東の王都

第20話 故郷への帰還

 人魚の川を越え、さらにジャングルを抜けること数日。ついに一行はヴァイスの故郷、東の王都に辿り着いた。


*

 王国の周りはジャングルとは一転して、穏やかな稜線が広がる平野になっていた。馬や牛、羊やヤギといった家畜が放牧され、畑では黄金色の小麦が風に揺れている。

 のどかで平和なこの風景は、王都直属の近衛兵団がそれだけ優れた管理手腕を持っていることを示していた。東の王国が何世紀か前に領地を拡大して以降は、無法者や侵入者、魔物や怪物をことごとく駆逐したため、今ではほとんど脅威となるような外敵は現れない。


 王都の周辺には小都市がいくつか隣接しているが、王宮がある中心部はさらに高い塀と堀で囲まれていた。

 何世代か前の王の時代に作られたその構造物は王都全体を要塞のように固く守り、その発展と栄光を支えている。ノエル達の出身である西大陸には、これほど大きな都はない。ヴァイス以外の四人は、圧倒的なスケールの違いにただただ驚くばかりだった。


*

 王都に足を踏み入れた直後、カッツェが見慣れぬ物体を目にして驚愕の声を上げた。


「おわぁ! 黒くてでっかい怪物が……! ド、ドラゴンか?!」

「あれは汽車です。蒸気機関で動きます」

「蒸気機関……って、何?」


 西大陸は東大陸ほど科学文明が進んでいないため、蒸気機関車などというものは存在しない。線路も機関車も見たことがないノエル達は、仕組みを説明しても訳がわからない様子だった。

 ヴァイスとしては見慣れた風景なのだが、確かに改めて王都に戻ってくるとその建物の高さや物の多さの違いに自分でも驚いた。王都を離れていた二年間の間にも様々な科学道具が発明されたようで、王都はますます活気に満ち溢れていた。


「ヴァイスの故郷って、進んでるんだな……」


 カッツェが感心しきりで呟いた。

 だが東大陸の文明が進んでいるのは、東の地の民が優れていたからという訳ではない。過去数世紀の間に幾度となく繰り返されてきた戦争の結果、主に魔力を持たない人族が他の種族に対抗しようとして技術を発達させてきたのだ。大砲や銃、それに汽車や飛空艇も……そのほとんどは、戦争で使うために東の大陸諸国で発明されたものだった。輝かしい発展の陰には、そういった黒く冷たい歴史もあるのだ。


*

 ヴァイスの実家は王宮のほど近く、一般的に高級と言われる住宅地の中に位置していた。

 ヴァイスは特に深く考えずにノエル達を自分の実家へと案内したが、家が見える位置まで来てから、しまったと思った。


「……ここがヴァイスのお家?」

「広っ! お城か?」

「ヴァイスのお家って、お金持ちだったのニャ?」

「驚いたな……」

「いえ……それほどでもないですよ」


 ヴァイス以外の四人が目を丸くしている。目の前に立っている建物は、ノエルやカッツェの家と比べると十倍以上の広さがある。

 ヴァイスは少し困って微笑んだ。今さら遅いのだが、お坊ちゃま育ちと思われるのは何となく気恥ずかしかった。先に何か一言いっておけば良かったと少し後悔する。


 王都や都会に定住するエルフ族は、そもそも珍しい。寿命が長く忠誠心が高いエルフは、王都の居住に関して他の種族よりも多少優遇されている面がある。別にヴァイスの家柄が飛び抜けてお金持ちという訳ではない。この家を保てているのは、主にヴァイスの父親の功績のお陰だ。真面目な父は、先代の国王にも今代の国王にも気に入られている。


*

 玄関の呼び鈴を鳴らすと、ヴァイスの父と兄、その後ろから母親が出迎えた。


「……父上、兄上!」

「ヴァイス……よく戻ってきたくれた」


 父のゴルトは肩幅が広く、性格は非常に厳格で典型的な軍人タイプだ。母のローゼは逆に線が細く、温和な性格をしている。兄ブラウは見た目こそ父親似だが、快活で朗らかな性格をしている。ヴァイスはどちらかというと母親似だった。


 ヴァイスの父と兄は、王都直属の宮廷魔導師団でそれぞれ大佐と中尉を務めている。ヴァイスが南方諸島を出発する時とここに着く直前に手紙を飛ばしていたので、今日は父兄ともに一時的に昼間から家に戻って来ていた。


*

 父・母・兄と、順番にエルフ流のハグとキスの挨拶をを交わす。向かい合わせに抱き合って、軽く両頬にキスをする形式的なものだ。


 エルフの風習に慣れていないノエル達も、どぎまぎした様子でそれに従った。カノアは誰に対してもフレンドリーなので、むしろ自ら抱き着きにいく勢いで挨拶に応じている。レイアはハグなどしたことがないようで、ガチガチに緊張している。カッツェは、なぜか兄のブラウと初対面で意気投合していた。二人の性格に相通じるものがあったようだ。


「ヴァイスと兄さんは歳が離れてるって聞いていたが、そんなに離れているようには見えないな」

「兄は今年で42歳ですよ。兄と私は15歳差です」

「えっ、俺より年上?!」


 カッツェが目を丸くした。


「ちなみに父と母は、84歳と82歳です」

「親父さんとお袋さんも、見た目は四十代にしか見えないのに……」


 獣人とは逆で、人族より長寿なエルフの実態にカッツェ達が驚いていた。


*

「さて……ヴァイス。着いたばかりのところ申し訳ないが、一度王宮に来てほしい」


 一通りの挨拶が終わると、父と兄が深刻な顔で話し始めた。


「王都の魔導師を辞任した身である私が、いきなり王宮に出向くと言うのは気が引けますが……。一体何があったのですか?」


 ある程度の予想はしていたが、父と兄の様子から、事は深刻なようだ。

 だが、とヴァイスは不思議に思う。王都の入り口から自宅まで歩いてきた限り、王都は変わらず賑やかで活気に満ちていた。父と兄から送られてきた手紙には、「王都が魔王の脅威にさらされている」と書かれていたが――。


「それを、王が直々にご説明するつもりなのだ。王はいま、強力な白魔導師の力を必要としている。だが知っての通り、今の王都には優秀な白魔導師がほどんど残っていない。お前のように、各地に散らばってしまったからな。だからこうして各地の白魔導師に便りを送って協力を要請しているのだ」

「強力な白魔導師の力が必要……ですか」


 父の言葉にヴァイスは考え込んだ。白魔導師の力が必要になる事態と言えば、人が怪我や病気になった時、もしくは戦争で味方を後方援護するときだ。


 王都を襲う魔王に対して、戦力を揃えてこれから全面戦争を仕掛けようと言うのだろうか? それとも、魔王の攻撃によって国王か要人が大怪我でも負ってしまったのだろうか。


 いずれにせよ、王が直々に話すと言うのであれば、それを聞くしかない。五人はヴァイスの父や兄とともに、明朝から王と謁見することになったのだった。



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◆登場人物紹介 No.6: ヴァイスの家族

 ヴァイスの一家は、由緒正しい純血のホワイトエルフの一族である。

 父ゴルトは84歳(見た目は40代)。王宮魔導師団の大佐を務めている。

 兄ブラウは42歳(見た目は20代)。王宮魔導師団の中尉を務めている。

 母ローゼは82歳(見た目は40代)。現在は専業主婦だが、昔は王宮付きの白魔導師をしていた。


 父と兄は金色の髪と蒼い瞳、母はヴァイスと同じ藍色の髪と薄紫色の瞳をもっている。

 エルフ族の特徴として全員が類まれな魔導術の才能に恵まれ、魔導師でなくとも生まれつき人族の三~五倍ほどの魔力量をもっている。

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