第20.5話 ヴァイスの回想

 父ゴルトの話しぶりでは、すぐにでも国王と謁見しなければならない様子だったのだが、母ローゼと兄ブラウがそれを止めた。まずは長旅を終えて到着したばかりの五人を休ませるべきだ、と気遣ってのことだった。


 久しぶりに帰った実家の変わらぬ姿に、ヴァイスは少し安堵を覚えていた。


 故郷に帰るのは実に二年ぶりだった。二年前に突然王都を去った自分を、父と兄は怒っていないだろうか。――そんなことに少しだけ不安を感じていたヴァイスだったが、彼らは変わらずにヴァイスを迎え入れてくれた。もちろん、彼らがそんな些細なことを気にするような人物ではないとわかってはいたのだが。


*

 ヴァイスの父と年の離れた兄は王宮直属の「宮廷魔導師団」で、それぞれ大佐と中尉という責任ある立場に就いている。

 宮廷魔導師団は、王都中から集められた精鋭魔導師が集う国内最高峰の部隊だ。所属する魔導師の待遇は一級で、時には貴族よりも優遇されることもあった。王都に属するすべての魔導師が憧れる職業と言っても過言ではない。


 ヴァイス自身も、幼い頃はそんな父と兄に憧れて王都の魔導師養成学校に進学していた。しかし入学後の適正検査で『攻撃属性と圧倒的に相性が悪い、白魔導師タイプ』であると判断されてしまった。


 宮廷魔導師団に入るためには、何よりもまず人より抜きん出た攻撃魔導術が必要である。だがヴァイスの温和な性格が影響したのか、母から受け継いだ特性なのか、彼は攻撃系の魔導術がどうしても苦手だった。

 厳密に言うと攻撃魔導が使えないわけではないのだが、威力のわりに魔力を大量に消費してしまう。非常に燃費が悪いのだ。エルフ族として生まれ持った魔力量が高かったため入学前には気付かなかったのだが、年を追うごとに同級生との差は顕著になった。


 父も兄も、周りの教師たちも、「契約した精霊の向き不向きもあるから仕方がない」と慰めてくれた。だがヴァイスは期待に応えられなかった自分のことを常にどこか後ろめたく思っていた。


 魔導学校を卒業後、ヴァイスは王宮付きの白魔導師となった。治癒と補助系の魔導術おいては魔導学校でもヴァイスの右に出る者はおらず、白魔導師としては異例の飛び級&主席での卒業だった。そのまま最年少で王宮魔導師に就任し、これには父や兄をはじめとする周りの皆も喜んでくれた。


 だが、当時はそんな自分にまだ自信が持てなかった。

 近年の王都では、医学技術が目覚ましい発展を遂げている。人々は、昔ながらのまじないや回復魔導に頼らなくなり、科学と技術による新しい医療へと移行していた。


 残念ながら白魔導師は、今では人々からあまり必要とされない存在に変わってしまっている。今の王都で白魔導師が役に立てる場所と言えば、医療施設や医師が不足しているような村や町のみ……つまり地方や田舎に限られていた。


 魔導学校を卒業したヴァイスは、王都から地方へと派遣され、様々な村で治癒の仕事にあたっていた。しかしヒト族の勤勉さと技術力の発達は、変化の緩やかなエルフ族から見て、目覚ましいものだった。ヒト族はエルフのように魔力に恵まれていなくとも、知恵と団結の力で次々と自らの課題を解決してしていく。


 そんなヒト族の暮らしぶりを見て、ヴァイスは自分の存在価値を見失っていた。「魔導術に頼らなくても、病気や怪我を治すことができる」――数百年前、いや数十年前ですら考えられなかったことが、目の前で繰り広げられていた。少なくとも王都周辺において、ヴァイスの能力はこれっぽっちも必要とされていなかったのだ。


 自分の価値を見いだせなくなったヴァイスは、すっかり自信を失っていた。そしてある時、気分転換の有給休暇を取ることにしたのだ。

 旅行先としてたまたま選んだのが、海を渡った西大陸。

 そこで、ノエルと出会った。


*

 ヴァイスは、隣の少年を――見慣れぬ都市と室内の調度品の数々にはしゃいでいる華奢な少年を――ちらりと振り返った。

 見た目も弱々しいこの少年は、たぐいまれな魔導術の才能を持っている。初めてノエルの魔導術を見た時には、本当に驚いた。たった一人で、魔鳥ガルーアを数十羽も燃やし尽くしてみせたのだ。千人規模のギルド戦で巨大な落雷を落とし、一瞬で敵を降参に追い込んだこともある。


 今ではその強さにもすっかり慣れてしまったが、当時のヴァイスにはその強さが眩しくすら思えた。彼が望んでも手に入れられなかったものを、この少年は持っている――。


 だが彼と一緒にいるうちに、その弱さにも気付いた。大型の魔導術を使うたびに、魔力枯渇で失神してしまうノエルの姿を何度も見てきた。それでも彼は戦うことをやめなかった。自分の力を見せびらかすためではない、必ず誰かのために力を使うのだ。その小さな体で、全力で。


 だからヴァイスはノエルと一緒にいることを選んだ。ノエルを守ること。それが周りの人々を助けることにも繋がると思ったからだ。それから二年間、二人はともに歩んできた。

 エルフの青年と、ヒトの少年。立場は少しだけ異なるが、ヴァイスはノエルのことを大切な盟友ともだと思っていた。


*

 視線に気付いたらしい少年が、こちらを振り返った。薄蒼色の大きな目でこちらを覗き込んでくる。


「ヴァイス、どうかしたの?」

「……いいえ。なんでもありません」


 この少年は、意外と勘が良いのだ。ぼんやりと感傷に浸っていたことを悟られたくなくて、照れ隠しに少しだけ笑った。


「大丈夫。魔王がどんな奴だって、負けるつもりなんてないよ!」


 自信満々に、ノエルが言ってみせた。物思いにふけっていたヴァイスが、魔王のことを心配していると思ったのだろう。


「そうだぞ、俺達に任せておけ。なんたって俺達は【伝説の勇者】様だからな!」

「でもドラゴンみたいに強いヤツだったら、ちょっと心配だニャン」

「心配するな。カノアのことは、私が守る」


 横からカッツェが、続けてカノアとレイアも次々に口を挟んだ。


「みなさん、ありがとうございます」


 そう言って、心強い四人の友に笑顔を向けた。

 そうだ、心配など要らない。今はノエルだけでなく、カッツェやレイアやカノアという力強い味方もいる。この仲間と一緒ならば、きっとどんな問題だって解決できるのだから。


「――まずは国王の話を聞いてみなければいけませんね」


 再び心を引き締め直し、ヴァイスはひと時の休息に身を委ねるのだった。



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◆冒険図鑑 No.20.5: 魔導師養成学校

 東の王都にある魔導師見習いが通う学園。ヴァイスの父や兄もこの学校に通っていた。

 魔導術の特性さえあれば入学や卒業に年齢の制限はなく、平均して6歳~18歳までの生徒が通っている。


 実は、ノエルの両親が出会ったのもこの東の王都である。――が、その物語は別の機会に語られるだろう。

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