第22話『Cosplay Day-④-』

 更衣室から歩いて数分。

 建物から出るとすぐにコスプレ広場の入り口があった。そこには既に多くのコスプレをした人々がいる。

 写真の被写体になる人。

 コスプレをしているキャラクターになりきり台詞やポーズを決めている人。

 一般参加者と作品について語り合っている人。様々な人達がいる。

「やっぱり人が多いな」

「コスプレも日本の1つの文化になりつつある。一度は経験してみたいという人間が最近は多いらしい」

 ああ、俺みたいな奴ってことか。

「ここでコスプレをするということは、写真を取られる確率は大。ただ、写真を撮る側もマナーを守っているようで撮影する際はちゃんと私たちに撮影の許可を求める。声を掛けた人だけ撮影を許可するという方針にする」

「そうだな、分かった」

「隠し撮りされるなんて僕は嫌だからね。それが当たり前だろう」

「そして、私たちも節度ある行動を取ることを心がけよう」

 和奏の言う通りだな。撮影する側も撮影される側も同じ人間。どちらが上ということはないんだ。

 午前11時。俺たちはコスプレ会場の中心部まで行く。

 すると、人気の作品をコスプレしているのか、それとも他に同じようなコスプレをしている人がいないのか、さっそくデジカメや携帯などを持った人達が俺たちの方へと集まってくる。男女の比率は同じくらいで、性別を問わずにコスプレしている作品が人気であることが分かる。

 俺たちは一般参加者から次々と出る要望に応えていった。

 一番多かったのは和奏が扮するお嬢様のソロショット。男性の撮影者の場合、このパターンが多く、羽扇子を持ってほしいという要望が多かった。あと、お嬢様は眼帯を付けていないらしいのだが、和奏のコスプレが似合っているので良いらしい。二次元に情熱を注ぐ男達はとても心の広い人達だった。

 次に多かったのは俺が扮する騎士のソロショット。女性の撮影者からの要望が多く、剣を格好良く構えて欲しいという注文が多かった。俺はあまり作品を知らないので、撮影する人にどのような構えが良いのかを聞きながら行った。

 光が扮するメイドも男性を中心にしてなかなかの人気だった。恥じらいを見せていたときに可愛らしいと評判になり、段々と慣れてきて笑顔で撮影に臨むようになっても可愛らしいという評判は変わらなかった。光もコスプレ自体を楽しんでいるようで何より。

 あと、和奏と光のツーショットの注文もあれば、俺が和奏をお嬢様抱っこした場面を撮りたいという注文もあった。俺にお嬢様抱っこされるなんて恥ずかしいだろうに、よく和奏は許可を出したと思う。

 3人での撮影ももちろんあった。俺も撮影者の1人に、衣装のポケットに入れておいた携帯を渡してスリーショットをお願いした。コスプレをした良い記念になると思って。

 そんなこんなで2時間が経過した。

「あっという間だな。もう1時過ぎか」

「楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだね」

「光も段々と撮影に慣れてきたみたいじゃないか」

「まあね。それに、いつまでも嫌そうな顔はしていられないからね。メイドは相手が良い気分でいられるように対応をしないといけないからね」

「まるで本物のメイドみたいだな」

 それだけコスプレが楽しいってことか。

 俺も最初こそは緊張したけど、段々と撮影されていくうちに楽しくなっていった。撮影する人と話してみたりすることで、作品の面白さも知れたし。今日のコスプレはなかなか有意義なものになりそうだ。

「和奏、今日は誘ってくれてありがとな。おかげで楽しい思い出ができた」

「僕からも。ありがとう」

 俺と光が和奏に感謝の意を伝えると、和奏は頬を赤くして、

「べ、別に礼を言われるほどではない。それに、私だって同じだ。2人がいなかったらこんなに楽しいとは思えなかっただろう」

 恥ずかしいのか耳を澄ませないと聞こえないような声の大きさで言った。

 楽しい、か。学校での彼女からは考えられないような言葉だな。まだまだ表情豊かではないけれど、自分の想いを言葉に出してくれるのは、俺たちのことを信頼してくれている証拠なのかな。

「和奏、もう昼過ぎだ。俺、腹が結構空いてきたんだけど」

「……私も同じ。ちょうどこの格好で昼食が取れる――」

 と、和奏が話しているときだった。


「澤村先輩じゃないですか!」


 女性の声が響き渡り、俺たちはその声の主の方を向く。

 すると、そこには金曜日に茶道室で出会った光の後輩部員数人がいた。みんな私服で来ているので、一瞬誰か分からなかったけど。

「どうしたんだい? こんなところで……」

「それはこっちの台詞ですよ。どうして先輩がコスプレなんかを」

「友人に誘われてね。ドレスを着ている彼女に」

「……へえ、そうなんですか。それよりも先輩のメイド服姿とても可愛いですね! 普段のボーイッシュな雰囲気からは考えられないです! うううっ、このギャップがたまらないですっ!」

 後輩部員の中の1人が発狂しかけている。そこまで破壊力があるのか、光のメイド服姿って。ギャップの件に関しては俺も同意する。

 当の本人である光は知り合いに見つかった上に、ここまで賛美されてしまったせいか顔を赤くして更衣室から出たときのような汐らしい感じになってしまう。

「そんな風に言わないでくれ。恥ずかしいじゃないか」

「恥じらう先輩も素敵ですっ!」

「うううっ……」

 これじゃ先輩の風格なんて全くないな。

「先輩! 写真撮って友達にメールで送ってもいいですか?」

「ええ、そんな……」

「この先輩の姿を他の人に教えないでどうるんですか!」

「教えないでくれた方が僕はいいんだけど……」

「いいえ、駄目です! 似合っているんですから大丈夫ですって! 送るのはここにいない他の茶道部の子だけにしますから!」

「……そ、それなら仕方ないね。僕は可愛い後輩の頼みを聞かないような小さな人間じゃないからね」

「さすがは先輩です! みんなも撮ろうよ!」

 後輩部員の1人が上手く説得したことで、光だけ緊急の撮影会が行われる。

 メイド服姿の光というのは、桃ヶ丘学園の女子にとってかなり価値のあるお姿なのだろう。ここにいない茶道部の部員だけに送るとは言っているけれど、きっと桃ヶ丘学園に通っている知り合い全員に送るんじゃないかな。

 光は恥じらいながらも後輩部員達の要望に応えていく。今の光に俺も同情するし、恥ずかしがってもちゃんと後輩部員の要望に応える光は立派な女だと思った。

「……コスプレをして良かったのかどうか分からなくなってきた」

 数分後。後輩部員による撮影会が終わり、は意気消沈していた。知り合いと出会ってしまったことにショックを受けているのだろう。

「ま、まあ……評判は結構良かったんだしいいんじゃないか?」

「そういう問題じゃない!」

「ご、ごめん」

「……声を張り上げて悪かった。でも、よりによって茶道部の後輩に出会ってしまうなんて。もう茶道室には足を運べない……」

 思った以上に光の心の傷は深く刻まれているようだ。

 どうにかして光を元気してやれないだろうか。恥ずかしさは慣れで解決できたが、後輩に出会ってしまった事実はどうしようと変えられない。全ては光の気持ちが元に戻ることにあるが、それの手助けはできないだろうか。

 そんなことを俺が考えている中、和奏は光の手を握った。

「澤村光。がっかりする必要はない」

「栗栖さん……」

「澤村光のコスプレが似合っていたことと可愛かったことは事実。それに、誰一人としてあなたのコスプレを馬鹿にしている人はいなかった。もっと胸を張っていい」

「それでも――」

「あなたは楽しくなかった?」

「えっ?」

「さっき言った通り、私は楽しかった。あなたや雅紀がいてくれたおかげで。でも、それは2人が楽しそうにしていたから。どちらかでも楽しくなさそうだったら私も楽しくなかったと思う」

 和奏の言いたいことは俺も分かる。誰か1人でもつまらなそうだったら、本当に楽しむことなんてできない。

 でも、光は本当に楽しそうだった。メイド服へ着替えたときにあそこまで恥ずかしそうにしていたのが嘘のように。

 きっと、和奏は知り合いに見つかったくらいで光が元通りにならないと信じているからこそ励ましているのだと思う。もう駄目だとしたらこんなことをせずに帰る支度をしているはずだ。

「午後もコスプレをするつもり。もちろん、3人で。きっと、午後も一緒に楽しめると思う」

「俺も和奏と同じ考えだ。3人一緒なら午前よりも楽しめる気がする」

 俺だって光と一緒に楽しみたいさ。和奏と2人でも楽しいかもしれないけど、光がいた方が絶対に楽しいと思う。

「……ごめん」

 光は俯きながら消え入るような声で言った。

「僕が間違っていたよ。君たちとコスプレをして楽しかったのは事実だ。後輩達に遭遇してしまっても、コスプレが楽しいということに変わりはない。ごめんね、僕が気を乱してしまった所為で不快な思いをさせて」

「気にしなくていい。午後も3人で楽しもう」

「……そうだね」

 どうやら、予定通り午後もコスプレができるみたいだな。ただ、さっきのように光が恥ずかしいと思うようなことがないよう気をつけるようにしよう。

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