第24話『無くしたもの』

 百花の携帯に『今すぐに行く』と返信をして、俺は早く戻ってこられるように百花の待っている更衣室前まで走って向かう。

 コスプレをしているのか、会場内を走っていると周りの人から注目を浴びることになる。俺の走る姿をカメラに収める人もいた。ただ、この衣装のおかげでどの人も俺を上手く避けてくれた。

 更衣室前まで行くと、ブラウンのキュロットスカートにピンクのTシャツ姿の百花がいた。百花は俺を見つけると妙に驚いていた。

「お兄ちゃん!」

「良かったよ、ちゃんといて」

「コスプレしているかっこいい人が走ってきたから誰だろうって思ったけど、お兄ちゃんだったんだね。でも、走っちゃって体は大丈夫なの?」

「このくらいは大丈夫だよ。俺だってちゃんと鍛えてるんだ」

「そっか。それで、お兄ちゃんのコスプレって執事なの?」

「いやいや、これは執事じゃなくて騎士だ……って、何を話してるんだ。お前、財布無くしたんだろ。更衣室にあるから取ってくる――」


「ううん、お財布なんて無くしてないよ?」


 更衣室の方へ向かおうとしたけれど、回れ右をしたところで止まった。

「……えっ?」

 百花は不思議そうな表情をして、持っていたバッグから財布を取り出した。俺も見たことのあるものなので、間違いなく百花の財布だ。

 じゃあ、百花の無くしたものってなんなんだ?

「だって、財布を無くして昼飯が買えないってメールで送ってきただろ。つい数分前に俺の携帯にds……」

 携帯電話を取りだして、百花に例のメールの文面を見せる。

 すると、百花はまた驚いた表情をしていた。まるで信じられないものを目の当たりにしたかのように。

「……これ、私が送ったメールじゃないよ」

「でも、差出人欄に百花の名前が書いてあるんだぞ」

「あっ、そうだね。でも、どうしてなんだろう……」

 念のため、差出人のメールアドレスを確認してもらうけれど、百花の携帯のメールアドレスで間違いないとのこと。依然として百花は驚いた様子である。

「あり得ないよ、こんな……」

「どうしてそう言えるんだよ」

「だって、30分ぐらい前から携帯電話を無くしてるんだもん!」

 百花の叫びに俺は耳を疑った。

「携帯電話を無くした? しかも30分前に?」

 思わず百花に訊き返してしまった。百花と俺の話が食い違っているから。

 30分前というと、俺たちがコスプレ広場にいた頃だ。茶道部の後輩部員達と出会ったぐらいの時間か。

「友達も戻ってこないし……」

「友達と一緒に来たのか」

「うん。同じクラスの人なんだけどね。その子、今日は日曜だから女子テニス部の活動はないし、1人で行く勇気が出ないから一緒にこのイベントに行こうって誘われたの。私も漫画とか好きだし、お兄ちゃん達がコスプレしてるから会えるといいなと思って」

「そうか。それで、その子はどのくらい帰ってきてないんだ?」

「40分ぐらい前かな。ちょっと用事があるから、この近くのお手洗いの近くで待っていて欲しいって言われて。でも、なかなか帰ってこないから段々と不安になってきて、電話しようと思ったら携帯を無くしたことに気づいたの。それで、更衣室の前にいればお兄ちゃん達に会えるかもしれないと思ってここにいることにしたの。友達が戻ってきてもここからだったら分かるし」

「そうか……」

「でも、お兄ちゃんに会えて良かった!」

 と、百花は嬉しそうに俺に抱きついてきた。よほど寂しかったんだろうな。

 今の話をまとめると、百花から2つ無くなったことになる。1つ目は携帯電話、2つ目は一緒にここへ来た友達。1つ目は30分前、2つ目は40分前から無くなっている。ただ、携帯電話については無くなったのに気づいた時間ということだけで、実際に無くしたのはそれ以前の可能性も考えられる。

 また、数分前に百花の携帯電話からメールが送られたことは事実だ。あのメールを送った人間がいる。でも、百花はメールを送ることは物理的にできない。つまり――。

「……百花、一緒に俺と来てくれないか」

「えっ?」

「パブリックスペースに一緒に来るんだ。今すぐに!」

「で、でも……友達を待たなきゃいけないし」

「その友達はきっとここには戻ってこないと思うぞ」

「どうしてそんなことが言えるの?」

 さすがの百花も少し不機嫌な表情を見せる。

 しかし、俺は何の根拠も無しにそんなことを言う人間じゃない。

「百花は利用されたんだよ。俺をここに連れてくるために」

「どういうこと? よく分からないよ」

「理由はあとで話す! とにかく俺と一緒にパブリックスペースに行こう!」

「で、でも……」

「俺を信じてくれ、百花」

「お兄ちゃん……」

 百花が軽く頷くと、俺は百花の手を引いてパブリックスペースへと走り出すのであった。

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