第13話 小さな花束・2

 アリーセは、村外れの花壇の前にいた。

 緋色に瑠璃色、金糸雀カナリア色……目の覚めるように鮮やかな色の三色菫パンジーが咲く花壇の前に座って、じっと花を見つめていた。

 カッツェがアリーセの隣に近付き、しゃがみ込んで話しかける。


「アリーセ。この花束、せっかくもらったんだが……」


 カッツェがゴホンと咳払いして、言いづらそうに先を続けた。


「おじさん……いや俺は、東の王都に向かわなければならない。とても大事な用事なんだ。だから、この村を発たなくてはいけない」


 前を向いたまま、カッツェの方を見ようとしないアリーセ。その瞳にはみるみるうちに大粒の涙が浮かんでいた。

 彼女はカッツェの言葉の意味を理解していた――すなわち、彼女の人生で初めてだったであろう告白を、カッツェは断ろうとしているのだと。


「うわぁ、な、泣くな! そうだ、これをお前にあげよう」


 カッツェが懐から先ほど受け取ったばかりの大きな虹石を取り出した。


「この宝石は、さっきあっちのエルフのお兄さんが清めてくれた『幸せの虹石』だ。これを持って……もっと大きくなったら、お前のお父さんみたいな素敵な旦那さんを見つけるんだぞ」


 アリーセの前に虹の宝石を差し出し、彼女の頭をぐりぐりと撫でる。

 大きな宝石を小さな両手で受け取ったアリーセは 、それをじっと見つめていた。


 しばらく考え込んだたあと、ようやく納得したのだろうか。アリーセはカッツェに笑顔を見せてこくりと頷いた。


「――……うん。わかった」


 小さな少女の精一杯の勇気と気持ち。それを決してないがしろにはしない。正義感の強いカッツェは、彼なりに精一杯の誠意を見せたのだった。


*

「ふぅ……魔物退治よりも緊張したぜ」

「カッツェ、モテモテだね~♪」

「ニャ♪」


 冷や汗を拭うカッツェに、ノエルとカノアが冷やかしを浴びせている。


「……まったく、モテる男は辛いぜ」


 抵抗するのを諦めた様子のカッツェは、自虐ネタで乗っかることにしたようだ。


 あの虹石をアリーセに渡したのは彼にしては賢明な判断だ、とヴァイスも思う。精霊の加護がついた虹石はアリーセを災いから守り、魔物や魔獣の脅威から遠ざけてくれるだろう。虹石は元々この村の坑道で採れたものだし、武骨なおじさん戦士が持ち歩くよりも可弱い少女が持つ方がよほど相応しい。


 カッツェにもらった虹石を嬉しそうに母リエーヴルに見せに行くアリーセの後ろ姿をそっと見守りながら、その小さな兎族の少女の幸をヴァイスもまた祈るのだった。


*

「本当にすみません。うちのアリーセがご迷惑をお掛けして……」

「いやいや、とんでもない」


 村の入り口で待っていたアリーセの母・リエーヴルが、事の次第を聞いて申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

 大役を終えたカッツェは、いつになく紳士ぶってそれを制している。


「この洞窟の通路を進むと、小人族ドワーフの村があります。……どうぞこの札を持って行ってください」


 そう言って、リエーヴルが小さな木札を手渡した。木札の表と裏にはそれぞれハートと女王クイーンが描かれている。


「兎族と小人族ドワーフの友好の証です。ドワーフは警戒心が強いですが、これを見せれば通してくれるはずです」

「なるほど……ありがとうございます」


 ヴァイスが代表して、有り難くその木札を受け取った。


 密林ジャングルの道を歩くのは危険なため、この森に住む住民はこうして地下の通路を利用しているらしい。

 森の民とその民に選ばれた者だけが、その通路を利用することができる。こうして森の民はジャングルを密猟者たちから守っているのだ。


 兎族と鳥族の村を救って彼らに認められた五人は、次なる小人族ドワーフの村に向かうのだった。



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◆登場人物紹介 No.3: カッツェ(勇者)

 戦斧アックスと弓を装備する重量型パワータイプの戦士。30代前半。

 赤銅色の鎧が特徴。炎の魔導術が少しだけ使える。

 性格は豪快・実直で、やや単純。正義感が強い。

 西大陸〈南方諸島〉の出身である。彼の故郷は南の地に現れた魔物の襲撃で滅びてしまったが、その後再建が進められている。

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