第27話『栞の苦悩』

「上条祐介さん。もちろん、お前は知っているよな?」


 彼の名前を出すや否や、美波は驚いた表情を見せる。

「どうして桐谷君が上条先輩のことを知っているの!」

「……前に会ったことがあるんだよ。3年前に彼が病気で亡くなる直前にね」

「そ、そんな……」

 どうやら、美波は俺が過去に上条さんと面識があったことまでは、さすがに知らなかったみたいだ。

「でも、今の美波の反応で1つ分かったことがある。パブリックスペースのテーブルには2通の手紙が置いてあった。1通は和奏に宛てられた美波からの手紙。そして、もう1通は別の人物から置いた俺宛の手紙だった」

「そんなわけない! 私は桐谷君宛の手紙を置くように頼んでおいたの! 別の人物が置いたなんてこと……」

「あり得ない、ってか。落ち着いて考えてみな。1人だけいるだろう? 一連のことを全て分かっている人物が」

 死刑執行人の計画の内容を知っている人物は、あの子しかいない。


「栞ちゃん。俺達の話を隠れて聞いているのは分かっているんだよ」


 そう、上条さんの妹である栞ちゃんしかいない。

 振り返ると既に栞ちゃんが入り口の方からこちらへ歩いてきていた。

「栞ちゃんだよね、この手紙を書いたのは」

 栞ちゃんに俺宛の手紙を見せると、彼女はゆっくりと頷いた。

「どうして私が書いたと分かったんですか?」

「右下に描かれているユニフォームだよ。金曜日に茶道室で会ったときに、俺がバッグに付いているアクセサリーを見せたよね。上条さんから貰ったものだと言って。それに、美波に上条さんの名前を出したら、凄く驚いた表情をした。ということは、俺宛ての手紙に美波がこのユニフォームの柄を入れるわけがない。美波ではない別の誰かが書いたんだ。そう思ったんだよ。それに、死刑執行人が書いたのなら、手紙の最後に『死刑執行人』と書くはずだからね」

「……凄いですね、そんなことまで分かってしまうなんて」

「でも、君の手紙がなかったら、死刑執行人が和奏を殺そうとする動機が上条さんの死だとは分からなかった」

 1つの可能性として考えていたけれど。俺も上条さんのことが本当に絡んでいると知ったときには驚いたさ。

 栞ちゃんは真剣な面持ちをして口を開く。

「……どちらの気持ちもありました。栗栖さんが悪くないと分かっている気持ちも、栗栖さんが死んでしまえばいいと思う気持ちも。どちらかに決めることはできませんでした。しかし、昨日の夜です。家のポストに死刑執行人からの手紙が入っていました。今日の午後2時、シャンサインタウン夏エリアのサッカースタジアムにて、栗栖和奏の処刑を行うと。そして、妹として私には絶対に見届けて欲しいと書いてありました」

「その時に栞ちゃんは美波の計画を知り、俺宛ての手紙を書こうと決めたのか」

「はい。何パターンも用意しました。シャンサインタウンに来ると必死に栗栖さん達を探しました。コスプレ広場で何とか雅紀先輩、栗栖さん、光先輩を見つけました。遠くから様子を見ていると、雅紀先輩がさっき話したことがパブリックスペースで起きました。あのテーブルから誰もいなくなったことを確認して、死刑執行人から雅紀先輩に書かれた手紙を読みました。私は自分が書いた手紙の中で一番近い内容のものを代わりに置いておいたんです」

「でも、どうしてそんなことを?」

 俺が訊くと、栞ちゃんの目から涙がこぼれる。

「……雅紀先輩に委ねたんです」

「委ねた?」

「私の書いた手紙を読み、雅紀先輩が無事に栗栖さんを見つけられれば、私は彼女を助かった道を作ったと思える。逆に見つけられなければ、栗栖さんが殺されてスッキリできると思ったんです。意思が弱いから、そんな卑怯なことを考えたんです」

 栞ちゃんは実の兄を亡くしている。彼女が複雑な想いを抱えて、気持ちをはっきりさせられないのは仕方のないことだと思う。迷っていたからこそ、俺宛ての手紙を書いた。和奏を助ける気持ちがあれば俺に直接連絡しただろうし、逆に助ける気持ちがなければ美波から俺に宛てた手紙を持ち去っただろう。

「君は卑怯じゃないさ。上条さんは雅紀君に今回の発端がお兄さんのことだって知らせてくれたじゃないか」

「そうだよ。それに、あの手紙じゃなかったら、ここに和奏先輩がいるって分からなかったかもしれないし……」

 光や百花が優しい言葉を掛けても、栞ちゃんの涙は止まらなかった。

「2人の言う通りだ。栞ちゃんは自分のできることをしてくれたよ」

「で、でも……」

「茶道室で話したとき、君は頑なに和奏のことを許せないでいただろう? それでも死刑執行人から手紙が来たときには迷いが生じた。君はちゃんと、自分がこのまま和奏のことを許せない、死ねばいいという気持ちを持ち続けていいのかって考えたんだ。そして、その迷いを誰かに伝えようとすることは大切なことだと思うよ」

 栞ちゃんは立派だと思う。彼女の迷いは上条さんの死をもう一度、見つめ直していることを表しているのだから。

 俺は栞ちゃんの側まで歩み寄って、そっと頭を撫でた。

「手紙を書いてくれてありがとう。君の書いた手紙のお陰でここまで辿り着けたし、一連の出来事の動機も分かったからね」

「雅紀先輩、ごめんなさい……」

「俺に謝る必要はないよ。でも、これだけは分かってくれるかな。すぐに受け入れるのは難しいと思うけど、上条さんは和奏の所為で亡くなったわけじゃない。それを彼自身が言ったことを」

 優しい口調で栞ちゃんに語りかける。

 栞ちゃんはゆっくりと顔を上げ、涙を浮かべながらも俺と目を合わせて

「……分かりました」


 はっきりとそう言った。

 栞ちゃんが分かってくれれば、美波にも上条さんの気持ちは伝わるはずだ。そのためにも俺が全力で美波と立ち向かおう。

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