第10話『サイレントナイト』

「俺、実は重い病気に罹っているんだ。心臓に疾患を抱えてる」

 そう、俺は心臓に重い疾患を抱えている。

 今でこそ普通の生活を難なくこなすことができている。しかし、中学生までは年に数回ほど心臓発作を起こして病院に運ばれたことがあった。幸い、大半の発作は生死に関わるほどではなかったため、今日も何の後遺症も抱えずに日常生活を送ることができている。

 最後に発作を起こして入院したのは3年前だった。それでも、現在進行形で疾患を抱えていると言うのは俺の心臓病は普通のものとは違うからだ。

 神経性心臓病。

 心臓の発作が起こる原因として代表的なものは、血栓ができてしまったために血流が止まってしまうことや、血管が破れて出血するという身体的なものだ。

 でも、俺の症状は違った。

 過度なストレスや興奮の所為で心臓発作を起こしてしまうのだ。激しい運動をした後など、体力が消耗しているときには発作が起こってしまう可能性が高まる。今でも、体育の授業や体育祭くらいなら大丈夫だけれど、運動部に入って部活動をすることにはドクターストップがかかっている。

 そんなことを和奏に話すと、さすがに彼女も俺の話を真剣に聞いてくれていた。

「雅紀が運動部に入らないのはどうしてなのか気になっていたけど、まさかそんな疾患を抱えていたなんて……」

「日常生活に支障がないほどまで回復したから、今の生活に満足してるよ。ここ3年間は発作も起こってないし。体力を付けるために少し運動することも医者から許可が下りたからな。部活に入ってなくても十分に楽しいと思ってる」

「でも、大丈夫? 死刑執行人はもしかしたら実力行使をするかもしれない。何人もの人間を使って雅紀のことも襲ってくるかもしれない」

 やはり、そこを言ってくるか。和奏に心配を掛けさせたくないというのもあって、さっきまで自分の病気のことを言うのを躊躇っていた。

 でも、中二病の和奏にとっての極上ネタがあるんだよな、これが。

「安心しろ。理由が分からないんだけど、ある時、発作を起こして2週間くらい入院していたんだ。それで、退院して学校に戻ったら、ほとんどのクラスメイトから『サイレントナイト』って呼ばれるようになったんだよ」

「サイレントナイト? 静かな夜?」

「半分合ってる。ナイトは夜の方じゃなくて騎士の方。俺のことを『静かなる騎士』って呼ぶようになったんだよ。今でもどうしてなのか分からないんだけど」

「それ、かっこいい!」

 途端に目を輝かせ始めたな、こいつ。

 今でも『静かなる騎士』と呼ばれる理由が分からない。退院してすぐに呼ばれたから発作に関係していると思うんだけど。でも、毎回……発作を起こす直前から病院で意識を取り戻すまでの間の記憶が全くない。その空白の時間に『静かなる騎士』と呼ばれる理由が隠れているのだろうか。

「まさか雅紀にそんな二つ名があったなんて」

「そんな大層なものじゃないと思うけれど」

「実は私にも二つ名がある」

「へえ、どんな二つ名なんだ?」

「クリス。カタカナ表記が私の二つ名のミソ」

「苗字をそのまま取ってきただけじゃないか……」

 確かに『クリス』って書けば外国人っぽく見えるけど、和奏の見た目は大和撫子みたいな感じだしなぁ。まあ、クリスって女の子っぽいし可愛らしいんじゃないか。

「そろそろ寝るか。俺、下から布団を取ってくるよ」

「え?」

「だって、和奏と同じベッドで寝るのはさすがに駄目だろ。だからさ、和奏はベッドで寝て俺が布団で寝るから。それなら問題ないよな?」

 本当なら自分のベッドで寝たいところだけれど、ベッドの方が広いし寝心地も良いので、ここは和奏に寝かせてやるべきだろう。テーブルや座布団を端に寄せれば布団も敷けるのでこの提案が最善と考えたのだ。

 しかし、和奏は不服そうな表情をして首を横に振る。

「……それは嫌。雅紀と同じベッドで寝ないと意味がない」

「で、でも――」

「雅紀は私の寝るための布団を客間に敷いた。つまり、私は雅紀の家のお客なの。だからお願い。私の我が儘を聞いてほしい」

 和奏は部屋の電気を消して、ベッドに横になる。俺が寝ても大丈夫なように、自分の持ってきた枕を端に寄せている。

「雅紀が横になるスペースはちゃんとここにあるから」

「でも、いいのか? 俺と一緒に寝ても」

「私と雅紀は盟約を交わした者同士。同じベッドの上にいることは何の問題もない」

 いや、盟約ってそういうところに効果は発揮しないと思うよ。

 それに、和奏ぐらいの可愛い女子と一緒に寝ると、下手をすれば心臓発作を起こす危険があるんだ。興奮というのは楽しいことや嬉しいことを目の前にしたときの微笑ましいものばかりじゃない。性的興奮というものだってあるんだぞ。発作が起こると自分が自分でいられなくなりそうで怖い。

「雅紀?」

「ごめん、お前が良くても俺が――」

 その瞬間、部屋の中が光り、直後には鋭い衝撃音が鳴り響く。


「きゃあああっ!」


 和奏は俺に抱きついて泣いた。

 どうやら、すぐ近くで雷が落ちたみたいだ。雨音もさっきとは比べものにならないくらいに激しくなっているし、今が雷雨のピークなのだろう。

「うううっ、私にとって光は敵。闇こそ私の味方……」

「雷が怖いのか?」

「……うん。雷怖いよぉ……」

 泣いてしまっている所為か、かなり弱々しい声になっている。今の雷は俺も驚いた。雷嫌いの和奏にとって、今は地獄なんだろうな。

 この様子だと俺がベッドにいないと、また雷が落ちたときに錯乱状態になりかねない。それに、俺も男だ。女の希望を通さないでどうする。

「しょうがないな、一緒に寝るよ」

「雅紀……」

「あと、眼帯はいいからせめても眼鏡くらいは外せ。2人で寝ると狭いし何かの弾みでレンズを傷つくかもしれないから」

「うん、分かった」

 和奏から眼鏡を受け取り、勉強机の上に置く。

 ようやく目が暗さにも慣れてきて、和奏の顔が何とか分かる程度だけど、眼鏡を取るだけでも結構印象が変わってくる。かなり可愛い。俺、こんな奴と今から同じベッドの上で一夜を明かそうとしているのか。

 百花と寝ることがたまにあるから、女子と一緒に寝ても興奮はしないと願いたい。そうだ、和奏を妹だと思えばいい。そうすれば大丈夫なはずだ。

 俺がベッドに横たわると、自然と和奏の顔が俺の顔のすぐ近くまで迫っていた。これではまずいと思い、俺は仰向けになる。

「すまないな、何だか狭い思いをさせちゃって」

「別に構わない。それに、大切なのは雅紀が近くにいること。ここにいると雅紀の温もりや匂いを感じる。それがとても心地いい。不思議と落ち着く」

「……そうか」

 俺だって和奏の温もりや甘い匂いを感じているよ。発作が起きないかって心配になるくらいにね。

 俺は掛け布団をゆっくりと掛けていく。

 その時にちらっと和奏の方を見てみると、和奏は俺の方を向く姿勢になっていた。そのためか彼女は自分の手をどこに置けばいいのか迷っているようだった。

「雅紀。手、肩の上に乗せてもいい?」

「ああ」

 掛け布団がちゃんと和奏にも掛かるためには仕方のないことか。

 和奏の右手は俺の寝間着の袖を掴み、左手は俺の左肩の上にそっと置いた。あと、今日の帰りの時みたいに左腕に柔らかいものが当たっている。その柔らかいものが何なのかは決して考えるんじゃないぞ。

「雅紀、密室の闇の空間だからといって私に変なことは決してしないこと」

「何なんだよ、変なことって」

「そ、それを私に言わせるつもり?」

「言ってくれないと分からない」

 俺がそう言うと、和奏は可愛らしく悶える。そんなに言いにくいことなのか? 

 それに、俺はベッドの上で2人きりだからといって、何か善からぬことをしてやろうとは全く考えてない。

 暫く待って、和奏からようやく出た言葉は、


「に、肉体的結合……」


 インパクト絶大の言葉だった。肉体的結合ってなぁ。

「そんなことしようとは全く思ってない。普通に寝られれば十分だ」

「本当? 私の中でせいえ――」

「ちょっと待て。女の子としてこれ以上言ったらまずい」

「聖なる液体と書く方のことなのに……」

「それでも口に出したらどっちも同じなんだよ!」

「うううっ、口で受け取るのも嫌……」

 和奏は果たして勘違いで言っているのか、それともわざと言っているのか。考えると頭が痛くなってくる。

 しかし、クラスメイトの女子と同じベッドで寝るなんて、世の男子高生から見れば至福の一時なのかもしれない。気持ちが高ぶって異性に何かを求めてしまうのも、意外とあるのかもしれない。

「とにかく、安心して寝ていいから。俺も今日は疲れたし早く寝たい」

「……ごめん、さっき言ったことは冗談。百花ちゃんとの様子を見て雅紀が優しいお兄さんだってことは分かってた」

「そうか。和奏にそう言われると嬉しいよ」

「……うん。雅紀が絶対にここから離れないって約束すれば、私も安心して寝られる」

「大丈夫だ、俺もここで寝る」

「本当に本当?」

「……本当に本当だ」

 よほどの心配性なんだな。甘えん坊さんで可愛いらしい。

 しかし、今みたいなやりとりも何だか微笑ましくなる。学校での和奏の印象がまだ強いせいなのか。

「じゃあ、おやすみ。和奏」

「おやすみ、雅紀」

 和奏はそう言って微笑むとゆっくり目を閉じ、やがて寝息が聞こえ始めた。彼女の生温かい吐息が耳にかかってくすぐったいけど、ここは我慢だな。

 今、俺が和奏に何かを求めるとするなら、自分のことを全て俺に委ねて安心して良い夢を見てほしい。ただ、それだけだ。

「寝顔、凄く可愛いな」

 右手で和奏の頭をゆっくりと撫でる。洗い立ての彼女の髪はとても柔らかい。

 和奏の甘い匂いや温もりを感じつつ、俺も眠りにつくのであった。

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