第36話『決意』
2人きりで話したいと美波が言ったので、俺は彼女と一緒に和奏達と少し離れたところにいる。
「ここら辺でいいかな」
「……どうしたんだ? 2人きりで話したいだなんて」
「昨日のことがあったからね。みんなの前だとまだちょっと話しづらくて。それに、桐谷君とゆっくりと話したかったし」
昨日のことで、美波の中ではあの4人と隔たりができてしまったのかな。特に和奏との間には。
美波は俺の方に振り返る。
「昨日は本当にごめんなさい。ごめんっていう言葉じゃ足りないくらいに」
一晩経って、ようやく冷静に今までのことを考えることができたみたいだな。
「昨日も言ったじゃないか。過去のことを悔やんでも仕方ないって」
「……確かにそう言ってたね」
ようやく、美波は本当に笑ってくれた気がする。やっぱり、美波に一番似合うのはこの笑顔だ。
「でも、話したいことは他にもあるの」
「何なんだ?」
「桐谷君、これからも栗栖さんのことを守ってあげてほしいの。彼女のせいで上条さんが亡くなったと思い込んでいる子はまだまだたくさんいるから。桃ヶ丘学園に通っている生徒にも何人かいるんじゃないかな……」
「確か、上条さんに告白した女子は同級生だけじゃなく、先輩や後輩、別の中学校の女子もいたんだよな」
美波とその取り巻き達はあくまでも、和奏を恨む多くの女子達の何人かに過ぎなかったというのか。もしかしたら、美波達のように別の何人かが和奏へ復讐をするために手を組んでいる可能性があるんだな。
「そう。実際に昨日、私達のグループ以外の人達が栗栖さんを偵察しているって情報を手に入れたわ。今日ここに来るときもどこからか視線を感じたから」
「確か、この近くが和奏や美波の地元なんだっけ」
「その通りよ。だから、ここには栗栖さんを恨む人達が多いってわけ。栞ちゃんがお墓参りに行くから、気になった女子が多いんだと思う。もしかしたら、今の私達のこともどこからか見張っているかもしれないわ」
「今、和奏は素顔を晒している。ということは――」
「一度消えた恨みが蘇る可能性がありそうね。彼女の素顔を見たことで」
これからより一層、和奏のことを守っていく気持ちでいかないといけないわけか。
「私も栗栖さんが悪いのは全くの誤解だって信じてくれるように頑張る。もちろん、それは上条さんから聞いたってね」
「このアクセサリーに録音されていたことだな」
「うん。それでようやく私も目を覚ますことができたから」
どうやら、上条さんとの約束が果たされたと言うには早過ぎたみたいだ。彼の死に心を痛める人はまだまだたくさんいるから。俺はその人達の心を救うためにも、和奏が無実だという真実を伝えていかなければならない。上条さんがくれたアクセサリーはその証でもある。全ての人に知ってもらうには相当な時間がかかりそうだ。
「私以外にも死刑執行人はいると思ってくれていいわ。そんな人達には私のように、真実を知ってもらわないとね」
「そうだな」
和奏と交わし合った元々の盟約が失効になるのは当分先のようだ。
「さっきも言ったけど、栗栖さんが素顔を再び見せ始めたことで、一度は消えた恨みが復活することだって有り得るわ。私が言えることじゃないけれど、今まで以上に栗栖さんのことを守る気持ちでいかないと、桐谷君まで命を狙われることになるわよ」
「俺は和奏と盟約を交わした仲だ。俺の命が狙われても俺はそれでいいと思っている。大事なのは和奏の笑顔を守れるかどうかだから」
俺がそう言うと、美波は安堵の笑みを浮かべた。
「雅紀君がそう言うなら大丈夫そうね。もちろん、私も協力するわ」
「ああ、頼むよ。美波がいると心強い」
それに、今は美波以外にも光や百花、栞ちゃんだって和奏のことを守ってくれる。和奏には心強い仲間がこんなにいるんだ。どんな奴が和奏のことを傷つけようとしても、必ず彼女を守ってみせる。
「あとさ、桐谷君。こんな話の後なんだけど……もう1つ、話したいことがあるの」
「なんだ?」
美波は顔をほんのり赤くして俺の顔を見る。
「……昨日、桐谷君に告白したでしょ。でも、桐谷君は言ったよね。私は上条先輩の代わりに好きになっているんだって」
「ああ、確かに言ったな」
「でも、桐谷君の言う通りだった。あの時の私は確かに上条先輩とどこか重なっていたから桐谷君のことが好きだったみたい。私の心にあった溝を桐谷君に埋めてもらいたかったからかもしれないわ」
美波の言うことも分かる。誰かに自分の悲しみを分かってもらって、少しでも心に空いた穴を埋めたいという気持ち。
「でもね、昨日の桐谷君を見て、改めて思ったの。あそこまで叱ってくれたのも私のことを真剣に考えてくれていたんだって。私は、そんな桐谷君のことがやっぱり好きなんだって分かったの。今度は誰かの代わりなんかじゃない。桐谷君のことが好き」
今度の告白はちゃんと俺の心に響いている。美波は俺のことが本当に好きなんだ。上条さんのことは関係なく。
「だけど、今は桐谷君や栗栖さん、澤村さん達と楽しい時間を過ごしながら、桐谷君を知っていきたい。だから、まずは友達として付き合ってくれないかな?」
「ああ、俺は構わないよ」
和奏が無実だと知り、美波は『死刑執行人』の呪縛から解放された。そんな彼女はリスタートの意味を込め、俺に改めて告白したのだろう。
「それに、桐谷君の恋人になるにはきっと、少なくとも2枚の壁は乗り越えないといけないんだよね。大変だろうなぁ」
と、美波は和奏や光たちの方を見ながら言った。2枚とか壁とか言っていたけれど、それってどういう意味なんだろう? まあ……いいか。
「何にせよ、改めてよろしく。桐谷君」
「ああ、こちらこそよろしく」
美波に右手を差し出されたので、俺は握手をする。
彼女の右手からは確かな温もりがあった。それは普段の明るい気持ちを取り戻したことと、彼女のこれからの強い決意を感じさせた。
そして、美波はいつもの笑顔で和奏たちのところへ戻っていった。あの様子なら、美波も普段通りの生活に早く戻れるだろう。
「よし、これからどこかで美味い飯でも食いに行こうぜ」
「そうですね! 雅紀さん」
和奏も素顔の状態で笑顔を抵抗なく見せられるようになったようだ。学校でもそうなってくれればいいなと思う。
「雅紀さん。ちょっといいですか? 雅紀さんと2人で話したいことがありまして」
「ああ、分かった」
今度は和奏か。いったい、どうしたんだろう。
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