第33話『真の姿』
声は間違いなく和奏だけど、髪はストレートのセミロングヘアだし、何よりも眼鏡や眼帯など何も付けていない素顔の状態だ。これが和奏の本当の姿だというのか。
一言で表すなら、大和撫子。
サッカーに夢中だった上条さんが好きになったのが分かる気がする。こいつ、美波や光と同じくらいに可愛い。いや、それ以上かも。黒髪がよく似合う清純で優しそうな女の子だ。あの小難しく時には中二病っぽい台詞を言っていた奴と同一人物だとは思えない。
「お前、本当に和奏なのか?」
「はい。……あの、そこまで見つめられると恥ずかしいです」
「いや、凄く可愛いなと思って。本当に」
「ま、雅紀さんに可愛いなんて言われると、そ、その……冗談抜きで恥ずかしすぎて死んでしまいそうです」
和奏ははにかんでいる。
中二病の和奏を知っているせいか、今の和奏が可愛すぎる。まあ、今までの和奏も可愛かったんだけれど。ただ、このギャップの破壊力が凄すぎて。
それにしても敬語で話されるのはまだしも、雅紀さんと言われることには違和感を覚えてしまうな。まあ、これはこれでもちろんあり。
「……あのさ、和奏」
「なんですか?」
「その話し方なんだけど、今の方が素なのか? それとも、眼帯とか色々している時の方が素なのか?」
「い、今の方に決まっています!」
「まじかよ」
これは一杯食わされたな。こっちの方が素なのかい。
ということは、眼帯とかを付けていたときの話し方は、意図的に普段とは口調を変えて話していたのか。演技力半端ないな、こいつ。
「雅紀さんのことを呼び捨てにするだけでも勇気がいりました。知り合って間もないのに呼び捨てなんておこがましくて……」
「さいですか」
それを聞くと、ますます今までの俺に対する立ち振る舞いが凄いと思う。だって、水曜日の放課後には結構な喧嘩をしたんだぜ。多分、あの時には気持ちが前面に出たと思うけれど、今の彼女の言葉を聞くとそれさえも無理して演技したように思えてしまう。
何だかんだで、和奏も常人にはない力を持ってるぜ。
「確か、初めて死刑執行人からの手紙を見せてくれたときに、眼帯や眼鏡、立体マスクは贖罪のために付けたって教えてくれたよな」
「ええ、その通りです」
「それまではやっぱりこの素顔で?」
和奏はこくりと頷いた。まあ、そりゃそうだよな。
「中学生の時はずっとこの顔で過ごしていました。上条先輩から告白されたときもこの顔でした」
「でも、断ったんだよな」
「ええ。友人を作るのがやっとだった私に、恋愛なんてできるわけがないと思ったからです。それに、上条先輩のことはあまり知りませんでしたし。それよりも、告白自体に私もとまどっていました」
「そうか。でも、頑張って上条さんに自分の気持ちを正直に伝えたわけだ」
「はい。ごめんなさい、と一言だけ」
和奏のその返事に上条さんは満足していた。きっと、一生懸命になって返事をしたと上条さんにもわったからだと思う。
「その1週間後ぐらいでしょうか。上条先輩が突然、他の市の病院に入院したという連絡が学校に入り、3日後には亡くなった連絡も来ました」
「その時に上条さんの死因は学校側から発表されなかったのか?」
「……病気で亡くなったと周りの人が話しているのを小耳に挟んだ程度で。私も10日ほど前に告白された身でしたから、上条先輩が亡くなってしまった理由はずっと気になっていました」
「でも、一部の生徒は和奏が振ったから亡くなったと言い始めた」
「……ええ。最初は噂程度から始まり、次第に直接口で言われるようになりました。脅迫文などの手紙も送られるようになって、いじめへとエスカレートしたんです」
それらの中心となっていたのが美波だったわけか。彼女も上条さんに好意を抱く女子の1人だったから。
しかし、和奏が3年経った今になるまで、美波のことが分からなかったということは、3年前も今のように取り巻き達がいて、そいつらが実際には和奏を誹謗中傷していたのだろう。だから、和奏は美波の存在を知ることはなかった。
「私もいつしか上条先輩の死の原因が自分にあると思い込みました。そう思うと絶え切らなくなってしまい、登校拒否になりました。お父さんやお母さんも私のことを考えてくれてか、私の登校拒否を優しく肯定してくれました。私はそれに甘えてしまったせいで、それから一度も登校することなく卒業しました」
「でも、よくそれで桃ヶ丘学園に入学できたな。それに、1年の学年末の成績上位者の中に和奏の名前が入っていた気がするぞ」
「勉強はしていましたので。それさえしないとニートになってしまいますから」
そこら辺はちゃんとしているんだな。
「それに、桃ヶ丘学園には内申点などは関係なく、学力試験の点数だけで合否を決める入試制度もありましたから。私はその試験で合格したんです」
「そうだったのか」
つまり、和奏はかなり頭がいいと。傘や家の鍵を忘れるけれども。
「桃ヶ丘学園は私の通った中学校のある街から電車で数十分ほどかかります。なので、ここなら私の通った中学から進学する人もほとんどいないと思ったんです」
「それで桃ヶ丘学園に入学してちゃんと通うようになったのか」
「ええ。その時から自分の素顔を隠すために眼帯や眼鏡、立体マスクを常時付けるようになったんです」
その理由が贖罪なんだよな。まあ、あとは自分の素顔が周りにばれないように、っていうのもあったのかもしれない。
「この顔のせいで上条さんは私に好意を持ったんです。そして、私に告白し振られて……その所為で亡くなった。その贖罪として、この顔を封印しようと思いました。そして、当時見ていたアニメに中二病のキャラクターがいました。そのキャラクターが眼帯をして独特の言い回しをしていたので、私も同じようにすれば周りからは変な人に思われて決して好意は持たれないだろうと思ったんです」
眼鏡や立体マスクはまだしも、眼帯のインパクトは凄かったな。他の奴らとは何かが違うと俺も思っていた。それに加えてあの口調だからな。周りの生徒も全然話しかけなかったし、和奏の思惑通りになったわけだ。
誰にも相手にされないようにする。それが、彼女のとった贖罪の方法だったわけか。
「でも、個人的には中二病キャラで他の人に振る舞うのは楽しかったんですけどね。中二病っぽい台詞はあまり言えないですけど……」
と、和奏は苦笑いをした。
俺から見ても嫌々ながら演じているようには見えなかった。自然にやっていたように思えた。
「勉強もちゃんとついていけて家では楽しい時間を過ごせていました。でも、去年の秋に両親は交通事故で亡くなりました。1人になるかもしれないと不安に思ったのですが、父方の叔母が一緒に住もうと言ってくれました。そこからは2人暮らしになり、色々な事情があってこの春に雅紀さんの隣の家に引っ越してきたんです。そこからは前に話したことと同じです」
今の話を聞いていると、和奏は全然弱い奴なんかじゃない。むしろ、傷心から這い上がってきた強い奴じゃないか。
「辛い中、ここまでよく頑張ったな」
それも3年間だ。俺がそう言っていいのか分からないけれど、和奏は本当によく頑張ったと思う。
「……雅紀さんがいなかったら駄目だったと思います。雅紀さんには本当にご迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。私の所為で危険な目に遭わせてしまって……」
和奏は目に涙を浮かべながら少し俯いた。
やっぱり、和奏は優しい心の持ち主だ。自分よりも他人のことを優先してしまうような心を持っていると。
「俺は和奏の盟約者なんだ。迷惑を掛けることは悪いことじゃない」
「で、でも……私の所為で雅紀さんが危ない目に。心臓発作だって起きてしまったじゃないですか」
「過去のことを悔やんでも仕方ないって。俺はいいんだよ」
俺は和奏の頭を優しく撫でる。
あの発作がなかったら和奏を助けられなかったかもしれないし。終わりよければすべてよし、ってことで。俺はそう思っている。
「でも、椎葉さんが死刑執行人だとは思いませんでした。手紙のことを考えると彼女の可能性は高いと思っていましたが、普段の様子を見ていると全く想像がつかなくて」
「俺も全く同じだった。金曜の朝の話し方でも、まるで今年の春に和奏のことを知った雰囲気だったし」
「でも、サッカースタジアムで話していたことだけで、椎葉さんが死刑執行人だと分かったんですか?」
「……実は違うんだ」
俺がそう言うと、和奏はきょとんした表情になる。
「もう1つあった。憧れの人を真似したって言ったときの美波の表情。やけに寂しそうに見えて、しかもその憧れの人がサッカーをやっていたって言ってたんだ」
「上条先輩はサッカー部の部長でエースでしたね……」
「それに、俺は栞ちゃんの書いた手紙でサッカースタジアムまで辿り着いたけど、美波も俺宛てにあの場所を意味する手紙を書いていたんだ。そんな奴が自分の正体を明かしたがらないわけがないと思ってね」
正直、あれは賭けだった。俺の憶測だけで死刑執行人が美波であるというのは。証拠を出さないと明かさないと言われたらそれで終わりだったし。
ただ、美波なら、死刑執行人が自分であると名乗り出てくれると思っただけだ。
「もしかしたら、止めて欲しかっただけだったかもしれません」
「えっ?」
「雅紀さんが例え上条先輩のことを知らなくても、私への死刑執行だけでも止めて欲しかったのかも。雅紀さんが私の盟約者であることは知っていたみたいですし、彼女も私のように雅紀さんなら自分を救ってくれると思ったのかもしれません」
「でも、上条さんのことについてはあのメッセージを聞くまで、絶対に俺の言うことは聞き入れていなかったぞ」
「雅紀さんが上条先輩のことを知っていたことは予想外だったんだと思います。入院先で同室になり私の一件を知っていたことで、上条先輩の死の本当の理由を知りたくなったんじゃないかと思います。確かな証拠を求めたのも、3年間苦しみ続けた想いを完全に払拭させたかったのかなって」
そう言われると分かる気がする。
3年間も思い続ければ、美波の心には「上条先輩を死んだのは栗栖和奏のせいだ」ということが事実のように刻まれる。
しかし、3年経って俺が突然「上条さんの死の理由に和奏は関わっていない」ということを言い始めたことで、美波の心が揺れ動いたんだ。でも、俺の言葉だけでは自分の心に負った傷を癒すことはできないから、和奏の無実を証明する決定的な証拠が欲しかったわけだ。その証拠もあのボイスメッセージ以外では駄目だったと思う。
「全ては終わったし、美波の心の溝は自然と埋まっていくだろう」
「……そうですね」
クラスメイトとして、隣人として美波のことをサポートしないとな。死刑執行人として和奏に復讐しようとしていたけど、本当は普通の恋する女の子なのだから。
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