第15話 山神様への貢ぎ物♪

「で・・?」


 レン・ジロードは猪口をお盆に戻して訊ねた。

 あまり機嫌はよろしくない。

 控え目に言っても、雷雲待った無しな状況である。

 場所は、小屋の裏手。

 例によって、風呂釜の沸きたての熱湯に浸かって至福の一時を過ごしていたところを、押しかけ隣人によって邪魔をされたのである。


「こ・・こ、こ、こ・・このたび、御館様のお世話を命じられました、カリン・トーナと申します!」


 真っ黒な外套姿の女が、動揺極まった真っ赤な顔で名乗るなり勢いよくお辞儀した。

 白金色の長い髪に、薄い青瞳をした美人だった。長く尖った耳からして、森のエルフ族だろう。


(・・だれだ?)


 村では見かけない顔だった。


「命じられたというのは、村長からか?」


「い、いいえっ!その、こちらにいらっしゃる・・・」


 黒外套姿の女が自分の横を見た。

 当然のように、誰も居ない。


「えっ!?・・あ、あれ・・・あ、あ、あのっ・・あちらにお住まいの、ヴラウロッタさんという方が、その・・こちらで、その・・おっ・・・お背中をお流しするようにと」


 どうやら事情が理解できた。人の良さそうな女の顔を眺めつつ、レンは小屋の陰へ視線を向けた。


「今すぐ戻って、そのヴラウロッタとやらに伝えてくれ。今後、味噌と醤油は与えないと」


 レンはお盆の酒徳利を手に猪口へ酒を注いで喉を潤した。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁーーーー」


 もの凄い勢いで、小屋の陰から黒いドレスの少女が飛び出して来ると、まだ空中に身がある内から手足を折り畳み、着地と同時に地面に頭を打ちつけて土下座をした。

 レンはふんと鼻を鳴らして夜空の星を眺めていた。


「え?・・えと・・あ、あのっ?」


 土下座をする黒ドレスの少女と、そちらを見向きもせずに星を肴に酒を呑む男を交互に見ながら、黒外套の女はおろおろと狼狽えるばかりだった。

 

「話があるなら後で聴く。風呂と酒を邪魔するな」


 レンは目もくれずに呟くように言った。

 途端、


「合点承知っ!」


 這いつくばっていたノルンが大急ぎで起き上がり、立ち尽くしている黒外套の女を掴むとぐいぐい引っ張って去って行った。


「あ・・ちょっと、ま・・」


 慌てる女に構わずに、ノルンが外套を握ったまま駆け去る。どこかにぶつけたのか、ゴツンと重く鈍い音が鳴った。

 

(まったく・・今度は何を思いついたんだ?)


 溜息をつきながら、ツマミとして用意してあった燻製魚のほぐし身を取ろうと風呂釜脇に置いた小机を振り返る。

 そのまま動きを止めた。


「・・・は?」


 そこに、ほぼ裸の女が倒れていた。小さな布きれのような白い下着を着けた女が後頭部を小屋の壁にめり込ませ、ぐったりと手足を拡げて白目を剥いている。二十歳そこそこだろう。形良い胸乳から細くくびれた腰、形良い脚まで無防備にさらけ出し、両脚の付け根の辺りだけ、レース地で飾られた下着がぎりぎり隠している。娼婦でも、こんな下着は持っていないだろう。やけに質の良さそうな下着だった。


 そこへ、ぱたぱたと足音が駆け戻って来て、


「あひゃっ!?・・あははは、忘れ物しちゃいましたぁ」


 ノルンが盛大に汗を掻きつつ、黒外套で気絶した女をくるむと、そそくさと立ち去ろうとする。


「どこで掠って来た?」


 レンは逃げ出そうとする勇者の背中へ声をかけた。


「ひぃっ・・い、いやぁ、違いますよ、いやだなぁ・・えへへ」


 ノルンが大きく背を震わせて、外套に包んだ女を引き摺るようにしたまま振り返った。


「何が違う?」


「この人は、あれです。ほら・・問題勇者のお連れさんで、唯一まともそうだった」


「勇者の・・?」


 レンは村に押しかけた勇者一行を思い出そうとしたが、残念ながらほぼ忘却されていた。


「・・居たかな?」


「居ましたよぉ。わりと常識的な人なので、村のために働いて貰うことにしましたです」


「それが、どうして山の上で・・裸でいるんだ?」


 レンの片目が眇められた。


「てへっ・・」


 ぺろんと舌を出して見せる。

 しかし、レンの眼が鋭く見据えたまま揺るがない。


「いやぁ・・ほら、仁義を切るって言うじゃないですかぁ?村で仕事をする前に、大旦那様にご挨拶をするべきかなぁ・・って」


「どうして裸でいる?」


「えぇ・・それはほら・・女の口からは言い難いっていうかぁ・・味見ぃ?みたいな?」


 レンの眼光が冷えた。


「ちょっ・・冗談ですぅぅぅぅーーー!ぷりちぃじょーくでっすぅ!お風呂でサプライズ的なアレですぅぅぅ!」


 黒いドレスの勇者がぶりぶり、くねくねと体を揺らして言い訳する。


「・・掠ったわけでは無いんだな?」


「肯定デアリマス」


「魔法や薬で隷属させてるんじゃないのか?」


「いたって素面でございます」


「おまえ・・女衒屋でも始める気か?」


「全否定デアリマス」


「ふぅん・・」


 レンの眼光がやや穏やかになった。


「ぅひゅぅぅ・・・」


 冷や汗を拭いながら、ノルンが一息ついた。


「つまり、その女はおまえに騙されて山の上に連れて来られて、こんな裸も同然の格好をさせられて・・・本気で、おれに抱かれる気だったのか?」


「ううぅぅん・・・その辺りは何とも・・そうなる覚悟が無きゃ、さすがに超ビキニの紐パンは履けないと思うんですよぉ・・あれって、裸より恥ずかしいんですよ?」


「おまえが着せたんだろう?」


「力作でございます!」


 にかっと白い歯を見せた。


「あんなもの作ってどうするんだ?」


「くふふぅ・・あんなのが売れるんでゲスよ、大旦那様ぁ~」


「売る気なのか」


「貴族の寝室から、高級娼館までその需要は計り知れません!ネームドモンスターも真っ青な破壊力なのであります」


 ノルンが拳を握って力説する。

 ミシンという縫い物の道具を手に入れて、娼婦向けの下着を作っていたとは思わなかったが・・。


「・・・・・まあ、おまえの商売まで口を出す気は無いが、それで、その女はどうする気だ?」


「あぁ・・どうしましょうかね?ドッキリ失敗しちゃったし・・・娼館とかで働いて貰いますぅ?」


 適当な事を言い始める。


「まずは、きちんと服を着せろ。それじゃただの痴女だ」


「サーイエッサー」


「その上で小屋に連れて来てくれ。本人の口から話を聴くから」


「アイアイサーー」


 ノルンがきりっとした表情で敬礼した。そのまま、ずるずると外套に包んだ女を引き摺って自分のトレーラーハウスへ退散して行く。


「まったく・・」


 風呂釜から出ながら、レンは嘆息した。

 畳んでいた拭布で頭を拭きつつ、酒徳利を摘まんで振ってみるが空になっていた。


「どふおぉぉぉ・・・」


 どこか離れたところで、奇妙な声が聞こえた。

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