第25話 結界解除・1

「これが、魔王の結界……」


 見上げたそれに圧倒されて、ヴァイスは思わず息を飲んだ。

 重々しい石造りの城は、何人も寄せ付けない高い壁と深い堀で囲まれていた。さらにその周囲をぐるりと「魔導結界」がおおっている。そしてその結界の強さがこれまた尋常ではなかった。


 通常の「魔導障壁」というのは無色透明で、人の目に見えるようなものではない。それが可視化されるのは、たとえば術の発動時、もしくは攻撃を弾いた瞬間などに、ほんの少し白く輝く程度である。しかし、この結界は違った。

 霧のように濁った半透明の白いドームで城全体が覆われていて、その厚さはおよそ馬一頭分ほどもある。地面の土や草の上にもくっきりと境目がつき、どこからどこまでが結界なのか一目でわかるほどだった。

 常時目視できるほどの魔導障壁――これほどまでに強い結界を、ヴァイスは未だかつて見たことがなかった。


*

 この結界は、術者が四六時中 術を唱えて展開し続けているものではないはずだ、とヴァイスは思考した。

 たとえ何人かの術者が交代制で結界を貼り続けたとしても、そこにはやはりある程度のができる。二十四時間、均一な厚さを保って魔導障壁を張り続けることなど不可能なはずは。

 例えば、魔石ませき――魔力を増幅させて固定化させる道具に頼れば、半自動的に結界を維持することはできる。ただし魔石の効用というのは結界を維持するだけのものであって、最初の結界の形はやはり術者が形成する必要がある。


 魔力を制御してこれだけの厚さと大きさをもつドーム状に固定するのは、かなりの魔導技量が必要とされる。常人なら魔力を制御しきれずに術が霧散するか、悪くすれば魔力が暴走して爆発を起こしてしまうことすらある。


 もしこの結界をたった一人の魔導師が張ったのだとしたら……。

 その魔力は、まさに"魔王"と呼ぶに相応しい。その力を攻撃に転じる気にさえなれば、たった数日のうちに王都を征服することも不可能ではない。この結界を目の当たりにして、国王と近衛兵団が最大限の危機感を抱くのも無理はなかった。


*

 ゴルトとブラウが、心配そうにこちらを見つめている。


「ヴァイス……どうだ?」

「少し、確認してみます」


 ある程度の覚悟はしていたものの、予想を超える相手の強大さに、ヴァイスは心を落ち着けようと深呼吸をした。

 今の彼の後ろには、信頼できる六人もの心強い味方がいることが救いだった。


「…………」


 そうっと手を伸ばして、直接結界に触れてみる。

 触れた個所を中心として、白い波紋が障壁に沿って揺らぐように拡がった。が、それ以上は何も起こる気配がなかった。


*

 父と兄から事前に聞いていた通り、この結界は反射攻撃カウンターがたの魔導障壁だった。こちらが敵意や破壊の意志をもって攻撃をすれば、そのエネルギーがそのまま跳ね返ってくる。


 カウンター型の魔導障壁を破るには、何らかの方法で――たとえばバリアのかかっていない死角から術者を攻撃するなどして――術の発動をやめさせるか、術者の魔力を圧倒的に超える一撃で術を消滅させなければいけない。

 もし失敗すれば、障壁を破ろうと試みた術者へ全ダメージが返ってきてしまう。術者にとっては最も厄介なタイプの障壁だ。


 対して、ヴァイスがいつも戦闘で使っているのは衝撃緩和・吸収デ リ ー トがたのバリアだった。デリート型のバリアは敵の攻撃を緩和もしくは吸収するだけで、敵に対しての反撃力は持たない。

 カウンター型障壁は防御と同時に敵への反撃ができるため、戦闘においてはかなり有利に働く。ただしデリート型障壁よりも維持する難易度が高く、発動に時間がかかるため、昨今では魔導師の中でも使用する者はほとんど見かけない代物しろものだった。


*

 ヴァイスは結界に手を触れたまま、さらに何らかの情報を読み取れないか試みを続けた。


 ――この結界は、呪いや悪魔の術など、いわゆる”黒魔術”の類ではない、とヴァイスは気付いた。

 手に触れた感触から悪いオーラは感じられない。それにもしも悪い気配があれば、ヴァイスの精霊が事前に騒いで警告してくれるはずだ……この結界は、ヴァイルが使用するような純粋な「白魔導」による魔導障壁だと言っていい。


 それに実のところ、先ほど通ってきた「惑わしの森」からも悪い気配は特に感じられなかった。

 幻覚が見せてきた内容は見るもおぞましいものだったが、例えば魔物や魔獣と対峙した時に感じられるような寒気のする「瘴気」はただよってこない。こちらも、あくまで白魔導の範囲内での幻術のようだった。ただし、常軌を逸するほど強力な術ではあるが―—。


*

 一体、この城の中にいる者は何者だろう。本当に魔王なのだろうか? と、無言のままヴァイスは考えていた。

 確かに扱う魔力は並外れた総量を持っているが、本来は平和の象徴であるはずの白魔導術を扱う「魔王」などいるのだろうか。

 実は「魔王」という恐ろしい存在など、いないのではないか―—という気すらしてくる。


 いや、もしかしたらそれも罠かもしれない。

 そうやって外側だけ取り繕い、油断させておいて、ある時から突然攻撃に転じる可能性もある。だから油断してはいけない。


 外から見ると結界に手を当てたまま微動だにしなかったヴァイスだが、ようやく結界から手を放した。


「ヴァイス、何かわかった?」

「……一つ、試してみたいことがあります」


 不安そうな様子のノエルに、硬い口調で短く答える。

 まだ確信が持てないながらも、ヴァイスには一つの案が浮かんでいた。


*

「私に触れて、全ての魔力と精霊の力を私に送り込んでみてください」


 ヴァイスは、その場にいる魔力の強い者たちに向けて自分の案を説明した。魔力が高い者とはつまり、ノエルとレイア、そして兄ブラウと父ゴルトだ。

 説明を聞いて、四人はさっそくその言葉に従った。


「いいですか、もし少しでも危ないと感じたら、すぐに私から手を放してください」

「わかった……ヴァイスもね!」


 後ろの四人に念を押すヴァイスに、ノエルが不安そうに答える。

 ノエルは自分の魔導杖を握りしめ、隣のレイアも心配そうな表情でこちらを見つめている。


「……大丈夫です」


 ヴァイスは心中の不安を押し隠すように精一杯にこりと微笑んで見せた――つもりだったが、顔が引きつっていなかったかどうかは自信がない。

 いずれにせよ、彼の次の作戦は開始された。



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◆冒険図鑑 No.25: 魔導障壁

 魔導障壁には、反射攻撃カウンター型と衝撃緩和・吸収デ リ ー ト型の二種類がある。

 カウンター型は、受けた攻撃のダメージをそのまま相手に跳ね返す攻防一体の術である。ただし展開準備には相応の時間がかかり、障壁を維持するための魔力消費も多くなる。

 デリート型は、衝撃を吸収・緩和する守りの術である。バリアが強ければ受けるダメージを相殺して0にすることもできるが、相手の攻撃力の方が上回る場合は、相殺しきれなかった分のダメージを負うことになる。

 どちらの場合も、バリアの強度は術者の魔力次第で変化する。

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