第8話 こっそり、凱旋。。。

 レンとノルンを見かけるなり、村の門番をしていた若者が顔を明るくして手を振った。


「遅かったッスね。ちょっと心配してたっスよ」


「すまん。山に居たんだ」


 レンは入村届けに記名して、ノルンにペンを渡した。


「変わりは無い?」


「無いというか、ようやく無くなったッスね。しばらくお祭りでしたんで。やっと平常運転っスよ」


「そうか」


 レンは穏やかな様子の村に視線を向けた。


「そう言えば、何か麓の町の冒険者が行方不明になってるらしいっス」


「へぇ?」


「結構な人数らしいんで、危ない魔物モンスターが徘徊してるんじゃないかって。この村にも回状が届いたッス」


「気をつけるさ」


 レンは門番の肩を軽く叩いて、村長宅へ続く小道を歩いた。

 後ろを日傘をさした黒ドレスの少女がついてくる。


「べつに、おれの用に付き合わなくても良いぞ?」


「安全第一なのですよ」


「なんだ、それ?」


御館レン様はお気になさらずとも良いのです」


 帽子の下で薄らと口元に笑みを浮かべていた。

 何やら面倒臭そうな雰囲気なので、それ以上は話し掛けることをせず、レンはいつもの大股で村長宅に向かうと、表玄関で呼び鈴を鳴らした。

 少し早い時間だったが、


「おお、待っとったよ」


 人の良さそうな笑顔で出迎えられた。


「騒がせたようで、申し訳ありません」


「目が回るような騒動だったが、たまにはああいった刺激も良いものだ」


 あまりの魔物の数に、値崩れをさせないための協定のようなものが商人の間で取り交わされたらしく、草案の作成から立ち会い人としての参加まで、村長が依頼されて忙しかったのだと、村長が笑いながら語った。

 当たり前だが、ジロードに会わせろという陳情ちんじょうがしつこく、村の外で見張りのような事をやっている連中まで居るそうだ。


「暇な連中ですね」


「まあ、気持ちは分かるがね。やり方は頷けんな」


「村長・・」


「ああ、分かっとるよ。村の外での事に口は出さんよ。おまえさんの好きなようにやれば良い。おまえさんが好意で力を貸してくれとることは村の人間なら誰もが知っておるし、賑やかなのを嫌うことも・・ああ、まあ子供等は知らんかもしれんが」


 軽く肩をすくめる村長に笑顔で頭を下げて、レンは村長宅を辞した。

 裏手の家の前を通るが、いつもの長椅子に老婦人は座っていなかった。


「ジナさんなら、産婆の手伝いに行っとるよ」


 荷運びの年寄りが汗をふきふき教えてくれた。


「爺さんか。水車小屋の具合はどうだい?」


「えいね。びっくりするぐらい機嫌えいね」


「そりゃ良かった。オンジュのこめが期待できそうだ」


 にやりと笑う。


「おまえさんの作るんだ酒があると、もっとえいがね」


 爺さんがにっと黄ばんだ歯を見せた。


「あんたの娘さんに怒られっからなぁ」


「あいつなんぞ気にせんでえいが・・オンジュの金種が二樽あるんじゃよ?」


「む・・それなら、樽ごと進呈しよう。しかし重いぞ?」


「小屋の中に、麦穂が積んであるから、その中に入れておいてくれんか?」


「分かった。間違って割るなよ」


 レンは上機嫌の老人と別れて少し離れた教会へと歩いて行った。

 ふと眼を向けると、ノルンが何やら手帳のようなものに書き込んでいる。視線に気づいたのか、レンを見上げてニタリと目尻を下げる。


(・・腹でも下したか?)


 妙に温和しい様子に違和感を覚えながらも、レンは特に声を掛けるでも無く崩れた土塀の隙間を確かめながら、形ばかりの門から教会の敷地へ入った。

 すぐさま子供達がレンの巨躯を発見して集まってくる。

 刃物傷で右眼の潰れた、どう見ても厳しく怖い感じがする風貌なのだが、ここの子供達には関係無いらしい。駆け寄ってきた勢いそのままタックルするようにしがみつく。

 レンは5人の子供を、ひょいひょいまみ上げて宙へ放るようにして、子供でお手玉を始めた。

 ノルンが目と口を開け放って固まっていた。

 子供達は慣れたもので、身を縮めて背を丸め、きゃーきゃー騒ぎながら放り上げられて喜んでいる。レンの背丈に持ち上げられるだけでも、なかなかの高さだというのに、そこから上へ放られるのだ。どんな景色が見えているのか、男の子も女の子も眼を輝かせて騒いでいる。

 騒ぎを聴いて、教会から年配のシスターが姿を見せていた。

 いつもの事らしく、にこにこと笑って眺めている。

 やがて、一人一人をふわりと地面へ降ろして、レンは年配のシスターに頭を下げた。足下では眼を回した子供達が、よろける自分が楽しいらしく笑いながら座り込んでいる。

 レンは腰のポーチからお金の入った包みと、肉を入れた袋を差し出した。


「遠慮無く頂きますよ。いつもありがとうね」


 笑顔で礼を言いつつ、年配のシスターがちらっとポーチへ眼を向ける。


「神様のお恵みは、爺さんの水車小屋に置いておきます」


 そっと耳打ちするように教える。

 途端、年配のシスターはにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「さあ、みんな!ジロードさんがお肉を持ってきて下さいました。わたしの手には重たいので、みんなで運んで下さいな」


「おーー」


「はぁーい」


 子供達が一斉に声をあげる。


「でけぇーーー、なにこれぇ?」


「豚の肉だ。美味いぞ」


 レンは革袋に入れた肉塊を子供達の手に渡す。5人がかりでも、よろよろと歩みが怪しくなるほど大きな塊だった。

 豚とは言ったが、正確にはダンジョン産のオークキングという魔物の肉である。血抜きをして毒素のある内臓を抜き、丁寧な下処理をした後で、美味しい部位だけを切り取ってあった。

 子供達に渡した袋には、ざっと20キロ。別に50キロを別けて持ってきている。

 台所の食料庫で、燻製肉の塊を出して棚にあるフックに吊るしていく。他にも手作りの傷薬や熱冷ましなどをシスターに箱で手渡すと、悲鳴のような子供達の声を背に、ひらひら手を振りながら教会を後にした。

 村はずれの水車小屋に、約束の酒壺を隠して置いておく。


(こんなところかな)


 後は調味料や穀物を買うくらいで、村での用は済む。

 しかし、黒いドレスの少女がずうっと無言で付きまとっているのはどうしたものか。視線を向ければ、気味の悪い愛想笑いを見せるし、わざと早足に歩いても走ってついてくる。他に用は無いのかと訊ねても、笑って首を振るばかりだ。


「飯でも食うか?」


「はい!」


 こういうときは、歯切れ良く答えが返る。

 レンはじろっとノルンの顔を眺めてから、足下へ眼を向けた。

 例によって踵の高い黒革の靴である。とても、村の荒れた道を歩き回れるような靴では無い。


「よく、それで歩けるな」


「女のたしなみですもの」


 澄まし顔で答える少女だったが、どう考えても常識的では無い。

 女性の服装など詳しくないが、山野を歩く者は茨などで怪我をしないよう長ズボンに革の半長靴などで足を守るものだ。

 見慣れてしまったが、そもそもドレス姿で村の中を歩き回っている女なんか、この少女くらいだ。


(・・おかしいよな?)


 衣服のセンスか、そもそもの頭がおかしいのか。

 この調子だと、雨が降っても雪が降っても、黒いドレス姿で歩いていそうだ。


「おうっ、終わったかい?」


 デーンに迎えられながら食堂に入った。


「もう飯にできる?」


「すぐに出せるぜ。2人分かい?」


「ああ・・同じ量で良いか?」


 レンは、当然のような顔で食卓の向かい側に座ったノルンを見た。


「はい、同じ物をいただきます」


 にこりと、ノルンが微笑んだ。

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