第21話『Cosplay Day-③-』
俺は騎士のコスプレ衣装を持って男子更衣室に入る。
しかし、更衣室の中は見事に誰もいなかった。まるで蛻の殻のようだ。レンタル衣装のところにはいっぱい男性用の衣装もあったのに、人気がないのかな。
俺は奥の方まで行き、さっき借りてきた騎士の衣装へと着替える。
騎士といっても中世ヨーロッパを思わせる帽子やマントのようなものもなければ、甲冑のようなものもなかった。一瞬、執事服にも見えるスタイリッシュなもので、デザインがちょっと派手な黒いロングコートが特徴的だ。
説明文を読んでみると、この衣装はヒロインを助ける帝国騎士の衣装であり、アイテムに剣があることから男性用の衣装の中ではかなりの人気があるとのこと。
「これでいいのかな」
桃ヶ丘学園の制服と同じ要領で着られる服装だった。違うのは黒いベストが追加したのと、一番上に羽織るのがロングコートであることくらいだ。もしかしたら、和奏は俺がコスプレ初心者だから着替えやすさも考えてくれたのかな。
黒い革靴を履き、アイテムのプラスチック製の剣を持って、全身鏡の前に立つ。
「おっ、思ったよりもいいじゃないか」
決して自分に惚れているわけではない。ただ、意外とまとまっているなという印象を持っただけだ。
元々執事服を着たかった俺にとって、この服装は大満足である。騎士というとどうしてもナポレオンが着ているようなものを思い描いてしまうので、それよりも大分落ち着いたデザインの衣装で良かった。
鏡を見ながら身だしなみを整え、俺は上条さんからもらったアクセサリーをつけた携帯電話を持って男子更衣室を出る。
2人の姿はまだなく、俺は更衣室とレンタル衣装を貸し出す場所との間にあるベンチに座って待つことにした。
「しかし、こんなに人が来ているとは……」
俺のいる場所は入り口から同人誌の売られている大ホールの間にある。よって、一般参加者の行き来が激しいのだ。
時々、俺の姿を見つけた人がデジカメや携帯のカメラで撮ってくる。女性が多いのは騎士という格好のせいだろうか。コスプレの写真を取る人がいると聞いたことはあるが、それは本当だったみたいだな。
早く来ないかな。結構楽しみにしているんだけど。和奏のゴスロリお嬢様もそうだけど、光のメイド服姿もかなり楽しみだ。こういう表現は不適切かもしれないけれど、2人とも素材が良いのでかなり期待している。
「雅紀、おまたせ」
和奏の声がしたので、俺は彼女の方を見る。
和奏のコスプレは財閥のお嬢様。お嬢様らしく高級感のあるフリルがふんだんに使われたゴスロリ風の黒いドレスである。ドレスの裾から黒いハイヒールが見える。頭に付けている黒いカチューシャにもフリルが付いている。また、ポニーテールの髪型や黒い眼帯、眼鏡は変わらない。あと、アイテムに黒い羽扇子を持っている。黒で徹底的に統一されているな。
「何だかお前らしいコスプレだな」
「コスプレは仮装とも言える。それなのに私らしいとはどういうこと?」
「いや、お前が今日来ていた私服も同じような感じだっただろ。だから、イメージ通りだったなって」
「……今日の私服は失敗だったかもしれない」
「でも、凄く似合ってることには変わりないよ。可愛いお嬢様だと思うぞ」
よしよし、と撫でると和奏の口角が僅かに上がった。
しかし、今一度よく見てみると、かなりオーラがあるな。眼帯があるせいなのか、それともドレスのスカートがふんわりしているのか圧倒的な存在感がある。
「……そんなにじっと見つめないで欲しい。私の秘めている力が上手く発揮できなくなりそう」
「そのキャラは能力の使い手なのか?」
「ううん、生物単位で見ればただの人間。私がコスプレをするから能力が生まれる」
「意味が分からん」
「雅紀は剣を持っている。雅紀だって秘めたる力が発揮できるかもしれない」
「我の真の力をこの剣に宿し、悪しき魂を消し去ってやる! って感じか?」
「それ、かっこいい!」
即席で台詞を考えたのだが、ここまで喜ばれると逆に恥ずかしいな。和奏が喜んでくれるのは嬉しいけれど。
ヒロインを助ける騎士ということは、俺が今持っているこの剣を使って多くの悪者を倒していったんだろうな。この騎士とお嬢様の関係って、俺と和奏の盟約関係と似ているところがあるかも。
「そういえば、光はどうした? 一緒にいるんじゃなかったのか?」
「着替えに手間取っているらしい。先に行っていていいと言われたから、私1人でここまで来た」
「メイド服ってそんなに複雑な構造なのか?」
「そこまで複雑ではないと思う。でも、初めて着るから手間取るのは仕方ないこと」
「そうか。でも、和奏は早かったな」
「……ドレスはワンピースを着る要領と似ている。澤村光の着替えを手伝おうと思ったら彼女が雅紀の所へ行ってほしいと言ったから先に更衣室から出てきた」
「そうだったのか。分かった」
まあ、俺みたいにすぐに着替えられる方が珍しいかもしれないし、ここは気長に待つとしよう。
和奏とベンチに隣同士で座っていると、一般参加者の列の中からこちらへレンズを向ける人が続出。俺たちがコスプレしている作品が有名なのか、それともコスプレしている男女が一緒にいることが珍しいのか。とにかく先ほどよりも会場の雰囲気が盛り上がっているのは確かである。
「なあ、和奏。俺たちのコスプレしている作品はそんなに人気なのか?」
「……アニメの第2期が制作されるほどだから、それなりの支持はあると思う。ファンの男女比率もバランスが取れている」
「そういえば、和奏が来るまでに女の人に結構写真撮られたな」
「女性ファンは主に騎士に対して。男性ファンは主にお嬢様やメイドに対して。もちろん重厚なストーリーに惹かれているファンも多い」
「和奏はどうなんだ? やっぱり騎士に対してか?」
「そんな見た目だけの浅はかな理由ではない。重厚なストーリーが面白いの。初期からのファンを甘く見ないでほしい」
和奏の静かな情熱がひしひしと伝わってくるな。どうやら、和奏は作品自体に惚れ込んでいるみたいだ。今度、そのアニメを観てみるか。
「……着替え終わったよ」
光の声がしたので更衣室の方を見ると、光は入り口から顔だけを出していた。ただ、メイド服であるため頭には白いフリル付きのカチューシャが付けているが。
「あのさ、メイド服ってこういう仕様なのかい?」
「一般的なメイド服と同じはず。大きさも自分の身長に合ったもので間違いはない?」
「間違いはないけれど……」
「だったらそれでいい。堂々と出てきて大丈夫」
「わ、分かった」
と言っても光はなかなか出てこない。じっと立ち止まっているなんて、いつもの光らしくないな。
「僕は女だ。女ならこのくらいの格好を厭わないはずだ……」
自己暗示しているのか、光はそんなことを呟いている。
「仕方ない。私が連れてくる」
今の光の様子を見かねたのか和奏は更衣室の入り口まで行き、光の手を引いて俺のすぐ目の前まで連れてくる。
光の着るメイド服は、デザインも漫画やアニメでよく見る一般的なものだ。スカートの丈も膝よりも少し上というところか。白いハイソックスとスカートの間の素肌の部分にあたる絶対領域があることが艶めかしく思える。それに、恥ずかしさのあまりか今すぐに泣きそうになっている光が凄く可愛い。
「く、栗栖さん! 僕だって心の準備ができていないんだ……」
「あそこにいたら何時まで経っても準備完了の状態にはならないと判断した。それならいっその事、姿を晒してしまった方が気持ちは爽快になると思う」
「でも、雅紀君が僕のことを見つめている……」
「それは澤村光から出ている力に魅了されているから。そうだろう? 雅紀」
「あ、ああ……よく似合っているなと思って」
見た目と恥じらいの態度は見事なまでに女だ。普段の彼女を知っているとこのギャップにかなり心を掴まれる。
光はスカートの裾ばかりをいじっている。短めの丈なので素肌が見えてしまっているのが気になるのだろうか。
「うううっ、脚がスースーする……」
「それがこのメイド服の仕様。そのくらいの格好の方が快適に過ごせると思う。今日は晴れているし」
「晴れているって、この格好で外へ出るつもりなのかい?」
「当たり前だ。コスプレ広場は野外にある」
それは俺も初耳だな。てっきりこの衣装を着て会場内を廻るだけだと思っていた。
「最初は恥ずかしいかもしれないけれど大丈夫。私や雅紀がついている。着てしまったのだから外にも出てみない?」
「メイドはお嬢様に仕える人間だからな。和奏の横に歩いていれば何の問題もないさ。もちろん、俺だってすぐ側にいるし」
まさか、光がここまで恥ずかしがるとは。正直、意外だ。俺のイメージだと和奏の方がシャイな気がしたけど、実際は逆だったか。
少しの沈黙の後に、
「分かった、せっかく着替えたのだから行こう。ただし、2人がちゃんと僕の側についていてほしい。この格好のまま1人でいたら恥ずかしすぎる」
「心配するなよ。俺は3人で行動するつもりだ」
「雅紀の言う通り。今日のコスプレは3人一緒だから意味がある。澤村光を1人にするわけがない」
「……ありがとう」
「それじゃ、コスプレ広場へ行こう」
光も行く気になってくれて良かった。
既に俺たちは注目を集めているのに、コスプレ広場に行ったらどうなるんだろう。期待と不安を抱きつつ、俺たち3人はコスプレ広場へ向かうのであった。
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