第13話『ご近所さん勢揃い』

 百花の作った朝食はかなり美味かった。褒めまくって、時々でもいいから百花に朝食を作らせてしまおうか。百花の作った朝食も食べたいし、俺も今日みたいにゆっくりと寝られる日も作りたいし。

 俺と和奏は百花から弁当を受け取った。本人曰く、かなりの自信作らしい。

 そして、未だに俺と和奏が付き合っていると疑っている百花は気を遣って、先に行くと言って先に家を出てしまった。

「百花ちゃんには後で感謝の意を伝えなければ。お弁当まで作ってもらえるなんて」

「感謝の意か。昨日、一緒に嵐のライブDVDを見て盛り上がっただろ。もしかしたらそのお礼なんじゃないか」

 それを差し引いても、和奏に弁当を作ってあげたい気持ちは十分あったと思う。まったく、想像していたよりもしっかりしている妹だよ。

「雅紀、お昼は一緒に食べよう」

「そうだな。じゃあ、そろそろ俺たちも学校に行くか」

「うん」

 俺と和奏は玄関を出る。

 昨日とは打って変わって雲一つない快晴で、爽やかな風も吹いており今の時期らしい穏やかな気候だ。

 家の門から出ると、ちょうど同じタイミングで澤村が家から出てきた。

「やあ、おはよう。雅紀君に……栗栖さんかな」

「おはよう、澤村」

「……栗栖さんが君の後ろに隠れているみたいだけど」

 澤村は苦笑いをしながら言った。

 後ろを向いてみると、和奏は俺のブレザーを両手で掴み、背中に顔を埋めていた。シャイな幼女かお前は。

「ほら、大丈夫だって」

 優しい口調で俺が言うと、和奏は俺の横に立って、

「おはよう、澤村光」

 和奏はまるでロボットのように澤村に挨拶をした。

「おはよう、栗栖さん。まさかフルネームで呼ばれるとは思っていなかったよ」

 と、澤村は爽やかに微笑んでくれた。

 和奏は俺と百花以外の奴が視界に入ると途端に無表情になるな。どんな人間に対しても個性的な口調で淡々と喋るかと思ったのだが。どうやら、恥ずかしがり屋のようだ。

「どうやら、君のお悩みは解決したみたいだね。雅紀君」

「ああ、おかげさまで」

「その結果が2人で雅紀君の家から出てきたってことなのかな」

「ま、まあな」

「でも、高校生なのにクラスメイトの女子と一緒に一夜を明かすなんて、ど、ど、どうかしているんじゃないかな?」

 顔を赤くしてしどろもどろになっているなんて、普段の澤村らしくない反応だ。

 もしかしたら、百花と同じように、澤村も俺と和奏が付き合い始めたと勘違いしているのか? それだったら、さっさと誤解を解かないといけないな。

「昨日は家に入れなかったから、隣である俺の家に泊まらせたんだよ。別に変なことは何もないよな、和奏」

「うん。雅紀のベッドで一緒に寝たけど、雅紀は紳士的に対応してくれた」

「……それは本当の話なのかい? 栗栖さん」

「私と雅紀は盟約を交わした仲。雅紀は一緒に寝たいという私の我が儘を快く受け入れてくれた。おかげさまで安眠できた」

 別に快く受け入れたわけじゃないんだけれどね。

「雅紀君は君に変なことをしてないんだね?」

「うん。強いて言えば、私の寝相が悪くて雅紀に密着してしまったことくらい」

「そ、そうなんだ。だったらいいんだよ。もし、雅紀君が淫らな行為に走っていたら首を一捻りくらいしてあげようと思っただけだから」

 爽やかな表情をしながら言われると恐いなぁ。さっぱりしている性格なのは間違いないと思うんだけど、怒らせたらかなり恐いかもしれない。

「……あれ? 桐谷君と澤村さんじゃない。それに、栗栖さん?」

 制服姿の椎葉が彼女の家の玄関から出てくる。

「おはよう、椎葉」

「おはよう、椎葉さん」

 椎葉の姿が見えた途端、和奏は俺の後ろに隠れてしまった。

「ほら、挨拶しなさい」

 これじゃまるで父親みたいだな。

 和奏は澤村の時と同じように無表情のまま、

「おはよう、椎葉美波」

「おはよう。栗栖さんと話すのは初めてね。クラスメイトの女子でまだ話したことがなかったのは栗栖さんだけだったから、ちょっと嬉しいかも。ご近所さんだし一度は絶対に話してみたいって思っていたの」

「……そう」

 さすがは委員長だ。無粋な和奏の反応にも常に笑顔だし、他の多くの女子が避けようとする和奏と一度は話してみたかったというのも委員長らしい。

「3人で話していたみたいだけど、何かあったの?」

「昨日、栗栖さんが雅紀君の家に泊まったらしいよ」

「えええっ! 2人ってもしかして付き合っているの? そういえば、桐谷君が見つけたノートは栗栖さんのノートだったもんね。それを機会にして?」

 そこまで興味津々に訊かれても困るんだけど。

 椎葉も百花と同じ頭をしているのか。まあ、クラスメイトの女子が泊まったのだから付き合っていると思われるのは仕方ないけれど、ここまで続くと苛々してくるな。

「僕も同じことを思ったけど、どうやら違うみたいだよ。昨日はやむを得ない事情があって雅紀君の家にお邪魔したらしい」

「そうなんだ……」

 澤村が上手くフォローしてくれたお陰で、椎葉の誤解を解けたみたいだ。

 死刑執行人はおそらく桃ヶ丘学園の女子生徒だ。そして、和奏の家のポストに手紙が入っていたことから、家の場所も知っている生徒。

 その2つの条件を満たしていて、手紙をポストに入れやすい生徒は近所である椎葉と澤村の2人だ。疑いたくないけれど、2人が死刑執行人の最有力候補だ。同じクラスだから普段の和奏の様子を知っているし。

 人見知りであることも一因だろうけれど、和奏も2人が死刑執行人である可能性も考えて俺の後ろに一度隠れたのだろう。

「そうだ。栗栖さん、携帯の番号とアドレスでも交換しない?」

「僕も同じことを思っていたよ。栗栖さん、僕も良いかな?」

「私は構わない。えっと、その……よろしくお願いします」

 ぎこちなく、そして恥ずかしく言う和奏がとても可愛らしく思えた。

 どうやら、和奏には2人が信頼できる人だと思ったらしい。俺だって、椎葉と澤村は信頼できる良い奴だと思っているし、死刑執行人ではないと思う。そう言い切れる確証はないけれど、俺は信じたい。

 3人が携帯の番号とメールアドレスを交換し終えると、俺たちは一緒に学校に行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る