第19話『Cosplay Day-①-』
4月28日、日曜日。
午前8時30分。
空は快晴。天気予報では雨が降る心配はなく、最高気温も22度とお出かけには最適の気候である。
俺は和奏の家の前で待っていた。あのメールの後に『日曜の詳細』という題名のメールが送られてきて、午前8時半に和奏の家の前に集合ということと、永倉駅から会場となるシャンサインタウンの最寄り駅までの運賃だけが書かれていた。誰が行くことになったのかはまだ分からない。
妹以外の女子とどこかへ出かけることは久しぶりだ。
ファッションにはあまり詳しくないけれど、とにかく黒系のジャケットを着れば男らしく見えると思って羽織っている。パンツは黒いデニムで、インナーはVネックの白Tシャツ。首には1つ金色のアクセサリーをぶら下げ、右手に銀色の金属製のブレスレットを付けている。
「雅紀君、おはよう」
そう言われると、俺は誰かに肩を叩かれる。声の主の方に顔を向けると、
「光か、おはよう」
「おはよう。栗栖さんのお誘いだよね、雅紀君も」
「ああ、そうだよ」
光の服装はやはりボーイッシュだった。7分丈のベージュのズボンを履き、上は白ワイシャツに星のワンポイントが印象的な黒い細ネクタイを結んでいる。今日が少し汗ばむ陽気だからか、ワイシャツの袖を肘まで捲っている。あと、俺と同じで右腕にブレスレットを付けている。彼女のブレスレットは可愛らしい水色のストーンブレスレットだ。
「そんなに見られるとちょっと恥ずかしいかな」
「何だかお前らしくて良いなって思っただけだ」
「そう言ってくれると嬉しいね。僕も男子とこうして休日に出かけるなんて久しくなかったことだからね。迷ったんだよ、どうすれば女性らしく見られるかって」
「そうなのか」
女性らしさを強調するなら、スカートを履くのが一番手っ取り早い気がするけど。男の俺が心の中で呟いてみるが、女性のファッションはそんなに単純ではないのかも。
「でも、似合ってるよ。その服装」
「……ありがとう」
光は嬉しそうに笑った。笑った彼女の顔はいかにも女の子らしい。
「雅紀君も似合っているよ。シックな服装が君らしくてね」
「そいつはどうも」
「そういえば、君は何も荷物は持たなくていいのかい?」
「携帯や財布、ハンカチはポケットに入れてるし、最低限のものでいいよ。そういうお前だって小さめのショルダーバッグを持っているだけじゃないか」
光は茶色のレディースのショルダーバッグを襷掛けしている。
「僕も雅紀君とあまり変わりないものがバッグに入っているよ」
「……何だか光らしいな」
「男っぽいとでも言いたいのかな」
「いやいや、そういうわけじゃなくて。さっぱりしていていいんじゃないかって思っただけだ」
不機嫌な顔が可愛らしく思えるな。
そういえば、和奏が出てこないな。美波もそうだけど。特に和奏は自分から時間を指定しているんだからちゃんと守って欲しいんだけれど。
「そういえば椎葉さんは来るのかい?」
「光も聞いていないのか? 俺も分からないんだ」
「そうか。それじゃ、まずは栗栖さんが来てくれないとね。何せ、彼女は今回のお出かけの主催者なわけだから」
「俺も同じことを思っていたよ」
「君とは考えが合うみたいだね。じゃあ、僕が彼女のことを呼びに行こうか?」
「そうだな。頼むよ」
「よし、分かった」
光が和奏の家の門をくぐり、玄関横のインターホンを押そうとしたときだった。
「うわっ!」
と、光は叫んで2、3歩後ずさりをする。
彼女がそうするのも、いきなり家の扉が開いたからだ。中からは大きなバッグを持つ和奏が出てきた。
「おはよう、雅紀に澤村光。遅れてしまって申し訳ない」
和奏は無表情で淡々と言った。
和奏の服装はフリルがたくさん着いた赤いワンピースだ。長袖で丈も膝くらいなのでカジュアルなものだとは思うけど、俺にとっては結構派手に見える。髪が黒いので色合いも良いと思う。靴は黒いヒールだ。あと、黒い眼帯に眼鏡はいつもと変わらない。
「そこまで気にするな。ただ、遅いと思ったから光が呼ぼうとしてくれたんだ」
「そう」
「お前も着る服に悩んだのか?」
「……うん。今着ている服についてもそうだし、会場で着る服でも悩んだ」
「会場で着るっていうとコスプレの?」
「そう。私の中で幾多の協議を重ね、ようやく1つに選定できたけれど、こうして1つの荷物へまとめるのに時間が掛かった」
「それはご苦労だったな」
どうやら、和奏なりに色々と悩んでいたらしい。コスプレに着る服も持参するとはかなりの気合いを入れているようだ。自分から行きたいと言い出しただけはある。
「雅紀、私の服の選定は間違ってなかった?」
「和奏らしくていいと思うぞ。とても似合ってるよ」
「……あうっ」
和奏の顔がワンピースと同じような色になった。
こうして和奏と光の服装を見ると対称的な感じがする。片やゴスロリ風といういかにも女性らしい服装で、もう片方はシンプルでボーイッシュな服装。
「そういえば、美波は来ないのか?」
「椎葉美波は女子テニス部の活動があるとのことで参加しないとのこと。だから、今日は私と雅紀、澤村光の3人で行くことにする」
「椎葉さんが来られないのは残念だけど、彼女の分も今日は楽しもう」
美波はやはり部活動があったか。夏には公式大会があるらしいし、部活を優先することは間違っていない。
光の言うように、美波の分まで楽しまないと。シャンサインクリエイティブは定期的に開催されるらしいし、次回のときに4人で行ければいいんだ。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「そうだね」
光はすぐに道路に出るけれど、和奏はバッグが重たいのかなかなか動けない。
「重いなら持とうか?」
和奏は大きなバッグの他に、光と同じくらいの大きさの黒いショルダーバッグを持っていた。これじゃ動きにくいだろう。
「……盟約者に迷惑は掛けられない」
「盟約者だからこそ迷惑を掛けるべきだと思うぞ。困ったときには頼っていいんだ。それに、今の様子だと、駅まで10分くらいで行けるところが1時間かかっても着かないかもしれないからな」
多少きつい言葉を言ってしまったけれど、このくらい言わないと和奏は俺のことを頼ってくれない気がしたからだ。彼女は優しい心の持ち主だから。
和奏は納得いかないのか少しの間口を噤んでいたけれど、
「……それじゃ、お願い」
と言って、俺にバッグを差し出した。
俺は和奏からバッグを受け取るが、それなりの重量があった。和奏が重そうにしているのも無理はない。バッグなどは一切持ってないし、唯一の男なのでこのくらいのことは率先してやらないと。それに、このくらいなら心臓のことは考えずに大丈夫そうだし。
「大きいけれど大丈夫? 無理しなくていい」
「このくらいなら大丈夫だ。気にするな。じゃあ、行こうぜ」
「……うん。今日は楽しもう」
ようやく、本日初の和奏の微笑みを見ることができた。
同人誌即売会に行ったこともあまりないし、コスプレなんて人生初のことだ。初めてのことはどんなことであってもワクワクしてしまう。
俺、和奏、光は会場であるシャンサインタウンへ向かうのであった。
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