第34話『盟約の意味』

「それにしても、真の力って本当にあるとは思いませんでした」

「えっ?」

「だって、心臓発作で一度は倒れたじゃないですか。でも、その後に私を助けてくれたときなんて、それまでとは別人のような感じでしたから」

「あ、ああ……」

 あの時は妙に体が軽かったからな。一瞬で美波と和奏の前まで行けたし。おもちゃの剣で美波の持っていたナイフも振り落とせたし。普段の俺にはできないことだ。

「とても格好良かったです。雅紀さん。それとも『静かなる騎士』さん、と言った方がいいのでしょうか?」

「その二つ名を言うのは止めてくれないか」

 今でも思い出すと物凄く恥ずかしいんだよ。和奏や光に言ったキザな言葉を躊躇なく言ったから。

「それに、あれは……いわゆる火事場の馬鹿力だったのかもしれないぞ?」

 状況が状況だったために。

 しかし、和奏は満面の笑みで、


「それでも、私を助けてくれた雅紀さんには変わりありません。一生懸命になって助けてくれたんです。本当にありがとうございました」


 素直な言葉でお礼を言ってくれた。

 やっと、和奏との盟約を果たせた気がする。

 命を守るということは心も守るということだ。和奏には言っていないけれど、彼女の笑顔を取り戻すというのが俺の最終目標だった。それを果たせたことに嬉しさを覚える。

「……あの、雅紀さん」

「なんだ?」

「これでもう、私たちの盟約は終わってしまうんですか?」

 優しそうな微笑みとは裏腹に、和奏は悲しそうな声で呟く。

 ――和奏の命を死刑執行人から守ること。

 それが、俺と和奏の間で交わした盟約の内容だ。

 俺は何とかして死刑執行人である美波から和奏の命を守って、美波にも3年前の真実を伝えられることができた。

 つまり、盟約は果たされたと言えるのだ。

「和奏、お前……」

「寂しいんです。この盟約が終わってしまうと、雅紀さんとはもう会えなくなってしまう気がして」

「そんなわけないだろ。盟約なんかなくなったって俺たちはこれからも――」

「嫌なんですっ!」

 今まで聞いた中で一番大きな声で和奏はそう言った。

「確かなものがないと、不安で仕方なくて。我が儘だと思われても構いません。盟約を終わらせないでください」

 和奏はポロポロと涙をこぼしている。

 よっぽど不安なんだな。盟約がないと俺が和奏から離れてしまうと思っている。そんなわけないのに。馬鹿だよ、本当に。

「お前の正直な気持ちを聞かせてくれよ。聞かない限り、俺にはどうにもできない」

 俺が言えることはそれだけだった。和奏が自分の気持ちを言ってくれないと、俺にはどうにもできない。

 少しの間、沈黙が支配した後に、

「……隣にいて欲しい」

 と、和奏は小さい声で言う。そして、俺とゆっくり目を合わせ、


「ずっと隣にいて欲しいです。困ったときや不安なときだけでもいいので、私の隣に雅紀さんがいて欲しいです。繋がっていたい……」


 落ち着いた口調でそう言った。

 孤独というものを知っている和奏にとって、誰かが隣にいるというのはとても大きな事なんだ。

 そんな和奏を安心させる方法は1つしかないか。

「じゃあ、それを盟約にすればいいじゃないか」

「えっ?」

「正確には盟約の改正か。和奏の命を死刑執行人から守るっていう内容を、和奏の不安なときや困ったときには俺が隣にいるって変えればいいんだよ」

 本当はそんなのなくても隣にいるつもりだ。それに、どんなときだって、いつでも。

 でも、隣にいるっていう内容の盟約があってもいいんじゃないか。より確かなことになるわけだし。

「盟約者は対等な立場だ。俺の提案に賛成するか反対するかは和奏の自由だけど」

 と言っても、俺にはもう答えは分かっていた。

 涙を浮かべながら微笑んでいたから。

 そして、はっきりと頷いたから。


「……賛成です。盟約の改正に賛成です!」


 そう言うと、和奏は満面の笑みを浮かべる。眼帯など何も付けていないと、一段と可愛らしい笑みになるんだな。

「じゃあ、満場一致で盟約の改正が可決ということでいいか?」

「……はい!」

「まあ、実際に隣同士に住んでいるんだけどな。そう考えてみると、本当にずっと隣にいるのか」

「確かにそうですね」

 和奏、本当に嬉しそうだ。

 この盟約は改正されない限り、どちらかが死ぬまでずっと続くことになる。つまり、俺と和奏はずっと盟約者同士の関係だ。

 それ以前に良きクラスメイトであり、隣人であり、友達だけれど。2人だけの特別な関係があるというのもいいかもしれない。

「雅紀さん。あの……さっそく我が儘を言ってもいいですか?」

「ああ、いいけど」

 とりあえず俺が了承すると、和奏は俺の寝ているベッドに座り、頭を俺の胸の部分に付ける。

「少しだけこうさせてくれませんか?」

 和奏が寄り添っているというのは、金曜日の朝のような状況だった。和奏から香ってくる甘い匂いも似ていた。

 唯一つ違うところは、全て和奏が故意にやっているということ。それだけ俺のことを信頼してくれているってことかな。

「不思議です。雅紀さんとこうしていると安心できるんです」

「……そうか」

「きっと、あの作品のお嬢様と騎士もこのようにしていたのかもしれませんね」

「そうだろうな」

「こうしていると、雅紀さんのことが好きになってしまいそうです。……本気で」

 そういえば、俺がコスプレ広場で撮影されている時に、とある撮影者から聞いた作品の大まかなあらすじを思い出した。

 ――騎士はお嬢様を危機から救い、結婚する。

 結婚するという箇所以外は今日、俺たちが体験した出来事みたいだった。俺が和奏を危機から救い、ずっと隣にいるという約束をした。

 この先、どのようなことが待っているか分からないけど、和奏の力になれたらいいなと思う。盟約者として。そして、1人の友人として。恋人同士になるかは……さっぱり分かんないな。和奏の様子を見ているとその可能性もありそうだけれど。

 和奏のことをそっと抱きしめながら、俺は心の中で強く誓ったのだった。

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