第22話 勇者と魔王と賢者の石・2

 国王が口にした"魔王"と"賢者の石"。それは、東の地に古くから伝わる伝説だった。その伝説とは――。


*

 今から二百年ほど昔――北東の地に"魔王"と呼ばれる存在が現れた。

 魔王はその強力な魔力を操り、"賢者の石"を作って不老不死を手に入れようと考えた。

 "賢者の石"の精製には、世界樹の葉とその雫、そして膨大な数の生贄の命が必要だった。

 魔王が賢者の石を作ろうとしたことで、多くの命が犠牲になった。


 当時の国王は北東の地に光の騎士を派遣し、ついに魔王を討伐した。

 魔王は北東の城の中に封印され、永遠の眠りについた。

 それ以来、魔王の城は誰も近付けないように茨の森と深い深い堀で閉ざされることとになった。

 そして今では魔王もその城も、人々から忘れ去られた存在となった――。


*

 国王の話では、王宮の倉庫には魔王を倒した時代の『重要機密文書』があるという。しかし王族ですらその文書を見ることは許されていない。その機密文書こそが、魔王の欲する"賢者の石"の精製方法の記された書物なのではないか――それを狙い、魔王が再び賢者の石を創ろうとしているのではないか、と懸念しているのだ。


 魔王討伐のために遣わされた騎士団は、魔王の幻術によりすべて追い払われてしまった。王宮の魔導師達が結集して力技で魔王の城の結界を解こうとしても、全ての魔導術が跳ね返されてしまい、逆に術者がダメージを追ってしまう。

 幻術や結界というのは、本来は白魔導師の技だ。ゆえに、それを解ける白魔導師を国内外に探し求めて協力を要請していた。ヴァイスがこうして王都に呼び戻されたのも、その白羽の矢が立ったという訳だった。


*

「――わかりました。私の力でどこまでできるかわかりませんが……ご期待に沿えるよう、努力いたします」


 王の話を聞き終えたヴァイスは、緊張の面持ちを崩さないまま答えた。

 魔王の結界を解く――それはいわば、魔王に正面から立ち向かい先陣を切るのと同義だった。


 幻術はともかく、結界解除や封印解除というのはいわるる「まじない返し」と呼ばれる術で、失敗すれば術者が相応の報いを受ける。しかもそれが王宮魔導師が総出で掛かっても解けないほどの強力な魔術であるならば――、一歩間違えればヴァイス自身の命すら奪われかねない。

 しかし誰かが立ち向かわなければ、いずれ王都が滅ぼされてしまうかもしれない。遠く異国の地に赴いたヴァイスにまで招集がかかったのは、それだけ国王が事態に危機感を抱いている、ということだった。


*

 王宮で長い話を聞き終わったあと、再び家に戻る途中でノエルが不安そうに尋ねてきた。


「魔王って、魔物じゃなくて人間なの?」

「えぇ……。少なくとも伝説に出てくる魔王は、邪悪な心を持った魔法使いだったと言われています。魔物とは違い、我々と同じように知性や感情を持っているので、ある意味では魔物よりもタチが悪いと……」

「邪悪な魔法使い……」


 ヴァイスが悲みを滲ませながら答えると、ノエルは驚いて言葉を失った。彼が何を考えているかは、ヴァイスにもわかった。


 本来、魔導師というのは正しい心をもって精霊を使役する者である。よこしまな心、疑いや不安、迷い――そういったいびつな気持ちが少しでもあれば、精霊は反応しない。

 例えばかつて盗賊として人をあやめたレイアが魔導術を使えなくなっていたように。レイアは表面上では何とも思っていなくとも、潜在意識の奥底では自分の行いに罪悪感を感じていたのだ。だからこそ、精霊の声が聴こえず、エルフならば本来使えるはずの魔導術も使えなくなっていた。


 しかし邪悪な魔導師というものが存在し得ない訳ではない。

 もしも魔導師自身が確信的に――正しいと盲目的に信じて魔導術を発動すれば、強力な威力を保ったまま人や動物を殺すこともできる。精霊自身が善悪を判断する訳ではないからだ。


 高い知性を持った種族であれば、他の生き物を殺すときに少なからず良心の呵責かしゃくを感じるものだ。しかし人間が魔物を倒すときのように、人を殺めることに全く罪悪感を感じない者がいるとしたら――そしてその者が強力な魔力を持つとしたら。それは人類にとって魔物以上に恐ろしい存在となるのだ。


 魔導師であれば、そのことを繰り返し教わるはずだ。魔導師たる者は、常に正しい心を見失ってはいけないと。

 だが、この地に邪悪な心を持つ魔導師がいるかもしれない――その事実は、同じ魔導師であるノエルにとってもショックなはずだ。


 一行は重い気持ちを抱えたまま、再びヴァイスの家へと戻った。



=========================

◆冒険図鑑 No.22: 賢者の石

 賢者の石。それはかつて魔王が創造を試みた不老長寿の薬である。

 その薬を作るため、多くの市民の命が犠牲となったと言われている。ゆえに当時の国王シュバルツ一世は、魔王を封印したのちにその調合書レシピを宝物庫の奥深くに厳重に保管したと言う。

 二百年の時を経て、現在では当時のことを知る者も、賢者の石の精製方法を知る者も王都にはいなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る