第7話 獣人兎族と黒豹

 森の中から聞こえた悲鳴に、五人は慌てて駆けつけた。

 そこには真っ黒なヒョウに襲われかけている兎耳の女性――獣人兎族ラビットの娘二人がいた。


*

 姉妹だろうか。一人は若い女性でもう一人は幼い少女だ。二人とも真っ白な兎の耳と尻尾を持っている以外は、人間の娘とほぼ変わらない。

 年長の娘は幼い少女を背後に庇い、護身用のナイフを握ってヒョウと対峙している。その足からは血が流れ、近くには娘が倒れた時にばら撒かれたと思われる果実が転がっていた。

 黒豹は姿勢を低くして狙いを定め、今まさに二人に飛びかかろうとしていた。


「うぉおおおお!!」


 最初に動いたのはカッツェだった。

 ざんっと音を立て、娘に噛み付こうと飛びかかったヒョウの体を斧で横から切り付ける。


 突然の襲撃に不意を打たれたヒョウは、甲高い鳴き声とともに地面に転がった。

 が、すぐに一回転して態勢を立て直すと、獲物を横取りするなとばかりに振り返ってカッツェを睨みつけた。

 ギラギラと金色に光るその眼には狂気じみた怨念が満ちている。改めて対峙してみると通常のクロヒョウよりも遥かに大きいことに気が付いた。その体からは黒い瘴気が湯気のように立ち昇っていた。


「……魔獣です! カッツェ、気を付けて!」


 その正体にいち早く気付いたヴァイスは、警告を発した。同時に彼に掛けていた魔法障壁バリアの強度を高める。


「レイア、その娘達を後ろに隠せ!」


 カッツェの言葉に、レイアがすぐに怪我をした娘を抱えて後ろに下がった。

 背後の気配でそれを確認したカッツェは、炎魔導を発動してその斧に纏わせた。魔獣ならば、手加減は無用だ――。


 カッツェが臨戦態勢に入ると同時に、魔ヒョウが鋭い牙と爪をむき出して襲い掛かった。


「――せやっ!」


 カッツェが気合いとともに斧で魔豹を真横に薙ぎ払った。鈍い音を立てて敵が右に吹っ飛ぶ。そのまま魔豹は一直線に飛んで木の幹にぶつかり、どさりと地面に落ちた。


「……やったか?」


 カッツェが警戒を解かずに魔豹の様子を伺う。しゅうう、と音がして、魔豹から墨色の煙が立ち上った。どうやら事切れた様子だ。


「……ふう」


 ようやくカッツェが緊張を解いた。一時は肝を冷やしたが、終わってみれば一瞬の決着だった。


 魔豹を一撃で仕留めるとは――。武器に炎の魔導術を纏わせるやり方を教えたのはヴァイスとノエルだが、どうやらカッツェはその戦い方も充分に自分のものとして身に付けたようだ。初めて出会った時と比べても、彼の戦闘力は各段に向上している。

 三十路を超えてなお成長していくその姿は、エルフ族にはない向上心と努力の賜物だ。改めてヒト族の勤勉さと意欲には感心させられる。


*

「……獣人兎ラビット族の方、すぐに手当てをします」


 さっそく白魔導で怪我をしていた年長の娘の足を治療した。出血はしていたものの、幸い深い傷ではなかったようだ。

 兎族の娘は見慣れぬ魔法に驚きながら、感謝を述べた。


「あ、ありがとうございます。こんな村の近くで魔獣に襲われるなんて思わなくて……油断していました」

「いや、礼には及ばん。間に合って良かった……ほらこれ、あんたの荷物だろ」


 そう言ってカッツェが果実の入った籠をぐいと娘に差し出した。先ほど娘が落としてしまった荷物をいつの間にか拾い集めていたようだ。……彼にしてはなかなか気の利いた振る舞いだ。


 カッツェの言葉に兎族の娘がさらに驚いて、真っ赤な顔で荷物を受け取った。


「あ、ありがとうございます! なんとお礼を申し上げてよいか……。私はリエーヴルと申します。この子はアリーセ。どうか、私達の村でお礼をさせてください」


 側にいたアリーセも、ピッタリとリエーブルの背中にくっついたままぺこりとお辞儀をしている。アリーセはカノアよりもまだ幼い。人族で言うと5~6歳くらいに見える。白い兎の耳はまだ短く、不安そうに小刻みに揺れていた。


「カッツェ、かっこいい~♪」「ニャ♪」

「ちゃ、茶化すな! さっきは本当に危なかったんだぞ」


 ノエルとカノアは妙にテンション高くカッツェをはやし立てている。確かにカッツェの行動は、まるで森の中で襲われていた姫君を颯爽と助ける王子のようだった――。

 茶化されたカッツェも、珍しく顔を赤くしながら照れている。


 リエーヴルはそんなやりとりを見て微笑むと、アリーセの手を引いて自分達の住む獣人村に五人を案内してくれた。



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◆冒険図鑑 No.7: 獣人兎族ラビット

 兎の耳と尻尾をもつ種族。地下に穴を掘って住むことが多く、暗闇でも目が効く。物音に敏感。

 基本的には温厚で臆病な性格をしており、牙などの特徴的な武器も持たないため、あまり戦闘には向かない種族である。

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