受けてない! 受けてないぞ!」


 いたずらっぽい目で尋ねるノエルに、カッツェが慌てて否定している。


「カッツェは、あぁいう女性が好みなんですねぇ……」

「な、ヴァイスまで! 違うと言ってるだろうが!」


 いつも何かと冷やかされているお返し、とばかりにヴァイスも交ざった。ますます慌てるカッツェに、ヴァイスとノエルは顔を見合わせて笑うのだった。


「しかし……種族が違うと、先立たれる者は辛いものです。あの人魚姫の唄のように……」


 思わず口をついて出てしまった言葉に、ヴァイスは少し後悔した。吟遊詩人の唄を聴いて感じた想いが再びこみ上げてきたからだ。


 獣人族と人族では人族の方が寿命が長いように、長い寿命をもつエルフ族はいつも友を見送る側になってしまう。例えどんなに愛する人がいても、必ず老いと死が二人を別つ時が来る。


 それがわかっているからこそ、エルフ族は普段あまり他の種族と関わりを持たない。他人との関わりが増えて情が深まれば深まるほど、その先に待つ別れの辛さを想わずにはいられないからだ。


 悲しみたくなければ、最初から誰に対しても心を開かなければいい――それが祖先である古代エルフ族の教え。だが今のヴァイスには、それが無理だということもまた理解していた。この四人の大切な仲間達は、既に彼の心の内で大きな部分を占めている。それを今さら消し去ることはできなかった。


「うん……そうかも知れないね」

「おいっ、お前ら何かしんみりしすぎだぞ! そういうことは好きな人でもできてから言え!」


 ぽちゃんと湯に沈みながら呟くノエルに、カッツェがバシャバシャとお湯を掛け飛ばしながら喚いた。ヴァイスは苦笑しつつカッツェに少し感謝する。彼のお陰で、感傷的なムードが吹き飛んだ。


*

 獣人村で久しぶりに旅の疲れを癒した翌日。

 五人が外に出てみと、村の広場には何やら獣人達が集まっていた。中には兎族と鳥族の長老もいるようだ。一体これは何かの集まりかと近寄る一行に、兎族と鳥族の長老が話しかけた。


「おぉ旅のお方よ。実は皆さんの腕を見込んで頼みがあるのです」



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◆冒険図鑑 No.8: 獣人鳥族ハーピー

 鳥の翼と鳥の尻尾を持つ獣人族。翼は背中に生えているのではなく、腕が翼として機能する。

 獣人鳥族ハーピー族は詩が得意で、吟遊詩人になる者も多い。男性は鍛えればある程度の体力をつけることができ、偵察兵や空中戦の得意な特攻兵として軍隊にスカウトされる者もいる。

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