第12話『ねごと』
4月26日、金曜日。
携帯電話を見ると、時刻は午前6時になっている。朝ご飯や弁当を作らなければならないので、起きるにはちょうどいい時間だ。昨夜の雷雨はすっかりと止んで、カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んでいる。
昨晩、和奏にアクセサリーと持病のことを話したせいか、上条さんとの思い出を夢で見た。彼も生きていれば今頃どうしていたのだろうか。どこかの高校でサッカー部の部長をやって全国大会に出場していたかもしれない。
左側に視線を向けると、昨夜よりも和奏の顔との距離が縮まっていた。朝日のせいで彼女の顔がはっきり見えるせいか、昨夜よりも艶っぽく見えるぞ。
「雅紀……もっとちょうだい。うんっ……」
寝言か。どうやら、和奏の夢に俺が登場しているようだ。
「そんな強引に口に入れなくても雅紀のだったら、嬉しいのに……」
何を和奏の口に入れようとしているんだか、夢の中の俺は。
「とろとろしているのが垂れてきてるよ……」
段々と嫌な予感がしてきた。何が垂れているというんだ?
「上手だね、雅紀って。私凄く好みかも……」
まさかとは思うが……夢の中の俺、和奏に変なことしてないか? 昨晩、和奏がとんでもない発言をしたわけだし、まさかそれが彼女の夢の中で――。
「半熟の玉子焼き、私、大好きだよ」
「玉子焼きかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
どうやら、夢の中での俺は和奏に半熟の玉子焼きをご馳走しているらしい。昨日の昼休みに俺の玉子焼きを食べたし、その所為かな。彼女が淫らな夢を見ていると思ってしまったことに罪の意識を抱く。
夢の中まではさすがに中二病じゃないんだな。美味しい食べ物が好きな普通の女の子になっている。寝顔も寝言もかなり可愛い。
「雅紀。お礼にぎゅ、ってしてあげる」
和奏はそんな寝言を言うと俺に抱きついてきた。俺の上に乗ってきて、和奏の顔が俺の顔のすぐ側まで迫ってきている。和奏の吐息が胸元にかかってくすぐったい。まあ、朝早いし百花も起きてこないと思うので大丈夫だと思うけれど――。
「やっぱり2人で寝てたんだ」
「……百花、起きてたのか」
体を起こして部屋の扉の方を見ると、エプロン姿の百花が立っていた。
「どうしたんだよ、今日は起きるのが凄く早いな」
「もしかしたら、お兄ちゃんが寝坊するかもって思ったの」
「えっ? どういうことだ?」
「だって、和奏先輩がいるじゃない。私がいる前だとお兄ちゃんとしての体裁を守るためにあんなことを言っていたけど、本当は和奏先輩と色々なことをしたかったんじゃないかって……。だから、私が寝た後に色々すれば寝るのも遅くなって、そうすれば起きる時間も遅くなるんじゃないかって思って……」
失礼な。俺はそんなだらしなく、いかがわしい男じゃないぞ。
「そんなわけないだろ。現に、俺はこうしてちゃんと起きてる」
「じゃあ、どうして和奏先輩と一緒に寝てるの?」
「それは雷が怖いから一緒に寝てほしいって言われただけだ。他意はない」
「それだったらどうして、和奏先輩はお兄ちゃんのことを抱きしめているの?」
「それは和奏の寝相が悪いだけで……」
「そう。だったらいいけど」
どうして、我が妹は不満そうにしているんだろうか。昨日、俺と和奏が付き合っているんじゃないかって1人で盛り上がっていたのに。妹でも女には変わりないし、やっぱり女の複雑な心境はあんまり分からない。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「もう少し、和奏先輩と寝ていてもいいよ。私も起きていることだし、和奏先輩に変なことはできないでしょ?」
「一切、和奏に変なことをしようとは思ってないんだけど」
「……よく考えれば、お兄ちゃんがそんなことできるわけないもんね」
百花は優しく微笑みながら言った。
きっと、今の言葉は興奮すると心臓発作が起こるということを思い出して言ったのだと思う。母さんがまだ幼かった百花に俺の病状を説明していたことを覚えている。
「朝食や弁当を1人で作れるのか?」
「任せなさい。私だって料理部に入っているんだよ?」
「……やっと、俺に料理部で身に付けた力を見せてくれるのか。じゃあ、分かった。朝食と弁当は百花に任せるよ。何かあったら起こしてくれ」
「分かったけど、その代わり1つだけ交換条件を出していい?」
「なんだ?」
「……今度は私と一緒に寝てほしいかな、って。妹だったら別にお兄ちゃんの心臓も大丈夫でしょ?」
何を交換条件に出すかと思えばそんなことか。まったく、甘えん坊な奴だ。
「百花なら大丈夫だ」
「じゃあ、決定だね。次の日が休みの時に……ゆっくりと」
「はいはい。百花の好きな時でいいよ」
「うん、約束だよ。じゃあ、頑張って作るね」
百花は和やかな表情で部屋を出て行った。
高校生にもなっても兄貴と一緒に寝るのがそんなに楽しみなのかい。まさか、ブラコンってことはないよな。兄貴だから警戒心がないだけだと思っておこう。
でも、普段よりも1時間ほど多く寝られるのは嬉しいことだ。ここは妹のやる気を信じてゆっくりと二度寝をすることにしよう。
「ふにゅ……雅紀の弁当美味しい……」
和奏って色気よりも食い気なのか? 例えそうだとしても、色気もそれなりにあると思う。下手したら興奮して発作が起きそうだ。
それに、今日は俺の作った弁当じゃなくて、百花の作った美味しい弁当が昼食の時に食べられるぞ。楽しみにしておけよ。百花の料理の腕は決して悪くないし、本気になったらかなり凄いんだから。
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