第30話『激昂』
和奏が光たちのいる所まで辿り着いたのを確認し、俺は美波の方を再び向く。
「余計な真似をしてくれたわね……」
「今まで自分が何をやっていたのか分かってるのか? 後ろにいるお前等もそうだ。和奏に謝れ。自分達のしてきたことについて謝るんだ!」
「謝るのは私たちの方じゃなくて栗栖さんの方でしょ? 今まで私が話したことが何一つ分かってなかったの? 栗栖さんが振ったせいで上条先輩は死んだ! そんな彼女が懺悔を受けず、彼女に懺悔を促した私たちが謝れってあなた頭おかしいんじゃないの!」
美波は激昂して俺にそんな言葉をぶつけてきた。
ああ、駄目だったか。これでもまだ俺は我慢して、美波に自分から真実を理解もらおうとしてきたんだけど。そこまで甘くなかったか。
もういい、俺の怒りも本当に限界だ。
「逃げるのもいい加減にしろよ!」
俺はプラスチックの剣を捨て、美波の胸倉を両手で掴み挙げる。
「上条さんは病気で亡くなったんだ! 美波は上条さんの死を受け入れることができなかったから、彼を振った和奏に陰湿な八つ当たりをしたんだろうが! まるで和奏が彼を殺したように言いやがって!」
「だって、だって……」
「告白できなかった自分を正当化するために、和奏を殺人者呼ばわりしただけだろ」
「勝手なこと言わないでよ! あの時の私の苦しみなんか知らないくせに!」
「だったら知ってもらえるようにすればいいじゃないか! 前に言ったよな。俺に不安なこととか何でも言っていいんだって」
自分の不安をなかなか人に伝えられない。それが美波の弱いところだ。時が経つに連れてその弱さが蓄積されいつしか恨みと変わり、死刑執行人は創り出されたのだと思う。
「和奏はお前達に厳しい非難を浴びせられても、2年近く登校拒否になっても、高校生になって上条さんの死に向き合おうと決めたんだ。贖罪の意を込めて、眼帯に眼鏡、マスクをつけて素顔を封印してまで。そして、今は俺と盟約を交わして一緒に向き合おうとしている。和奏はお前なんかよりもよっぽど強い奴だよ」
「黙って! 自分の考えを正当化したいのは桐谷君の方じゃない。私は認めないわ。上条先輩の死が栗栖さんのせいじゃないっていう証拠がない限りは!」
「上条さん自身が言っていたんだ! 和奏は何も悪くないんだって! 病気が発覚したときには、もう末期癌で手の施しようがなかったんだって! 俺は彼に託されたんだ、このことを和奏や彼のことが好きな人に伝えることを! 美波達が上条さんの死に対して凄くショックを受けたことは分かってる。でも、俺がもっと動いていれば今もこんな思いを抱えずに済んだかもしれない。恨むべき相手は和奏じゃなくて俺の方だ。だから、俺を殺せよ。でも、俺は全力で足掻く! 生きて上条さんの死に向き合っていく覚悟だ!」
そうだ、俺が上条さんの言葉に甘えていなければ。もっと早く和奏や栞ちゃんを見つけて上条さんの意志伝えることができていれば、こんなことにはならなかったんだ。
恨まれても仕方はない。でも、それで殺されることは間違っている。俺には生きているからこそ託されたことがあるからだ。それに、上条さん自身が自分の死によって誰かの命が消える事なんて望んでいない。
「もう、終わりだ。死刑執行人……いや、椎葉美波。上条さんを殺した人間なんていなかったんだ。今まで犯してきた自分の過ちを理解した上で、和奏に謝ってくれ」
俺は美波のことを離した。
気づけば、美波の取り巻き達は全員ナイフをその場に落としていた。どうやら、彼女達は俺の言ったことが分かってくれたみたいだ。いや、上条さんの遺志がちゃんと伝わったという方が正しいか。
しかし、美波だけは違った。
「いい加減なこと言わないで!」
美波は俺のことを押し倒して、俺の上で馬乗りになる。
「言ったでしょ。証拠がない限りは、私は栗栖さんが潔白だと認めないって!」
彼女の殺気に満ちた表情。
完全に人格が変化していることが分かった。今の美波は『死刑執行人』に乗っ取られているんだ。
美波は両手で俺の首を力強く絞め始めた。
「私は神からお告げを受けたのよ。上条さんが亡くなった原因を作った栗栖さんを殺せってね。死刑執行人としてその任務を果たせと!」
やはり、今の美波は『死刑執行人』なんだな。この温かみの全く感じられない視線は美波のものじゃない。
「桐谷君がそこまで言うなら、あなたのお望み通りにしてあげるわよ。そうね、あなたのせいで私は今まで苦しんだんだからね。私の苦しみをとくと味合わせてあげるわ! ちょうどいい。日本の死刑は絞首刑だから。首の絞め方はちょっと違うけどね」
彼女は高らかに笑いながら更に力を強めていく。
「うっ……」
「ほらほらっ! あなたが言った通りに全力で足掻いてみなさいよ! この嘘つき騎士が! 死刑執行人である私の前ではどうにもならないのよ!」
「くそっ……」
俺は何とかして美波の両手を首から離そうとするが、彼女の力が思った以上に強い。真の力が出せてなかったら、もう意識がなかったかもしれない。
「こんなことしても……上条さんは帰ってこないんだぞ……」
「それなら桐谷君があの世に行って上条先輩に謝りなさい! 大丈夫よ、この後に栗栖さんだってそっちに連れて行かせてあげるから……」
くそっ、俺は美波の怒りを増幅させちまっただけなのか。
証拠がないと美波は決して信じない。でも、そんな証拠を今この場で持っているわけがない。
俺はもう、このまま死ぬしかないのか?
彼女の両手によって脊椎が圧迫されているせいか、段々と息苦しくなってきて、意識も混濁し始めてきた。
――上条さん、あなたならどうやってこの状況を切り抜けますか?
俺は祈るようにして、右手でロングコートの胸の部分を掴んだ。
――ピッ。
少し籠もった音が胸ポケットの中から聞こえたような気がした。そして、
『音の具合とかは大丈夫ですか? 上条祐介です』
上条さんの声がサッカーコートに響き渡ったのであった。
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