第5話 カボチャと触手

 突然巨大化したカボチャに呑み込まれてしまったカノアとレイア。突然のことに、カノアはパニックに陥っていた。


「ニャッ……真っ暗ニャ!」

「カノア、落ち着け。私が何とかする」


 どういう仕組みで巨大化したのかわからないが、普通のカボチャに見えていたあの植物は、人を襲う怪物カボチャだった。


 怪物カボチャに体ごとすっぽりと呑み込まれてしまった二人だが、カボチャの中は空洞になっていて、なんとか体勢を変えられるだけの空間はあった。

 レイアは冷静に状況を確認すると、慌てふためくカノアを落ち着かせるためにその体を左手で抱き寄せた。余った右手で腰の短刀を引き抜く。そのまま手探りで壁に刀を突き立て――


――ぶちゅ、ずばっっ!!!


 短刀で素早く怪物カボチャの壁を切り付けた。が、手応えはあるものの壁を破るには至らない。


「くそっ……」

 レイアが短刀を握り直し、今度は短刀を壁に突き刺してみようかと考えた瞬間――

「ニャニャッ?! なんか縮んできたニャ!」


 先ほどの攻撃に反応したのか、怪物カボチャが蠢き周囲の内壁が収縮を始めた。同時に、中の二人の全身に何か奇妙な物体が触れる。


「何だこれはっ……」

「気持ち悪いニャ!」


 ぬるぬるとうごめくそれは、怪物カボチャの内壁全体にくっついているようだ。

 怪物カボチャの外壁が徐々に縮んで、捕らえた二つの獲物――つまりレイアとカノア――を圧迫死させようと締め付けてくる。

 同時に、内壁の触手のような突起物――おそらく怪物カボチャの消化器官と思われるもの――が消化液を分泌して、二人を溶かそうとしているようだった。

 突起物が少しでも肌に触れると、ピリピリとした痛みとともに焼けつくような熱さを感じた。


「ニャーー!! ボク達を食べても美味しくないニャ! 誰か助けてニャーー!!」


 今まさに自分が喰べられようとしていることに気付き、カノアが悲鳴をあげた。


*

 ぴくっとヴァイスのエルフの耳が反応した。


「今、カノアの悲鳴が聞こえたような……」

「なにっ?!」

「行ってみましょう」


 すぐに音のした場所へと男性陣が駆けつけた。

 そこで彼らが見たのは、風船のように不気味に収縮を繰り返すオレンジ色の巨大なカボチャの姿だった。中からくぐもった音でカノアとレイアの声が聞こえる。


「助けてニャー! カボチャに喰われるニャーー!!」

「い、今助けるぞ、待ってろ!」


 カッツェが慌てて斧を振った。

 ぐさっという音とともにカボチャの外壁に傷がつき、緑色の液体がじわりと滲む。しかし、予想以上に分厚い巨大カボチャの皮を破るには至らない。皮がどの程度の厚さかわからないので、中の二人を傷つけてしまうかもしれず、カッツェも全力を出せないのだ。


*

「カッツェ、僕がやるよ!」


 ノエルがカッツェと交代し、風を刃にする魔導術でカボチャに切り付けた。ヴァイスは遠隔でバリアをかけ、中にいるカノアとレイアの身を守る。

 ノエルの何度目かの攻撃魔法で、ようやく怪物カボチャの皮に亀裂が入った。そうとう分厚く堅い皮だったようだ。


「おしっ、後は俺に任せろ!」

 亀裂に指をかけ、カッツェが力を込める。

「ぐぬぬぬ……」


 カッツェの額に脂汗が滲み、逞しい腕に筋肉と血管の筋が盛り上がった。ヴァイスとノエルの魔導師二人も、非力ながら両側から手伝う。

 最終的にはカッツェが片側、ヴァイスとノエルがもう片側から亀裂に手をかけ、なんとか怪物カボチャの皮をこじ開けた。

 ぐちゃっ!と音がして怪物カボチャの皮の裂け、カノアとレイアが地面に放り出される。


*

「大丈夫ですか?!」

 地面に横たわったままのカノアとレイアに、ヴァイスが慌てて駆け寄った。


「うぅ……気持ちが悪い」

「べたべたニャ……」


 カノアとレイアの全身は、ぬるぬるとした透明な粘液でべとべとになっていた。しかし、それ以外は外見上の傷は見当たらない。二人が溶かされる前に、なんとか救出できたようだ。


「ジャングルって、怖いニャ……」


 カノアが力なく呟いて、ぱたりと地面に突っ伏した。

 食欲旺盛な彼女は、まさか自分が植物に喰べられそうになるとは思ってもみなかったのだろう。ノエルとともに浄化と洗浄の魔導術を二人に掛けながら、カノアの好奇心も時には困りものだ、とヴァイスは一人思うのだった。



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◆冒険図鑑 No.5: 肉食南瓜カボチャ

 カボチャに擬態して、近くを通りかかった獣を襲う肉食植物。植物なのに肉食とはこれいかに、と言いたいところだが、食虫植物の類が大型に進化したもののようだ。

 残念ながらは食べても美味しくなく、採取しても特に役に立つ素材は取れない。

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