第20話『Cosplay Day-②-』

 最寄り駅である永倉駅から電車に乗って1時間弱。

 今日参加するイベント、シャンサインクリエイティブの会場となるシャンサインタウンの最寄り駅に着いた。近くなるにつれて、イベントの参加者なのか車内が混雑してゆく。電車を使って通学する友人は偉いなと思った。

 時刻は午前10時過ぎ。シャンサインクリエイティブは既に開始していた。駅から会場までの人の流れが凄い。

 会場のシャンサインタウンは4つのエリアから成り立っている超大型施設。それぞれのエリアには春、夏、秋、冬と名前が付いている。北側に春エリアがあり、そこから時計回りに夏、秋、冬という位置関係になっているそうだ。

 春エリアは大きなホールが幾つもあり、俺たちが参加するシャンサインクリエイティブもこの春エリアで開催される。

 夏エリアはサッカースタジアムや1年通して競泳ができる施設がある。

 秋エリアは多くの企業が入っている高層ビルが幾つもあり、飲食店もこの秋エリアが1番多く揃っている。

 冬エリアは1年通してスケートのできるリンクなどのスポーツ施設が揃っている。

 また、4つのエリアに囲まれた中心部に広大な芝生があり、休日にはシートを広げてゆっくりする家族連れも多いようだ。

 俺たちは春エリアに到着し、会場となる大ホールへと入っていく。

「凄い人数だな」

「今日だけの開催だけれど、約10万人が参加するらしい」

「10万人か。凄いイベントだな」

 和奏の話だとこのイベントではサークルが同人誌の販売をするだけでなく、企業がこのイベント限定のアニメグッズなどを販売するらしい。それを目当てで参加する人も多いのだとか。

 俺たちはすぐにコスプレ参加の受付のところへ行く。

 コスプレ参加をする人はあまりいないのか、すぐに受付を済ますことができ衣装のレンタルコーナーのところに進む。

「そういえば、こういう所でのコスプレは何かの作品に出てきた衣装を着ることが多いんだよな」

「その通り。公式サイトにどの作品の衣装が貸し出されているのか書いてあった。私が身に纏う衣装も貸し出される作品に出てくる登場人物のもの。バラバラの作品の衣装では3人でここに来た意味はない」

「栗栖さんの言う通りだね。一緒の作品の方が良いだろう。ちなみに、君の衣装はどんなキャラクターのものなの?」

 光のスタンダードな質問に和奏は頬を赤くして、

「……と、とある財閥のお嬢様」

 と小さな声で言った。お嬢様ということは、フリルのたくさん着いたドレスでも着るのかな。和奏の着ているワンピースが凄く豪華になった感じのやつ。

「君らしいかもね。君がお嬢様ということは雅紀君が執事服でも着るのかな」

「執事服か。それはいいかもしれないな」

 執事が登場するアニメは結構あるし、コスプレをするなら執事服を一番着てみたいと思っていた。執事イコール紳士的な男性というイメージもあるし。

 俺と光の間で話が盛り上がっていると、

「違う。雅紀は執事服を着る予定ではない」

 と、和奏が割り込んできた。どうやら、和奏の中で俺と光の着る衣装は決めているみたいだ。変な衣装でなければいいんだけれど。

「雅紀は騎士になってもらう」

「騎士?」

「そう。お嬢様のことを救う騎士。剣もセットになっている」

「剣まであるのか、凄いな」

 執事服じゃないのはがっかりだけど、騎士もかっこいい衣装だろう。剣もセットだなんて本格的にコスプレをやるみたいだ。これはこれで楽しみ。もしかしたら、和奏は前に話した『静かなる騎士』のことも考慮したのかもしれない。

「澤村光が着る衣装はメイド服。お嬢様に仕えているメイド」

「えええっ! そ、それって結構スカートの丈が短いのかい?」

「膝よりも少し短いくらい」

「……それを着ないとだめ?」

 どうやら、光はメイド服に抵抗感があるみたいだ。

 普段のボーイッシュな彼女を見ていると、メイド服を着るイメージはない。可愛いとは思うけど。

「澤村光に似合っていると思い選んだ。その作品から貸し出されている衣装はお嬢様、騎士、メイドの3種類しかない。澤村光がメイド服を拒否すれば、雅紀がメイド服を着てしまうことになる。それでもいいの?」

「うううっ……」

 それでも光は頬を赤くして狼狽している。

 メイド服だけは勘弁してくれ。それ以前に、身長が180cm近くある俺でも着られるメイド服なんてレンタルしているのか? しかも、メンズが着られるもの。あったとしても絶対に着ないけどな。

 ここは何としても光にメイド服を着させなければ。

「俺は光のメイド服姿見てみたいな」

「雅紀君……」

「光は何回も言っているじゃないか。女性らしさを求めているって。メイド服は1番女性らしさがある衣装だと思うぞ」

「澤村光は言葉遣いが男性らしいけど、顔や声がとても女性らしくて可愛い。メイド服はきっと似合うと思う」

「そ、そうかな……」

 和奏の上手な説得が利いたのか、光の顔色も良くなってきたぞ。

「それに、雅紀がメイド服を着るなんてそんな地獄絵図は見たくない」

「お前が俺と同意見なのには安心したが、オブラートに包んで言ってくれないか」

 何だか複雑な気分だぞ。絶対にメイド服は着たくないが。

「でも、どうしても駄目なら、別の作品の執事服を借りる手もあり。モブキャラ程度だけれど、お嬢様の家には執事として働いている人もいる。執事服もスタンダードなデザインだし、世界観を壊さずに済むと思う」

 執事服でも良いなら俺が着たかったんだけど。

 光がメイド服は駄目だと言ったら、世界観を壊さないためにも騎士か執事服の二者択一になる。光が着るなら騎士じゃなくて執事服だよなぁ。女性が着る分にはどちらにしても男装という形で通るけれど。


「……が、頑張って着てみるよ。メイド服」


 何だか、一世一代の決心という感じだ。

「光、いいのか?」

「僕だって女子だ。女子なら女子らしい服装をするのが筋だろう? スカートがある程度短いのは恥ずかしいけど、栗栖さんの頼みだから頑張ってみるよ」

「……ありがとう」

「礼を言われるほどじゃないよ。僕だって、メイド服姿に憧れていた頃があったさ。それが叶えられると思えば、羞恥心にもきっと勝てると思う」

 光は腹を括ったみたいだ。彼女には悪いがその意志の強さは男勝りだと思う。

「じゃあ、決まったな。和奏がお嬢様、光がメイド。そして、俺が騎士ってことで」

「うん、そうだね」

「それじゃ、光と一緒に行ってくる」

 俺は光と一緒にレンタル衣装の貸し出しの場所まで行く。

 レンタル衣装は男女で分かれており、俺の着る騎士の衣装もあった。俺に合うサイズもちゃんとあった。

 そして、信じがたいのだけれど、メンズが着るためのメイド服が騎士の衣装の隣にあったのだ。しかも、俺でも着られるサイズもある。メイド服を着てみたいという物好きな男がこの世界に存在しているというのか。

「へえ、メイド服って男性の方にもあるんだね」

「俺は絶対に着ないからな」

「着てほしいなんて言わないよ。僕だって君のメイド服姿なんか絶対に見たくない」

「……そうかよ」

「でも、ここでレンタルされているのに栗栖さんは自前なんだよね。彼女ってもしかして生粋のコスプレイヤーなのかな?」

「どうだろう。でも、自分のだからいいっていう拘りはありそうだな」

 女子用の貸衣装を見てみると、確かに和奏の言うお嬢様の衣装も置かれている。俺の想像通りフリルがもの凄く付いているやつだ。

 俺と光はそれぞれ自分の着る衣装を借りて和奏の所に戻る。

「借りてきたぞ。光の着る奴もちゃんとあった」

「それは良かった。すぐそこに更衣室がある。着替えたら更衣室の入り口に集合ということでいい?」

「俺は構わない。光は?」

「大丈夫だよ。それに更衣室は男女2つで分かれているし、僕は栗栖さんの側にずっとついているつもりだよ。何せ、メイド服を着るわけだからね」

「その心意気、とてもいい」

 和奏は親指を立てている。

 コスプレって見た目だけじゃなくて、そのキャラになりきる気持ちも必要ってことなのか? それならちょうど良い。俺には和奏を守るという盟約がある。騎士というコスプレ俺にピッタリなやつじゃないか。

「じゃあ、また後で」

 俺達はそれぞれが着るコスプレの衣装を持って更衣室に入るのであった。

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