第26話『死刑執行人の正体』

 シャンサインタウン夏エリア。サッカースタジアム。

 春エリアとは違って夏エリアは閑散としている。今日はサッカースタジアムで試合の予定はないらしいけれど、個人的に誰かが貸し切っているらしい。

「どうやら、俺の推理は当たっていたみたいだな」

 携帯電話で時刻を確認すると、午後1時57分。あと3分だ。

「サッカースタジアムは広いけど、青々しいフィールドで戦うんだ。和奏がいるのはサッカーコートだと思う。行こう」

 走って体力が消耗しているけど、発作が起こらなくて良かった。

 サッカースタジアムの中に入り、案内板に従ってサッカーコートへと向かう。

 普段は関係者しか入れないサッカーコートだが、今は俺たちも関係者だ。立ち入り禁止のローブを飛び越えて、サッカーコートの入り口まで辿り着く。

「あの向こうに栗栖さんと死刑執行人がいるわけだね」

「ああ、そうだ」

「でも、死刑執行人の正体は分かっているのかい?」

「……まあ、な」

 確証はないけれど、死刑執行人は彼女に間違いない。死刑執行人と考えられる条件に当てはめ、これまでの会話を思い出せば彼女が最も当てはまっている。

 和奏を救うためだ。光や百花には辛い思いをさせてしまうかもしれないけど、和奏の盟約者として、そして1人の人間として死刑執行人と戦う。

「……行こう」

 俺は百花から剣を受け取ってサッカーコートへと足を踏み入れる。光と百花は俺の後に続く。

 サッカースタジアムは現在、ドーム場の屋根で覆われており、幾つものの照明によって中が明るくなっている。コートは俺が想像しているよりもずっと広い。

 センターサークルの所には、宣教師のような服を着た銀髪の人間に捕らえられている和奏がいた。銀髪の人間の顔は髪が長い所為でよく見えない。

「雅紀……」

「和奏、盟約の通りお前を助けに来たぞ」

 和奏は俺の顔が見られたからか、僅かに微笑んだ。

 和奏と銀髪の人間の周りには、ちょうどセンターサークルのラインの上に15人くらいの女子が立っていた。

「どうして、彼女たちが……」

 光が驚くのも無理はない。

 取り巻きの女子達の中の数人が、さっき出会った茶道部の後輩部員達だったからだ。光の写真を撮ったときの笑顔はもうなく、重々しい表情をしている。

「どうやら、死刑執行人の仲間だったみたいだな」

「でも、どうして……」

「それはきっと死刑執行人と同じ理由だと思うぜ? それに、和奏をここまで運ぶには死刑執行人だけじゃ無理だと思っていた。共犯者、あるいは手下……複数人が関わっていたことは明確だよ」

「私と一緒に来た友達もいるよ」

「やっぱりそうだったか」

 俺の推理通り、百花の友達も死刑執行人の仲間だったみたいだ。百花もこれにはさすがにショックを隠せないようだ。

 俺、光、百花はサッカーコートを歩き、センターサークル近くまで行く。

 銀髪の人間、死刑執行人は何も言葉を発しない。和奏も、死刑執行人の取り巻き達も光や百花も同じだった。

 全ては俺に委ねられている気がした。この状況をどうやって切り裂いていくのか。

 それなら、試合を始めようじゃないか。

 時間は午後2時ちょうど。試合を始めるタイミングとしては絶好の時だ。

「俺はお前に顔を晒しているんだ。お前も俺に顔を晒してくれないと、フェアプレーにはならないんじゃないか?」

 俺がそう言っても、死刑執行人は何の反応も見せない。


「自分で顔が晒せないなら、こっちから明らかにさせるだけだ。死刑執行人……いや、椎葉美波! それがお前の正体だ!」


 俺がそう言うと、死刑執行人の口元が僅かに動いたような気がした。

 そして、銀髪のカツラが彼女の右手により取られ、1人の女子の顔が俺たちの前にお出ましとなる。

 椎葉美波。俺たちのよく知っている女の子だ。死刑執行人が彼女であると分かり、光や百花は驚きを隠せない。

「どうして、椎葉さんが……」

「和奏先輩を殺そうとしていたっていうの?」

 俺だって、信じられないし、信じたくない。しかし、そこに美波がいる以上、死刑執行人は椎葉美波である、というのが事実なんだ。

「死刑執行人はお前だよな、美波」

 念のためにそう訊くと、美波はにやりと笑った。ただ、それは金曜日までとは違って冷たい笑みだ。


「……そう。死刑執行人は私よ。でも、よく分かったわね。私が死刑執行人であることもそうだし、ここにいることも」


 怒りと虚しさが同時に襲ってくる。死刑執行人が……和奏のことを殺したいと思う人間がずっと近くにいたなんて。

「お前にはまんまとやられたよ。和奏をよくも誘拐してくれたな」

「誘拐? そんなちっぽけなことなんて1つの過程に過ぎないわ。私の目的は堕天使……いや、栗栖和奏をこの手で殺すことだけ。つまり、死刑執行よ」

 すると、美波は懐から小型ナイフを取り出し、和奏の首元に突きつける。

 それに対して和奏はあまりにも怯えてしまったせいか、顔が引きつってしまって何も声が出せない。

「そう、その顔……凄く可愛い。もっと怯えて可愛い声で喘いで欲しいわね。それが私にとっての最高のオカズなんだから……」

 美波は快楽に浸っているような笑みを見せる。普段からの美波じゃ考えられないような雰囲気だ。まるで、別の人格に乗っ取られたみたいに。

「桐谷君、私の考えたイリュージョン。見事だったでしょ?」

「……見事にやられたよ。ここからは俺の推理だ。お前は光の部活の後輩部員を使って、俺たちが3人でコスプレ会場にいるかどうかを確認させた。同じ頃、百花と一緒に来た友達が百花の携帯を盗んだ。多分、何かの機会に百花からバッグを受け取ってその時に盗んだんだろう」

「うん。一度、飲み物を買いに行くときにバッグを預けたの」

「じゃあ、その時だな。携帯を盗んだ友達は俺たちの後をつけた。そして、パブリックスペースに辿り着き、光が1人で昼食を買いに行った。時間稼ぎのために、後ろにいる何人かの女子が光の訪れた店で並んだ。すぐに光に帰ってこられては和奏の誘拐が成功しないからな」

「確かに雅紀君の言う通りだ。僕と同じくらいの歳の女性が多く並んでいたよ」

 美波はどうやら細かいところまで計画して、実行に移ったようだな。

「光が離れて、俺と和奏の2人だけになった。最後に俺を和奏から離れさせるために百花の携帯を使って、財布が無くなったというメールを送った。パブリックスペースから更衣室までは片道でも歩いて数分ほどかかる。俺が百花と偶然に会えても、逆に会えなくても和奏を誘拐するには十分な時間が確保できるわけだ」

 和奏の性格を上手く利用した手口だ。でも、あの時に和奏が俺と一緒に百花のところに行っていたなら、別の方法を考えていたのだと思う。

 俺は美波に和奏へ差し出された手紙を見せる。

「これに見覚えはあるな?」

「ええ、私が書いたものだけど」

「お前の仲間の誰かにこの手紙を渡させたんだろう。私が偶然頼まれました、というような顔をして。和奏から見せてもらった手紙に、死刑を執行するときにはもう一度手紙で伝えることが書かれていた。美波はそれを守るためにこの手紙を書いたんだな?」

「その通りよ」

「俺と百花がパブリックスペースに戻って来たとき、周りの様子は何も変わっていなかった。きっと、和奏を薬とかで眠らせた後、病気の人間を連れて行くかのように数人で和奏のことをここまで運んだんだろう」

 俺がそう言うと、美波はせせら笑った。

「……完璧。栗栖さんが盟約者として選ぶ理由がよく分かるわね。桐谷君の推理通り、私は後ろにいる子達と協力して栗栖さんをここまで運んできたの」

「協力、か。利用の間違いじゃないのか?」

「勝手なこと言わないでほしいわね。この子達は私と同じ想いを抱えている。手下として扱ったつもりは一度もないけど」

 私と同じ想いを抱えている、か。

 そろそろ、一連の出来事のきっかけを話した方がいいみたいだな。俺に向けられた手紙のことについて確かめたいことがあるし。

 栗栖和奏と死刑執行人・椎葉美波を繋ぐもの。それは――。


「上条祐介さん。もちろん、お前は知っているよな?」

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