第25話『和奏の居場所』

 パブリックスペースの雰囲気は先ほどと変わっていなかった。

 ただし、1つだけを除いて。

「遅かったか……」

 俺たちが陣取った場所に誰も座っていなかったのだ。さっき、ここから大ホールへと入っていくときには和奏がいた。

 つまり、和奏は誰かに誘拐されたんだ。俺が更衣室に行くときに和奏にここから離れるなと約束させたから、自分でどこかに行くわけがない。

「くそっ!」

 俺はテーブルを思い切り叩いた。

 俺の所為だ。和奏を1人にさせてしまったから。無理矢理にでも和奏と一緒に百花へ会いに行けば良かったんだ。

 テーブルの上には2通の手紙が置いてあった。ただし、1通は百花の携帯電話の下に置かれている。

 まず、携帯電話の下に置かれていない方の手紙を読むと、


『このあとすぐにあなたを処刑しに向かいます。 死刑執行人』


 という簡素なものだった。きっと、この手紙は和奏が受け取ったものだろう。おそらく、この手紙を受け取った際に誘拐されてしまったのだと思われる。

 百花の携帯電話の下に置かれている方の手紙を開いてみると、


『桐谷雅紀君へ


 今頃、君は妹さんと一緒にこの手紙を見ていることだろう。

 私の仕掛けたイリュージョンはどうだっただろうか? 今のこの状況に驚いてくれただろうか?

 君が想像している通り、堕天使は今、私の手の中にある。そして、私の目的が果たされようとしている。

 しかし、このまま時が過ぎるのも面白くない。

 もし、君があの堕天使のことを「天使」だと思っているなら、居場所を突き止めて私に挑むことだ。青々しいフィールドで私と戦おうじゃないか。

 ただし、午後2時までに見つけられなければ私は堕天使に死刑を執行する。せいぜい、右手を胸に当てて居場所を考えることだ。

 見つけられようが見つけられまいがこれだけは事実だ。


 ――もうすぐ、日の目を見るということ。』


 そして、右下には俺の持つアクセサリーと同じ絵柄がプリントされていた。赤と黒のストライプ柄だ。

 この手紙は俺に向けられて書かれたものか。死刑執行人の奴、まるでゲームのように今の状況を楽しんでやがる。

 携帯電話を見ると、現在の時刻は午後1時40分となっている。タイムリミットである午後2時まであと20分か。

「ねえ、お兄ちゃん。どうして、私の携帯電話がここにあるの?」

「……俺を百花のところへ行かせるためだ」

「で、でも……私、持ってなかったんだよ?」

「百花の所へ行かせるように誘導した手段はメールだった。メールは電話と違ってなりすましができる」

「じゃあ、私の携帯が無くなった理由って……」

「ああ、誰かが百花になりすましたからだ。さっき見せたメールを送って、俺をここから立ち去らせ、和奏を1人にしたところで誘拐したんだよ」

「わ、和奏先輩が誘拐されたってどういうこと?」

 そうか、死刑執行人のことは第三者には一切話さないようにしていたんだ。事情を知らない百花が訳分からずにとまどってしまうのは当然のことか。

「雅紀君、やっと買えたよ。一番近くの店が凄く混雑していてね。……って、どうしたのかな? 凄い剣幕だけれど。あと、百花ちゃんもここに来ていたんだね」

「こんにちは、光先輩」

 昼食の買い出しから戻ってきた光は、買ってきた昼飯をテーブルの上に置いて平然とベンチに座る。

「そういえば、栗栖さんはどこに行ったのかな。お手洗いとか?」

「……いえ、和奏先輩は誘拐されたらしいです」

 百花が光に和奏が誘拐された事実を告げる。

 すると、光は驚くこともなければ慌てることもなく……そして、特に怒りを露わにすることもなかった。ただ、平然を保ったまま、


「どういうことなんだい?」


 鋭い目つきをして俺に糾弾してきた。君なら理由を知っているだろう、と言わんばかりに。

 和奏の身に非常な危険なことが迫っている今、光と百花に死刑執行人について隠す事なんてできない。

 俺は2人に、死刑執行人のことと2通の手紙のことについて簡単に話した。

「つまり、栗栖さんにとって望むわけがなかった死が、死刑執行人にとっては栗栖さんが殺したことだと思っているわけなんだ。そして、そこから生まれた恨みで死刑執行人は栗栖さんを死刑執行しようとしているわけか」

 光は冷静に話を聞き、内容を大まかに理解してくれた。

「それで俺は和奏を死刑執行人から守るという約束をしたんだ」

「栗栖さんが時々、盟約がどうとか言っていたね。盟約ってこのことだったんだ」

「そうだ」

 それにしても迂闊だった。不意打ちのようなことはしないと思っていたのに、俺をここから離れさせ、間もなく死刑執行するという旨の手紙を和奏に見せ、彼女を誘拐するなんて。俺の考えが甘かったか。

「でも、この手紙の通りだと、すぐに和奏先輩が殺されちゃうよ!」

「ああ。午後2時までに見つけられなければ死刑が執行される……」

「午後2時。あと15分くらいだね、雅紀君」

 そうだ、和奏がまだそこまで遠い所に連れて行かれていないにしろ、そろそろ場所が特定できないと制限時間に間に合わなくなる。

 手がかりは俺に向けられた手紙の中に隠されているはずだ。

「堕天使はきっと和奏のことだ。死刑執行人は和奏のことを殺人者だと思っている。そのことを揶揄していると思う」

「そうだろうね。でも、僕が気になるのは青々しいフィールドという単語だ。これは何を意味しているんだろう?」

 青々しいフィールド、か。

 そういえば、和奏が見せてくれた手紙の中にもその単語があったな。死刑執行人はそこにかなりの拘りがあるのかもしれない。

「青々しいっていうのはブルーじゃなくてグリーンの事も指すんだ。青々しいフィールドっていうのはつまり、ここみたいに芝生が広がっているところじゃないか?」

「でも、シャンサインタウンって環境のことも考えて、できるだけ多くの場所に芝生を敷き詰めているらしいよ。広大な土地なのに、僕達が手分けしてしらみつぶしに探していたってきっと間に合わないよ」

 青々しいフィールドは芝生のことで間違いないはず。でも、光の言う通りで手当たり次第で探したら15分では到底見つかるわけがない。

 もっと、手紙の端から端まで読むんだ。手がかりは何気なく隠れているはずだ。

「ねえ、お兄ちゃん。日の目を見るってどういうこと?」

 何を言ってくるかと思えばそんなことか。しかし、可愛い妹のためにも答えないと。

「不遇だった人がようやく世間に認められるようになるってことだ。まあ、死刑執行人は和奏に死刑を執行して自分の考えを正当化する、っていう意味を込めてこの言葉を使ったんじゃないか。自分の時代が来るって意味かもしれないな」

「ふうん。何だか長く暗い夜が終わってようやく朝が来るって感じなんだね」

「まあ、そういう風に考えるのも面白いかもな」

 日の目を見るという言葉を読んで字の如く解読してしまえば、百花の発想もなかなかいいんじゃないかと思う。ようやく日が昇る、か。

「……いや、待てよ」

 日の目を見る。これって結構重要な単語じゃないか? この言葉を使って文章を締めているくらいだ。百花のように日の目を見るという言葉を『日が昇る』というように解釈すれば何か手がかりが見つかるかも。

「光。太陽ってどの方向から昇るんだっけ?」

「馬鹿にしないでくれないか。理科はあまり得意ではないけれど、そのくらいのことは小さいときに覚えたよ。太陽が昇るのは東に決まっているだろう」

「東だよな、もちろん」

「そんな言い方をするなら訊かなくても良かったんじゃないかな? それにしても、戦おうじゃないか、って書くのなら正々堂々と戦って欲しいよね。栗栖さんをわざわざ誘拐するっていう姑息なことをしなくてもさ」

「俺に対してこんな手紙を書くくらいだ。戦う気は本当にあると思うぞ。俺を無視するんだったら、俺に対する手紙も書かずにさっさと死刑を執行するはずだ」

 戦うということも考えればどこかのスポーツ施設か? ここから近いところのスポーツ施設は夏エリアと冬エリアにある。

「……なるほどな。そういうことか」

 今までに分かった情報を上手くまとめれば、和奏と死刑執行人の居場所は唯一つに特定できる。

 そして、その居場所がどこであるかが知ることで、死刑執行人がどうして和奏を死刑執行しようと思っているのかも大分分かった気がする。

「分かったぞ、和奏と死刑執行人がどこにいるのか」

「本当かい?」

「ああ、1つに絞り込むことができた」

 やはり、手紙に和奏と死刑執行人の居場所が書かれていたんだ。

 青々しいフィールド。戦う。日の目を見る。

 これら3つの単語とシャンサインタウンの構造を組み合わせれば、たった一つに絞り込むことができるんだ。

「夏エリアにあるサッカースタジアムだ。和奏と死刑執行人はそこにいる」

「どうしてそこなの? お兄ちゃん」

「青々しいフィールドは芝生っていうのは分かったよな。死刑執行人は青々しいフィールドで戦おうと言っている。それは、芝生の上で戦うスポーツを行う施設のことを表しているんだ。つまり、サッカースタジアムのことだ」

「でも、そこがシャンサインタウンの夏エリアにあるサッカースタジアムとは限らないんじゃないか? この近くにだってサッカー場はあるらしいし、栗栖さんが誘拐されてから15分は経っている。シャンサインタウンから出たことも考えられるよ」

 光の言っていることは妥当だ。でも、

「それはあり得ない」

「どうして?」

「最後の『日の目を見る』という部分だ。これを『日が昇る』という風に解釈をすると、東側にあるサッカースタジアムに絞り込むことができる」

「で、でもね……」

「シャンサインタウンの構造に注目するんだ。春、夏、秋、冬……この4つのエリアからシャンサインタウンは構成されている。そして、北から順番に配置されていることもここの特徴として有名だ。サッカースタジアムのある夏エリアは東側にある」

「……なるほどね。だったら急がないといけないよ。時間はほとんど残ってない」

「分かってる。和奏と死刑執行人がいると考えられるのはそこしかない。急ぐぞ」

「でも、僕はこんな姿だ。先に行っていてくれないか」

 メイド服姿だから、走ったらスカートが舞い上がってしまうわけか。女性なら誰しも躊躇するところだろう。

 光を連れて、しかも急いで行ける方法といえばもうこれしかない。

 俺はさっきの和奏の時のように、光をお嬢様抱っこする。

「うわあっ! 何をするんだい!」

 突然の事だったのか、光は顔を真っ赤にしてじたばたしている。

「こんなことしないでくれ! 恥ずかしいじゃないか……」

「落ち付けって! 暴れるとそれこそスカートの中が見えることになるぞ!」

「あっ……」

 今の自分の状況にようやく気づいたのか、光は途端に大人しくなった。

「何かあったら俺が責任を取ってやるから、今は黙って俺の言うことを聞いてくれ」

「……今の君はまさに騎士みたいだね。分かったよ、君に僕のことを任せよう」

 光は両手を俺の首の後ろに回す。

 これなら走っても大丈夫そうだ。あとは俺の心臓が持ってくれればいいんだけど、そんなことは気にしてられない。

「百花は走れるよな。そこにある剣を持っていってくれ。何か役に立つかもしれないから」

「うん!」

 俺たちは走り出した。

 死刑執行人との決戦の舞台である、夏エリアにあるサッカースタジアムに。

 そこで全ての事実を明らかにして、和奏を救うんだ!

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