幻術と結界
第23話 惑わしの森・1
王宮にて「魔王の城」の結界を解く役目を依頼されたヴァイス達は、さっそく北東の「魔王の森」と呼ばれる霧深い森へと向かった。
*
ヴァイスの父と兄が率いる近衛部隊を筆頭に、王宮の兵士、魔導師、総勢五十人余りが後に続く。
いよいよ魔王の森に近付き、一行は馬を制して立ち止まった。
森は黒々としており、いかにも陰気な雰囲気を醸し出している。辺りはしんと静まり返り、生き物の動く気配はしない。
木々の間には深い霧が立ち込め、数メートル先も見通すことができなかった。だが魔王の城は、この巨大な森の中央に位置しているはずだった。
「この森を抜けて、魔王の城までは近付けたのですよね?」
ヴァイスは傍らにいる父と兄に確認した。
「あぁ。この森一帯には幻術と様々な罠が仕掛けられている。しかし命を奪うほどの敵がいる訳ではない。剣と魔導術を駆使して力づくで強行突破すれば、傷は追うものの城に近付くことができない訳ではないのだ……。問題はその先。城の周囲を覆う結界が、我々ではどうにも破れん」
「なるほど……強行突破ですか」
ヴァイスの父と兄は、単なる力技で強行突破するようなタイプではない。だが、王の命令ということで最後の手段に出たのだろう。
「見ていろ」
馬を降りた兄ブラウが、近くにあった手頃な枝の切れ端を拾って森の中に投げつけた。すぐに、びしゅっ! バキッ! パラパラ……という不穏な音がする。
「……わかるか? 枝がバラバラに砕かれた音だ」
兄が振り返り、お手上げのポーズをした。
耳の良いヴァイスでなくとも、その音は聴こえていた。何者かが森の中に潜んでいて、一歩でも森に踏み込んだ者を容赦なく返り討ちにするようだ。
ヴァイスも馬を降りて、森に近付いてみることにした。
「き、気を付けてね、ヴァイス」
後ろでノエルが心配している。
ヴァイスは幻術を防ぐ白魔導術を唱えながら、森の霧の中へと慎重に歩みを進めた。念のため、カッツェに隣で護衛についてもらっている。
*
森の霧の中に一歩を踏み出す。
霧は――ヴァイスが思ったほど深くはなかった。ヴァイスの目からは、やや
ただしそこに生えている木は、普通の大人しい植物ではなかった。ヴァイス達がジャングルでさんざん悩まされた、蟹の木や
「カッツェ、何が見えますか?」
「何って……気持ち悪い生き物がうようよしてるぞ……って、危ねぇっ!」
「――――っ?!」
言い終わらぬうちに、カッツェがヴァイスの真横の何もない空間に向けて急に斧を振り上げた。ヴァイスからしてみれば、危ないのは彼の方である。一歩でも横にずれればヴァイスの首に当たっていた。……が、カッツェはたぶん幻の敵から自分を守ってくれたのだろう。
カッツェには伝えてあったが、あえて彼には幻術を防ぐ防衛術を掛けていなかった。どういう幻術かを確かめるために、どちらか一方が真実の姿を、もう一方が幻を見てみることにしたのだ。
「今度はカッツェに、真実の森を見せます」
そう言って、幻術破りの術をカッツェに掛け、自分に掛けた保護を解いた。
と次の瞬間、森が恐ろしい形相に包まれた。気持ち悪いなどどいうものではない。
先ほどの安全な森の姿を見た後でなければ、ヴァイスも恐れをなして逃げ帰っていたところだ。カッツェや先の兵士達は、よくここに踏みとどまっていられたものだと感心する。
「あれ? ここ何にもないな」
幻術に直撃されたヴァイスと対照的に、幻術から解放されたカッツェは冷静に戻った。
「……カッツェ、出ましょう」
幻とはいえ、吐き気を抑えきれなくなったヴァイスは、フラフラと森の外に出た。
*
ある程度予想はしていたことだが、この森に掛けられた幻術は非常に強力で、かつ範囲が広い。引き連れて来た魔導師全員の力を合わせても、この森全体の幻術を解除できるかどうかは未知数だった。
(思ったより手強い幻術ですね……)
森の外に出たヴァイスは、顎に手を当てて対策を考え始めた。
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◆冒険図鑑 No.23: 惑わしの森
魔王の城を取り囲む「魔王の森」――別名を「惑わしの森」。東の王都の北東、徒歩で半日ほどの場所にある。伝説では、その奥深くの城で魔王は封印され、眠りについたと言われている。
現在は魔王の仕掛けた幻術によって霧で覆われ、簡単には進むことができない。
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