第35話『R.I.P.』

 4月29日、月曜日。

 今日は昭和の日なので、学校が休みである。

 美波との出来事があってから一夜が明け、俺は栞ちゃんと2人で上条さんのお墓参りに来ていた。今日も晴れて良かった。

「栞ちゃん、ありがとう。俺の我が儘に付き合ってくれて」

「気にしないでください。きっと、兄も喜ぶと思いますし。それに、私もこんなに晴れやかな気分でここへ来ることができたのは初めてです。これも、全て雅紀先輩のおかげなのでしょうか」

「そう言ってくれると有り難いよ」

 今日はお墓参りということで、栞ちゃんは黒いワンピースを着ている。シンプルなデザインだけど、彼女の清楚なイメージに似合っている。

 ちなみに、俺は上条さんに成長した姿を見せるために高校の制服を着ている。

「それにしても、凄くいい景色だね」

「ええ。兄はサッカー部でしたので、芝生のところにある墓地にしようという話になったんです」

「つまり、青々しいフィールドの下で眠っているわけか」

「そうですね」

 やがて、上条家の墓石の前まで辿り着く。

 青々しい芝生の斜面にあるこの場所からだと遠くに新緑の山が見える。この地域はのどかな場所であるため、一軒家などはあまりない。

 今日は祝日だけれど、俺と栞ちゃん以外にお墓参りに来ている人達は数えられるほどしかいない。そのためか、俺たちが何も喋らないと風の吹く音だけが聞こえる感じだ。

 俺は買ってきた白い百合の花束を上条家の墓石に手向ける。

「それじゃ、拝もうか」

「はい」

 両手を合わせ、そっと目を瞑る。


「上条さん、あなたは多くの人から愛された人でした。あなたの予想通り、亡くなった後にあなたが好きだった和奏が辛い時間を過ごしました。しかし、3年間の時を経てあなたの想いを和奏や妹さん、あなたのことが好きだった人達に伝えることができました。ですから、ゆっくりと安らかに眠ってください」


 上条さんに届くといいな。自分の願いがやっと叶えられたことが。

 俺はゆっくりと目を開ける。

「ありがとうございました、雅紀先輩」

「それはこっちの台詞だ」

「……私も、やっと兄の死を受け入れることができる気がします。確かに兄はまだまだやりたいことはたくさんあったと思いますけど、それでも満足していたことが分かりましたので」

 栞ちゃんは穏やかな笑みを浮かべる。

「そういえば、あのアクセサリーを今日も持ってきているんだ。妹である栞ちゃんに返そうかどうか迷っているんだけど」

 俺の役目が終わった今、再びアクセサリーを上条さんの元へ返すべきだろうという想いもあって持ってきた。上条さんの声が録音されているということで、妹である栞ちゃんのためにも返した方がいいというのもある。

 しかし、栞ちゃんは首を横に振った。

「雅紀先輩がこれからも持っていてくれませんか? それは兄が雅紀先輩へプレゼントしたものですから。茶道室でそれを見せてくれたときに雅紀先輩がとても大切にしているというのも分かりましたから」

「……そうか、分かった」

 それならこれからも変わらず、肌身離さず持っていることにしよう。上条さんもサッカー好きだからという理由でもプレゼントしてくれたから。

 そして、上条家の墓から立ち去ろうとしたときだった。


「僕達も拝ませてくれるかな」


 何故か光の声が聞こえた。

 辺りを見回してみると、大きな通路の方から和奏、光、美波、百花の4人がこちらに向かって歩いてきていた。ちなみに、4人とも制服姿だ。

「あいつら、まさか……」

 俺の後をついてきたみたいだ。全く気づかなかったぞ。

「ごめんね、お兄ちゃん。3人にお兄ちゃんの行き先教えちゃった」

「別にそれはいいけど。昨日の今日だから俺だけの方がいいのかなと思って」

 まさか、美波まで来るとは思わなかった。

 美波は俺と顔を合わせると軽く微笑むだけで、まだ元気はない。昨日までのことがやはり相当堪えているみたいだ。

 光や百花があえて連れてこようとしたのかな。少しでも美波の気持ちが切り替えることができるように。

 そして、和奏は眼帯と眼鏡を付け、髪型がポニーテールと普段の学校での雰囲気に戻っている。全てを外したときの和奏も可愛かったんだけれどな。

「和奏、眼帯や眼鏡は外せよ。その姿じゃ上条さんだって驚くぞ」

「……で、でもみんなの前だと恥ずかしい……」

「大丈夫だ。お前の素顔を見て変に思う奴はいないから。それに、素顔の和奏に上条先輩は好きになったんだ。上条さんのためにも見せてくれないかな」

「……雅紀がそこまで言うなら。覚悟を決めよう」

 まだまだ、素顔を晒すことには抵抗感があるようだけど……上条さんのためにも一つ腹を括ったか。

 和奏は少し離れた所に行った。

 髪をポニーテールに結んでいるリボンを解くのが見える。今頃、眼帯や眼鏡も外しているんだろうな。

「どうだ? 大丈夫か?」

「……はい」

 和奏はそう返事をすると、ゆっくりと俺たちの方に振り返った。素顔での制服姿もかなり可愛いじゃないか。男女問わず人気が出るかもしれない。

 俺の横にいる光と百花から「おおおっ」と歓声が上がる。きっと、今までとのギャップに驚いているのだろう。

「なかなか可愛いじゃないか。素顔でも制服に似合っているよ。僕は女だけど、油断していると君に惚れてしまいそうだ」

「光先輩と同意見です。和奏先輩、凄く可愛いです!」

 2人の反応は想像以上だった。 

 和奏もそれに思わず頬を赤くしてしまう。ただし、笑顔で。

「……そ、そこまで褒めてもらうと照れてしまいます」

「話し方まで変わるとは。こ、これがいわゆるギャップ萌えというやつなのかな。僕はそれに陥ってしまったかもしれない」

 光はどうやら和奏にメロメロのようだ。それだけ、今の和奏に魅力があるということか。

 そんな中、美波はじっと和奏の顔を見ていた。

「……何だか分かる気がするな」

「えっ?」

「上条先輩がどうして栗栖さんが好きになったのか。上手く言えないけれど、私やあの子達にはなかったものが栗栖さんにはある気がする」

 何か納得したように、美波は笑みを浮かべた。

「……じゃあ、みんなで拝みましょう」

 和奏、光、美波、百花の4人は静かに手を合わせた。これはきっと、上条さんも嬉しく思っているだろうな。

 10秒ほど経ち、4人は拝み終わった。

 すると、美波が俺の前まで来て、

「ねえ、少し2人きりで話してもいい?」

 と、真剣な表情をして言ってきた。

「ああ、分かった。ちょっと美波と話したいことがあるから、和奏たちはここで待っててくれるか?」

「分かりました、雅紀さん」

 和奏がそう返事をすると、光、百花、栞ちゃんも同意の意味で頷く。

 俺と美波は4人から少し離れた所まで歩いたのであった。

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