第28話『しぐさ』
俺は再び和奏と美波の方を向く。
「お前が死刑執行人だと思い始めたのは、百花と一緒に来た友達の話を聞いたときだよ。百花、一緒に来た友達が所属している部活は、女子硬式テニス部だよな?」
「うん、そうだけど……」
「そこで違和感を抱いたんだよ。美波がこのイベントへ一緒に行けない理由は、学校で部活動があるからという理由だった。百花の友達の言っていたことと食い違う」
「言われてみればそうだね。友達はテニス部の部活がないからここに来たから」
「その通りだ、百花。それに、百花の携帯から送られたメールや昨日の夜に届いた栞ちゃんへの手紙のことも考えれば、死刑執行人は俺たちがこのイベントにコスプレ参加することを予め知っていたことになる。イベントに行くメールが和奏から送られたのは金曜日の放課後だ。そのメールの送信相手は俺、光、美波の3人だけだ」
事前に知っておかなければ、このサッカースタジアムで和奏の死刑を執行することはできない。
「澤村さんの可能性は考えなかったの? 事前にこのイベントに参加することを知っていた人物なら、澤村さんだって十分に怪しいんじゃない?」
思った通り、美波はそう反論してきたか。光が死刑執行人である可能性。
「全然考えなかったさ。根拠は茶道部の後輩部員がコスプレ広場に来たときの反応だ。光が死刑執行人だとしたら、彼女達が来るのは知っていたはずだ。でも、実際には彼女達がやってきたとき、光はとても驚いていて恥ずかしそうにしていた。あれは演技じゃとてもできない反応だよ」
「……演技かもしれないのに。彼女のことを相当信頼しているようね」
美波はそれ以上何も言わなかった。
「それに、お前が死刑執行人だと思ったのは、とある仕草をしたからだ」
「何の事かしら」
「美波自身が教えてくれただろ。試合中大事な場面に差し掛かったとき、心を落ち着かせるために右手で体操着の胸の部分を掴むってことを」
「……確かに言ったわね」
「どうしてそうしたのかって訊いたら、憧れの人がそうしていたって答えたよな。憧れの人、それは上条さんだった。違うか?」
俺がそう訊くと美波は黙り込んだ。黙るということは……これまで俺の言ってきたことが合っているということなのかな。
少しの間、静寂の空気に包まれた後に、
「……そうよ」
ぼつりと呟くように美波はそう言った。
「上条先輩の出ている公式戦で何度もその仕草をしていた。どんなときでも諦めなかった先輩の人柄に惚れたわ。その時には既に他の女子からたくさん告白されていたの。それを知ってますます好きになった」
「それで、上条さんには告白したのか?」
俺の問いかけに対し、美波は首を横に振った。
「できなかったわ。……この女のせいで!」
物凄い剣幕で和奏のことを見ている。どうやら、美波は一気に感情を爆発させたみたいだ。
「あなたが上条先輩の告白を受け入れて付き合ってさえいれば、上条先輩は今頃生きていたのよ! あなたが上条先輩を……他の女子から告白され続けた彼を振ったから亡くなったんだわ!」
「私は先輩が病気を持っていたなんて知らなかったし、私は自分の気持ちをただ正直に伝えただけ。先輩が亡くなればいいなんてこれぽっちも思ってない……」
和奏は美波の左腕によって首を軽く絞められている状態でありながら、精一杯に自分の気持ちを言葉に出した。
しかし、美波はそれに逆上し、
「今更何を言い訳してるのよ! 3年前、周りの生徒から責められたときには、何も言わず登校拒否になったくせに! それって自分が悪いって認めた証拠じゃない!」
左腕で更にきつく和奏の首を絞めて、右手に持っているナイフを和奏の首筋に触れさせる。少しでも力を入れれば和奏の首が切れてしまう。
登校拒否になったのか、和奏は。
つまり、上条さんの不安は当たってしまっていたことになる。彼が告白した相手……つまり、和奏が彼の死の後に厳しい非難を浴びてしまうこと。
「この際だからあなたの盟約者である桐谷君に暴露してあげるわよ。栗栖さんはね、上条さんが亡くなった1週間後から卒業まで一度も出席しなかったのよ。いわゆる、引きこもりっていうものね」
「それは和奏のせいじゃないだろう。上条さんに好意を持つ生徒達が一方的な誹謗中傷を和奏に浴びせ続けたからなんじゃないのか!」
「それでもね、記録には栗栖さんが約2年間登校拒否したということしか残らない。私たちが彼女を罵倒したことなんてどこにも記されてないわ」
「何だって……」
証拠がなければ認めないっていうのか。
「栗栖さんに登校拒否っていうレッテルを貼ることができたと思って、中学を卒業したら気も大分楽になったわよ。高校生になったのを機に引っ越しもしたしね。それに、大きく変わったのは桐谷君と出会えたことよ」
「俺と出会えたこと?」
「……そう。金曜日に話したでしょ。委員長をやってこられたのは桐谷君のおかげだってこと。あの話には続きがあるの」
美波が言おうとしていること。それが何なのか、今の俺には分かっていた。
美波の目から一粒の涙がこぼれ落ちる。
「桐谷君は他の誰よりも優しかった。私の何気ない話も真剣に聞いてくれたし、私が委員長として何かをしているときでも、桐谷君はずっと見守っていてくれた。そんなあなたのことが好きなの。あなたを見ていると、上条先輩の死から救われるの」
やっぱり、そうだったか。
でも、どうしてだろう。好き、という言葉がこんなに胸に響かないなんて。俺にはその理由が本能的に分かっているんだと思う。
「もし、私と付き合ってくれるなら、栗栖さんのことは解放してあげる。私の方からみんなに栗栖さんを恨まないように言ってあげる。そして、桐谷君のことをずっと愛してあげるから」
美波にとっては本気の告白かもしれない。
でも、俺にとっては薄っぺらい言葉にしか聞こえない。今言った全ての言葉が俺に向けられていない気がするんだ。
今の状況を考えれば、俺がそう思ってしまう理由も容易に分かる。
「……俺は上条さんの代わりか?」
「えっ?」
「上条さんが亡くなったから、その悲しみを埋めるために俺を好きになろうとしてるだけだろ。悪いけど、俺は今の美波を好きにはなれない」
「そんなことないわよ。上条先輩のことは関係なく私は桐谷君のことが――」
「じゃあどうして今、死刑執行人として和奏を殺そうとしてるんだよ! 上条さんの死に今でも囚われている証拠だろうが! 俺は上条さんの代わりじゃない。桐谷雅紀っていう上条さんとは違う1人の人間なんだ!」
さっきの美波の言葉は全て上条さんに向けられていたんだ。でも、上条さんはもう生きていない。だから、美波は俺に告白してきたんだ。自分の心に空いた大きな穴をどうにか埋めようとするために。
「そっか。やっぱり、桐谷君は栗栖さんのことが好きなんだね」
儚げに微笑みながら言うと、美波は天を仰いだ。
「ねえ、どうして? どうして、栗栖さんは私の好きな人を奪うの? 1度だけでもなく2度までも……」
「美波……」
「3年経った今になって、私が死刑執行人として栗栖さんを殺そうとする理由。それは、栗栖さんと再会しただけじゃないの。ずっと前から好きだった人をまた栗栖さんが横取りしたからよ。金曜日の朝、栗栖さんが桐谷君の家から出てきたじゃない。その時に今回の計画を本当に実行することって決めたのよ!」
何なんだよ、この身勝手な理由って。
段々と、本格的に怒りが湧き上がってきたな。心臓のことも考えてなるべく怒りは静めていたんだけれど、もうここまで来ると我慢できなくなってくる。
「お前が何をやっても上条さんは帰ってこないだろ。それに、俺と和奏は恋人同士じゃなくて盟約者同士なんだ。和奏は美波から何も奪ってないんだ」
「栗栖さんにそう言えって言われているんでしょ?」
「そんなわけない! 確かに自分の気持ちをなかなか上手く言えないけれど、和奏は優しい心の持ち主なんだ! 上条さんはきっとそれが分かっていて、和奏のことを何も悪くないって言っていたんだよ!」
「嘘! 全部嘘に決まってる! 上条先輩は栗栖さんに深い傷を負わされたから亡くなったのよ! もういい、今すぐに栗栖さんの首を切り裂くんだから!」
「美波!」
「動かないで!」
美波のその言葉が合図だったのか、彼女の後ろにいる取り巻き達全員がナイフを取り出している。
「一歩でも動いてみなさい。この子たちがあなたたちを切り殺すことになるわ。雅紀君だけじゃない! 澤村さんや百花ちゃんだって一緒!」
少しでも死刑執行の邪魔をすれば、和奏と同罪だと見なして殺すつもりか。
状況は明らかにこちらの劣勢だ。
俺たち全員が何とかして応戦しようとしても、人数的にも劣ればこちらの武器といえば俺の持っているプラスチックの剣しかない。1対1ならまだしも、2人以上が相手になれば何らかの傷を負うことになる。
「……桐谷君に最後のチャンスをあげるわ。私と付き合ってくれるなら、栗栖さんは解放してあげる。桐谷君の気持ちを聞かせて? ここまで来れば、自分がどう答えればいいのか桐谷君なら分かってくれるよね?」
ここに来て美波は可愛らしい笑顔を見せてきた。
確かにお前は魅力的な奴だよ。
勉強もできればスポーツもできて。委員長もやっていてしっかりしていると思えば、俺にしか弱さを見せない。可愛くて、スタイルも良くてまさに女の鏡とも言えるような奴だよ、お前はさ。だけど、
「今の美波と付き合う気なんて全くない」
その気持ちは揺るがない。美波は魅力的だけど、今の美波には興味はない。
「……そっか。じゃあ、栗栖さんを殺すしかないね」
「それだけは止めてくれ!」
「じゃあ私と付き合いなさいよ! 私は桐谷君のことを愛しているんだから! でも、今の返事だとどうせ栗栖さんのことが好きなんだから駄目なんでしょ! だったら、今すぐに栗栖さんを殺してあげるわ! 好きな人が死んでしまうことの辛さを、桐谷君も思い知ればいいのよ!」
美波の身勝手な言葉に対してついに堪忍袋の緒が切れ、プラスチックの剣を左手で握りしめながら美波の方へ走り出そうとしたときだった。
――ドクン。
普段とは違う心臓の鼓動。
そして、その瞬間に全身に痛みがほとばしった。
「うっ!」
あまりの痛みに耐えきれず、俺はその場で倒れ込んでしまうのであった。
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