第29話『真の力』
全身に痛みが走り、妙に熱くなっている。
心臓発作が起こったんだ。動きにくい衣装で光を抱きかかえて走ったことで疲れが溜まってしまった上、美波への激しい怒り重なったために発作に繋がったのか。
「雅紀! まさか発作が起こって……」
嫌な予感が当たってしまったと和奏は思っているのだろう。俺が発作のことを打ち明けたときに不安がっていたし。
くそっ! 体を起こそうにも、痛みのせいでなかなか力が加えられない。体が熱くなってきて、何粒も汗が落ちている。
光が慌てて俺の側まで来て、手を俺の額に当てる。
「凄い熱じゃないか! 今すぐに救急車を呼ばないと……」
「光、それは駄目だ……」
「何で駄目なんだ! 凄く苦しそうじゃないか! 百花ちゃん、雅紀君は何か持病でもあるのかい?」
「お兄ちゃんは心因性の心臓病なんです! ここ3年くらいは発作が起こってなかったのにどうして……」
「そうだったのか。雅紀君、今すぐに救急車を呼ぶから……」
「その必要はない。軽いものだから、大丈夫だ……」
精一杯の力を振り絞って立ってみせるけど、すぐによろけてしまい四つん這いになってしまう。呼吸がどんどん荒くなる。
和奏を救う方法は2つだ。
1つは美波をどうにかすること。和奏を美波から解放し、この集団のリーダーである美波を押さえられれば周りの女子達も混乱するはずだ。
もう1つは周りにいる美波の取り巻き達の動きを制圧することだ。これは数的に有利にするため。
でも、どちらにしても、この体じゃそんなことは到底できない。
「あははっ! 私の言うことを素直に聞かないからこういうことになるのよ! 愚かな人間ね。そっか、桐谷君は病気持ちなんだねぇ。可哀想だねぇ。でも、このまま放っておけば私の手間も省けそう……」
自分の前で跪く俺のことを見下ろして、美波は嘲笑っている。
「いい加減にしてくれないか! さっきから黙って聞いていれば、椎葉さんの言っていることは自分勝手なことばかりじゃないか!」
「外野は黙ってて。これ以上言うと、澤村さんでも本気で許さないよ」
「そんなの関係あるかっ! 栗栖さんは何も悪いことはしていないのは第三者の僕にだって明確に分かることさ! それに――」
激昂する光の口を何とかして押さえる。
「これ以上は言うんじゃない! お前まで巻き込まれるぞ」
しかし、光は首を振って、口を押さえる俺の手を振り払った。
「雅紀君もこのまま栗栖さんが殺されるのを黙って見ていろと言うのかい! 僕は栗栖さんを助けたいし、椎葉さんのことも止めたいんだよ!」
「俺だって……光と同じことを思ってるよ……」
せめて、発作さえ起こってなければ突破口が見えるかもしれないのに。今以上に自分の持病に対して恨みを抱いたことはない。
ちくしょう! どうにかして、和奏を助けることはできないのか! このままだと俺だけではなくて和奏の命まで尽きることになる! 俺はもうどうなってもいい。和奏を救うことはできないのか。
段々と和奏や光、百花からの呼びかけが聞こえにくくなる。もう俺の命の灯火は消えかかっているのだろうか。
自分の体から見る見ると力が抜けていくのが分かる。しかし、
『桐谷雅紀』
はっきりと俺の名前が呼ばれるのが聞こえた。しかも、それは自分自身の声だ。誰なんだ、お前は。
『俺はお前自身だ。お前はまだ自分に秘めている真の力の存在を知らない』
お前は俺自身だと? しかも、真の力だって?
馬鹿なことを言うんじゃない。和奏じゃあるまいし、そんな力があるわけないだろ。体力だってほとんど抜けているんだぞ。
『過去に何度も発作を起こして意識を失ったことがあるだろう? それは、真の力にお前の意識が耐えられなかったからだ』
俺の意識が絶えられない? どういうことだ?
『真の力を発揮するとき、心臓の鼓動が通常とは異なる。従って、体に激しい痛みが伴うことになる。普段のお前の意識ではその痛みに耐えきれないのだよ』
だから、俺の意識を失わせたってことなのか? じゃあ、通常でない心臓の鼓動をしている時、俺はどうなっているんだ。
『何時の発作の時か、退院してから最初に登校した時にこう言われただろう? サイレントナイト、と』
サイレントナイト。
日本語で『静かなる騎士』という意味だ。当時のクラスメイトが俺をそう称して絶賛したことがあった。
まさか、俺は意識を失っている中で――。
『そう、真の力を発揮して今のような状況を打破していたのだ。ただ、お前の意識がなくなっている、感情を表に出すことがなければ何も言葉を発しなかった』
だから、サイレントナイトって呼ばれるようになったのか。
でも、どうして今回は意識がまだあって、お前が俺に話しかけているんだ? こんなことは今回が初めてだろう?
『それは、今のお前が真の力に耐えうる意識と体を持ち合わせているからだ。真の力を自らの意識で操れれば、それは想像よりも遙かに大きな力となる。今の怒りを爆発させ、真の力を手に入れるのだ。それしか、和奏を救える道はないぞ!』
そうだ、俺は今……美波に激しい怒りを抱いている。それを力に変える!
全身の筋肉に力を入れる。すると、再び体が熱くなってきた。
でも、これは心臓発作の所為じゃない。きっと、真の力というやつが体中に漲ってきているからだろう。それ故に、今までとは桁違いに体が軽くなっている。
俺はゆっくりと立ち上がり、プラスチックの剣を左手に持つ。
思い出したぞ。過去にも発作で意識を失う前は、今回のように誰かが俺に向かって助けを求めていたり、他人を傷つけている奴に怒りで抱いていたりしていたんだ。
「雅紀……」
「和奏。待たせたな。ようやく『静かなる騎士』のお出ましだ。ただ、今の俺は意識があるからかなり荒っぽいけどな……」
今回の発作は過度な怒りやストレスから起きたんだ。それは致し方ない。
おそらく『静かなる騎士』の最終形態は今のこの状態なんだと思う。俺の意識がある中で真の力を思う存分に発揮できるようになる状態。
今の俺の姿を見て発作から立ち直ったと思ったのか、和奏は安堵の笑みを浮かべる。
俺はそれを確認し、鋭い目つきで美波のことを見る。
「美波、俺はまだ諦めきれないんだよ。この命が尽きるまで、和奏を救うことを。それにお前のことだって救ってやるさ」
今の俺なら、そのどっちだってできる……はずだ。
「何を言っているのよ! 栗栖さんだけじゃなくて私を救うなんて……」
「美波はいい奴だって知っているからさ。今のお前はどうも死刑執行人という別の人格に乗っ取られているような気がしてならない。それに、上条さんが亡くなったことに関して悪い人間はどこにもいないからだ」
恨みや哀しみが募ったことで形成された『死刑執行人』というもう1人の人格。今の美波はそいつに支配されている気がする。
しかし、美波は首を激しく横に振った。
「そんな嘘をつかないで! 私は自分の意思で栗栖さんに死刑執行をしようと思っているのよ! 上条さんが亡くなったのは彼女が原因だから!」
ああ、意固地な女だ。そんなんじゃ、せっかくの可愛い顔がもったいないじゃないか。
「雅紀君! 椎葉さんの気に障るようなことを言っちゃいけない! 感情的になっていつ栗栖さんの首にナイフを――」
「ちょっと黙っていてくれないか、光」
「何を言っているんだ。僕は――」
「光の気持ちくらいわざわざ言ってくれなくても分かっているさ。それに、メイドなら騎士である俺の言うことも聞いてほしい。怒った顔をしないでくれ。せっかくの光の可愛い顔が台無しになる。可愛い笑顔を見せてこそ、真のメイドじゃないのか」
何をキザな言葉を吐き続けているんだ。真の力が解放されると、こんなことまでさらりと言えてしまうものなのか。
光はぽっ、と頬を赤く染める。
「君がそこまで言うなら、大人しくするさ……」
「さすがは俺と和奏のメイドだ。素直に言うことを聞いてくれて嬉しいよ。そういう奴、俺は結構好きだぜ」
ああ、今すぐ死にてえ。恥ずかしすぎる。なんでこんな言葉がすらすら出てしまうんだろうな。光が可愛いのは事実だけれどさ。
しかし、発作が起こった後だ。そんな言葉も冗談じゃなくなってしまう可能性もある。何にせよ、まずは和奏を救わないといけないな。
「待ってろ、和奏。今からお前を助ける」
俺が和奏にそう言うと、美波は突然高らかに笑う。
「そんな安っぽい剣を使って私と戦って、しかも栗栖さんを助けるつもりなの?」
「……俺達にはこれしか武器はないからな。文句でもあるのか?」
「文句どころか笑っちゃうわね。常識的に考えてみなさいよ。私の持っているナイフは切れ味抜群。あなたの持っているのは子供が振り回しても大丈夫なおもちゃ。そんなものを使って戦おうだなんて、自爆するのと一緒よ」
「……普通の奴だったらな」
「えっ?」
「さっきも言っただろ。今の俺は『静かなる騎士』だと。それに、俺はこの剣でお前を切り裂こうなんて思っちゃいないのさ」
俺は美波に向かって全力で走り出す。
いくら真の力を手に入れたって、プラスチックの剣でナイフのように美波を切り裂くことなんてできるわけがない。
しかし、この状況を打破するための方法なんて考えればいくらだってある。それは『静かなる騎士』である俺だからなんだけど。
普段の何倍もの速さで美波と和奏の前まで辿り着くと、俺は全力でプラスチックの剣を振りかざす。
「くらえっ!」
剣は美波の持っているナイフに見事に当たり、芝生の上に落ちる。
俺は美波に拾われないために、ナイフを遠くまで蹴り飛ばした。
「お前の持っているナイフを振り落とすくらいのことはできるんだよ」
そして、俺は右手で強引に和奏の体を引っ張り、自分の右腕の中に収める。
和奏の目には涙が浮かんでいたけれど、微笑みも見せていた。
「どうだ、これが『静かなる騎士』の力だよ、和奏。きっと、お前を助けたくてこの力が使えたんだ」
「……うん。凄くかっこいいよ、雅紀」
すると、初めて和奏の満面の笑みを見ることができた。
「最高の褒め言葉だな。可愛い笑顔が間近で見られただけでも十分なのに、俺に対してそんなことを言ってくれるなんて」
「当たり前だよ。雅紀は最高の盟約者なんだから!」
「盟約者か。俺は和奏と盟約を交わしていなくても、お前のことは絶対に助けた。もう大丈夫だ。光たちと一緒にいろ。俺はまだやるべきことが残っているからな」
「うん!」
和奏は光のいるところまで全力で走っていく。
美波の取り巻き達に追従されないように、俺はプラスチックの剣を彼女達に向けて威嚇をする。さっきの光景を見て怯えてしまった所為か、こんな威嚇でも彼女達の脚が震えてしまっている。
和奏はもう大丈夫だろう。後は美波の心を救うだけだ。
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