第17話 土竜<アース・ドラゴン>・2
雄叫びを上げて暴れまわるドラゴンのせいで、危うくカッツェがその下敷きになりそうになった。床の上を転がり、かろうじてそれを避ける。
*
『我が契約せし光の精霊よ 敵を縛りて 拘束せよ!』
ヴァイスは急いで拘束用の魔導術を唱えた。ドラゴンの動きが一瞬だけ止まる。
「ノエル様、お願いします!」
緊迫した声でノエルに向かって叫ぶ。ヴァイスの全魔力を以ってしても、あのドラゴンの大きさと力の強さからして動きを止められる時間はそう長くはない。
『光の精霊よ 裁きの矢を降らせよ 〈
ノエルの唱えた呪文で、今度は先ほどより細く短い光の矢が大量にドラゴンへと降り注いで突き刺さった。先ほど放ったのよりも威力の高い光属性の攻撃魔導術だ。
「ギャァアアアアア!!」
怪物は暴れるが、ヴァイスの拘束魔導に阻まれているために撤退することはできない。
その間にノエルの魔導攻撃がじわじわと敵の体力を奪った。
次第にじゅうじゅうと音を立て、怪物の体から墨色の煙が立ち上り始めた。同時に怪物の体が徐々に縮んで小さくなっていく。
*
「……はぁ、はぁ」
ついに怪物の実体が消え、ようやく全員がほっと胸を撫で下ろす。
カッツェは服が破れ、レイアは怪物の返り血を浴び、後衛のヴァイスやノエル、カノアも坑道の天井から降ってきた土ぼこりを頭から被っている。全員ボロボロの姿だった。
「…………キュ~」
と、何かが暗い洞窟の中で鳴き声を上げた。
「ん、何だこれ?」
そう言いながら、カッツェが小さな生き物を摘みあげた。
ネズミのような小さな体に、黒茶色の毛、短い尻尾。鼻と両手足はピンク色で、目は非常に小さい。先ほどの怪物にどことなく似ているが、非常に可愛らしい。しかしその体は傷だらけで血にまみれ、今にも死にそうなほど弱っていた。
「も、もしかして、これが怪物の正体……?」
ノエルが近付いて恐る恐る眺めた。先ほどまでの怪物のような、悪い気配は漂って来ない。
「……可哀想だし、治してあげようよ!」
ノエルがヴァイスに目で訴えかけてくる。
ヴァイスは頷き、その小さな生き物に回復の白魔導術を掛けた。もともと、無益な殺生はしない、というのがこのパーティーのポリシーなのだ。
*
「モグラ……確かに土竜ですね」
眼鏡の奥からしげしげと小さな生き物を観察し、ヴァイスはそう結論づけた。
「えっ?」
「ある国の言葉では〈土の竜〉と書いて〈モグラ〉と読むんですよ」
「なるほど……」
ヴァイスが異国の言語の知識を思い出しながら告げると、カッツェが納得したように唸った。
「でもなんでこんな小さなモグラが魔物になっちゃったんだろう?」
「どうやら、この鉱山の強力な魔力によって魔獣化してしまったようですね」
「あれも魔獣なの? 魔獣化しただけで、あんなに巨大に?」
ノエルの問いに、ヴァイスは難しい顔で答えた。
「強い瘴気を浴び続けると、普通の獣が魔獣と化してしまいます。瘴気とは〈
「そうなんだ……」
魔獣の生態は、実のところまだよくわかっていない。純粋な魔のエネルギー体である魔物と、一般的な獣の中間だと言われているが、どれほどの期間、どの程度の瘴気を浴び続ければ魔獣化するのかは解明されていない。
小さなモグラですらおそろしいアースドラゴンに変化させてしまうのだから、うかつに研究もできないのだ。かつては害のない小動物に強い魔力を浴びせて魔獣化させる実験も行われていたそうだが、実験の失敗で街一つが滅び去ってから世界各国で実験が禁止されたと言われている。
「このモグラをまたこの地層に戻せば、再び魔獣化してしまうかもしれません。少し離れた場所で土に戻してあげましょう」
とはいえ、ようやくひと段落した一件に肩の力を抜き、ヴァイスは服に着いた土埃を払い落とした。先ほどの拘束魔導で思ったよりも魔力を消耗してしまっていた。少し気を緩めたとたんに、全身に疲労感が襲い掛かってくる。
直接肉弾戦に関わっていないヴァイスですらこの疲労感なのだから、いつも前線で戦っているカッツェやレイアの疲れは相当なもののはずだ。頼りになる戦士二人には、本当に頭が下がる思いだった。
*
「はい、もう悪さしちゃダメだよ」
「キュ~」
ノエルが小さなモグラを両手でそっと土に降ろすと、モグラは一声鳴いてから柔らかな土の中へと潜っていった。
「……さて。こうボロボロじゃあ、ドワーフの村でもう一泊させてもらうしかないな」
「ニャ、自慢の毛皮がドロドロだニャ」
すっかりみすぼらしい格好になってしまった一行は、今回の成果を報告すべく、再びドワーフの村へと向かうのだった。
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◆冒険図鑑 No.17:
またの名を「
モグラのときの性質を生かし、土の中を縦横無尽に穴を掘って移動する。魔獣化したあとも土壌に含まれる魔鉱石を食べ続けたためにどんどんと巨大化してしまい、ドワーフたちが気付いたときには手に負えなくなっていた。
明るい日の光と光属性が苦手で、弱点である。
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