第21話 勇者と魔王と賢者の石・1
国王と謁見するため、ヴァイス達は王都中央にそびえ立つ宮殿へと向かった。
*
「ヴァイスよ、久しいの。元気にしておったか」
「ご無沙汰しております、陛下」
国王ヴァールハイトの御前で深紅の絨毯の上に膝を折ってかしづき、ヴァイスは緊張した面持ちで挨拶した。
二年前に自らこの王宮直属の白魔導師の任を自ら辞したヴァイスにとって、王と対面するのは非常に気まずいものがある。
それにしても。国王が大怪我をして各地の白魔導師を呼び戻したのでは……という予想は外れていた。見る限り、五十代になる国王はいたって健康そうだ。ただし心労のためか、その目の下には薄っすらとクマができている。
「ヴァイスよ……わざわざお前を呼び戻したのは他でもない。今この王都は、魔王の脅威にさらされておるのだ」
「はい、そこまでは父から聞いております。伝説の魔王が甦ったと」
ヴァイスは伏せていた顔を上げた。
父や兄に付き添われて後ろに控えるカッツェ、ノエル、レイア、カノアの四人は、息を潜めて話の成り行きを聞いている。
*
豪華な黄金の玉座に座る国王ヴァールハイトは、苦々しい顔で話し始めた。
「異変が起きたのは先月。余の国王就任五周を祝う舞踏会が開かれた
「消えた――?」
「
「王宮の近くに、そのような者が……」
"魔導師が犯人"という言葉に、ヴァイスはショックを受けた。後ろの父と兄も言葉は発しないが、同じ魔導師として胸を痛めているに違いない。
「もちろん、余の命令で犯人の捜索は直ちに行った。術者が調べたところ、その術はここから北東の地……"魔王の森"の辺りから発せられておったのだ」
「魔王の森――あの地に人が住んでいたとは……」
王から語られる言葉に、ヴァイスは困惑していた。
王都から北東に位置する「魔王の森」。そこはかつて魔王が封印されたと言われている地だ。森は深い霧で覆われ、 人間はおろか獣すら足を踏み入れることのない「死の森」として恐れられていた。森に入った者には、魔王の呪いによって災いが訪れると言われている。
「驚くのも無理はない。彼の地はもう二百年の昔から誰も足を踏み入れなくなったからの。しかし本当に王宮侵入の犯人が彼の地にいるのか確かめようと、余は"魔王の森"、さらにその奥の"魔王の城"に兵を遣わしたのだ」
「――その結果はどうだったのでしょうか」
ヴァイスが王に尋ねると、王は無言で首を振った。
*
国王の代わりに、父ゴルトがその言葉を引き継いだ。
「――我々の未熟さを恥じるばかりだが。魔王の森や魔王の城に近付こうとしても、何者かの結界と
「だが逆に言えば、その強力な結界があるがゆえ、その内部には何者かが存在する――ということになる」
続けて語った兄ブラウの言葉も
そして、その森から王宮への刺客が放たれた――。となれば、その何者かが"魔王の城"に立てこもり、そこから王宮を狙っていると考えるのが自然だ。
兄ブラウが続けた。
「我々が"魔王の城"に近付くことすらできず、そこに強力な魔術を操る何者かがいる……ということは、いつ王都が攻め入られてもおかしくないという意味だ。それを国王は懸念されている」
「魔王は――"魔王の城"にいる者は、この王都を滅ぼそうとしていると言うのですか?」
ヴァイスは兄に、そして王に向かって尋ねた。
「それはまだわからぬ……。だが、何者かが王宮の宝物庫を狙っているのは間違いない。宝物庫には、古今東西の武器や極めて重要な書物が収められておる。それが魔王の手に渡れば、この王都の危機となることは間違いないであろう」
そこで国王は言葉を区切り、深いため息とともに言葉を続けた。
「余が最も懸念しているのは――伝説の魔王が復活し、"賢者の石"を創ろうとしているのではないか、ということなのだ」
*
"賢者の石"――その言葉が国王の口から出て来たことにヴァイスは驚いた。
今代の国王ヴァールハイトは、王としてはまだ若く、科学至上主義で、魔導術というものをあまり好まない。
魔導師というものは、生まれつきその才能と実力がほぼ決まってしまう。それに比べて人間が創り上げた技術と科学というものは、誰にでも等しく平等にその恩恵を受けることができる、と王は考えているからだ。
事実、今代の王に変わってから王都の予算はその多くが科学技術の発展に費やされていた。
その王が自ら「"伝説の魔王"が復活し"賢者の石"を創ろうとしている」などど魔導的な――つまり非科学的な言葉を口にするのは、さぞかし虫唾が走る思いに違いない。
事情を話す王の顔が時折苦々しく引きつるのは、そういった理由からか、とヴァイスは合点がいった。
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◆登場人物紹介 No.7: 国王ヴァールハイト
東の王都を治める王。少し白髪が混ざり始めた五十代のミドルエイジ。
名前の由来「真実」の名の通り、現実主義、科学至上主義で、魔導術などの
厳格な性格で危機管理にも抜かりがないが、真実を見つめる公正な目の持ち主でもある。
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