第7話 山の神様♪

「うひょぉぉぉぉぉーーーー」


 ノルンが絶叫をあげた。

 相も変わらず賑やかな奴である。


「な、な、なななななな・・なんですかぁーーー」


 がに股になって、目の前に置かれた大きな銀色の箱を指さして叫んでいる。


「これって、あれでしょ?キャンプの・・トレーラーハウスですよねっ?」


「知らんが・・中に部屋がある。寝台も椅子もある。少し手を加えれば、住み暮らすのに不自由しないだろう」


 レンは銀色をした長方形の物体を眺め回しながら言った。


「どこでこんな・・えっ、こんなの、こっちの世界にもあるんですか?」


 ヤモリのように銀色の壁をよじ登って窓から中を覗きながら、ノルンが顔だけをねじ曲げていてくる。


「いや、拾い物だ」


 レンは鎖と杭で地面に固定して回った。


「ふぅん・・って、拾ったとか、どこでぇ!?」


 ノルンが恐ろしい勢いで空を飛んでしがみついてきた。


「ん・・あっちだっけな」


 レンは西を指さした。


「あっち?」


「だいたい、あっちの方」


「・・どのくらいです?」


「なにが?」


「時間」


「ああ・・5年くらいかなぁ」


「歩いて?」


「いや、馬とかに乗って」


「ふうん・・」


 ノルンがレンから降りて、黒いドレスの腰の辺りをもぞもぞと触り、どこからともなく巻物を取り出した。くるくると拡げたのは、大陸の地図だった。


「この辺ですか?」


 指さしたのは、大陸の西域ある湖沼群の多い地方である。


「いや、こっちの・・この辺だろうな」


 レンが指さしたのは、ずっと先にある大陸の終わりをさらに進んだ海の先、巻物の外側であった。


「ジロードさん、前から思ってましたけど、おかしいですよね?」


「おれが?」


「なに驚いちゃってんです?10人に訊けば10人がおかしいって言いますよ。勇者召喚みたいな王国の秘術にも詳しいし、隷属とか国家機密でしょ?ただの村人Aさんが知ってる訳無いんです。阿呆みたいに強いし、ありえないマジックバッグを持ってるし、どう考えてもただ者じゃ無いです」


「そう言われてもな・・ただの村人なんだが」


「どっかの高名な冒険者とかじゃなく?」


「冒険者になったことは無い」


「元どっかの騎士でしたぁ~とか?」


「いや、宮仕えは一度もしたことがない」


「じゃあ・・そうっ、どっかの傭兵団の団長とか?」


「傭兵もなったことが無いな」


「くっ・・手強いわ」


 ノルンが親指の爪を噛んだ。


「便所とかの排水溜まりには後でスライムを入れておいてやる。触ると壊れそうだったから、中はいじってない。好きに使ってくれ」


「・・・へっ?」


 ノルンが呆然とレンを見た。


「なんだ?」


「え・・いえ・・ええと、これって、わたしの?マイハウス?」


「当たり前だ。小屋が欲しいんだろう?新しく建てるより、これを使った方が早いじゃないか」


 レンはざっと外壁を見回ったがツルリとした金属の表面にはさびも傷も見られない。雨漏あまもりの心配も無さそうだった。


「鍵は・・ああ、勇者だし、魔法で魔法錠マジックロックくらい作れるか?」


「え・・いえ、そういうのはちょっと」


「なら、後で創ってやる。防護プロテクトの魔法紋も刻印しておかないと、魔物が珍しがって寄ってくるからな」


「恐縮です。ぜひ、お願い致します」


「まあ、まずは中に入ってみてくれ。ああ・・味噌と醤油が欲しいんだったか。後で持って行く」


 言い置いて、レンは自分の小屋へと戻っていった。

 距離にして20メートルほどの隣人が出来たわけだが、当分はおんぶにだっこで世話をやくことになりそうだ。


「ぅひょぉぉぉ・・」


 だの、


「わはぁぁぁぁーー」


 だのと奇声が聞こえてくる。


(もう少し、遠くに設営した方が良かったかも)


 レンは自分の迂闊うかつさに舌打ちをしつつ、小分けにした味噌や醤油を壺に入れて並べ、オンジュの種も瓶に別けた。あとは、燻製スモークした肉や魚を与えれば自炊できるだろう。


 興奮冷めやらぬ絶叫が続いている隣家を横目に、ほうきを手に床を掃き、雑巾で拭いてゆく。終わったら洗濯方々、湖の流れ出しへ行くつもりだった。

 壁から調度品を拭き上げ、寝台を整えると、洗い物をまとめた袋を手に、釣り竿を担いで山路を山上湖へと向かった。

 今日のような天候では、翡翠ひすい魚は望めないが、もっと小ぶりながら美味しい渓魚が獲れる。臭みや癖が少なく、勇者達の言う、刺身にすると美味しい。


(雨は・・夜半かな)


 空を確かめながら山路を歩くと、犬鬼コボルトの集団が山の中腹で休んでいた。120人ほどだろう。かなりの大集団である。


(少し留守にすると、こんなのが来る)


 余所者だろう。

 この辺りの魔獣や妖鬼なら、昼間からレン・ジロードの生活範囲に姿を現すような事はしない。

 しかも、犬鬼どもが踏み荒らしている辺りには、稀少な球根をつける高山植物が群生している。


しつけがいるな)


 洗い物を山路に下ろすと、レンは斜面を滑るように降りて犬鬼達の中へ飛び込んでいった。

 時間にして、4分20秒。

 120匹の犬鬼はことごとくが他界した。


(・・まったく、酷いことをしやがる)


 踏み荒らされ、潰れた植物を痛ましげに眺めながら、レンは犬鬼の死骸をポーチに収納して回った。放っておくと、死霊レイスが降りて動く腐乱死体ゾンビになってしまう。


(さて・・)


 山路へ戻って洗い物を拾い上げた。

 その時、爆発音がとどろいて、行く手の方向で派手派手しい閃光が炸裂した。

 魔法、それも爆裂の魔法だろう。

 これから向かう山上湖の方向だ。


(まさか・・な)


 レンは急いで走り出した。

 始めに視界に入ったのは、冒険者らしい統一感の無い鎧姿の男達だった。魔法を撃ったのは、やたらと肌の露出する衣装を着た導師風の女だった。男達の手には縄をつけたもりが握られている。


「いねぇじゃねぇかよ!」


「おれが知るかよっ!てめぇで、潜って探してきやがれ!」


「本当にここかぁ?」


 男達がののしるようにして言葉を交わす。


「どうすんの?もう一発撃ち込んどくぅ?」


 女が苛立たしげに問いかける。


「撃て撃て、どんどん撃って、干上がらせちまおうぜ!」


「おっ、頭いいじゃねぇか!」


 男がはしゃいだ声をあげた。

 その手から銛が奪い取られてしまった。


「あ・・?」


 いきなり現れた巨漢レンに、威嚇の声をあげかけた男達が銛の柄で殴り伏せられて地面に転がった。


「てめっ・・」


 女が手を突き出して何かの魔法を放とうとして、喉を突かれて声を失った。

 レン・ジロードは、殴り伏せた男達を積み重ねた上に女を載せると4人をまとめて銛で串刺しにした。

 そのまま、腰のポーチに収納して消し去る。


「酷ぇことしやがる」


 レンが痛ましげに湖面を見やった。

 おそらく、翡翠魚でも獲りに来た冒険者達だろう。この晴天では翡翠魚は湖底に潜っていて被害は受けなかっただろうが、他の小魚たちが腹を見せて浮かび上がっていた。


「・・やれやれ」


 レンは嘆息しながら、湖から流れ出す支流で洗い物を始めた。

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