第9話 交渉成立?

「漂流物を見せて下さい」


 銀髪の少女が食卓に身を乗り出した。


「面倒だから嫌だ」


 レンは肉を切り分けながらノルンを見た。


「何でですか?」


「面倒だからだ」


「どうして面倒なんですか?」


「多すぎて何が何やら分からなくなった」


「沢山あるんですね?」


 ノルンの双眸が、ぎらりと底光りした。


「まあな」


 レンは回収した時の様子を思い浮かべた。

 

 正直、どれが漂流物で、どれがこちらの世界の物なのか判別がつかない。ただ、ごちゃごちゃと落ちていた物を取りあえず、ポーチに収納してあるだけなのだ。


「つまり、レンさんは、西の・・地図にも載ってないような遠いところに行って来たんですよね?」


「行った」


「・・さすがです」


 ノルンが、うふぅ・・と妙な笑いを浮かべた。


「しかし、あんな所に行かなくても手に入るぞ?」


「ナンダッテェーーー!?」


 全身で驚きを表現する。


「ダンジョンに落ちてるからな」


「・・マジですか?」


「まじ?」


 聞き慣れない単語だ。


「あ・・えと、本当ですかという意味なのです」


「ああ・・モンスターハウスがあったろう?」


「はい」


「ああいった場所で、時々、モンスターに混じって漂流物が出現したりするんだ」


「神秘かぁーー!」


「漂流物を専門に集める業者なんかは、延々とモンスターハウスに籠もって狩り続けたりするぞ?」


「なんて素敵な・・羨まけしからんですな」


「浅い階層では確率が低いらしいから、深部まで潜った方が効率は良いそうだ」


「ほうほう」


「何か目当ての品があるのか?」


「え・・ミシン?」


「なんだ、それ?」


「手縫いじゃ、首と肩と腰がブロークンなのさ。妾はミシンを所望しておるのじゃ」


「・・縫うための物?」


「はい。ガーーーーと素早く、かつ繊細に縫ってくれる最高のマッシーーーンなのですよ」


「へぇ?」


「それでまあ・・レンさんがお持ちじゃないかなぁ・・って」


 少女が、ぺろんと舌を出して見せる。

 笑顔は可愛らしいが、ちらと覗いた歯に肉にまぶしてあった香草がへばりついていた。


「どんな形だ?」


「これですだ」


 準備していたらしく、ノルンが手帳を開いて見せた。


「・・絵が上手いな」


「美術部なめんな。まあ、食えないレベルなんですけどもっ!」


「これがミシン?」


 レンは変わった形の物を見つめた。


「大きさは?」


「こんくらいです」


 ノルンが両手でまるっと円を描く。たいした大きさでは無いらしい。


(どうだったかな・・?)


 あったような、無かったような、収納するときには、それが何なのか気にも留めていなかったので、ざぁっと流し込むようにしてポーチに収納したのだった。


「臭いのきつい物もあったし、死体も混じってたからな・・・ちょっと、あまり無分別には出したく無いんだが・・」


 レンは自分のポーチを見つめた。


「はい、はいっ!」


 ノルンが忙しく手をあげた。


「なに?」


「先生、どこかで・・・川とかの近くで少しずつ出して貰えれば、わたくしめが目録を作りまっす!」


「目録・・?」


 レンは首を傾げた。

 ノルンが、絵と名称や特徴を描いて綴っていくらしい。


「それは助かるけど・・」


「功労の対価として、御館様の近くで、身の安全を確保して頂く権利を所望します」


「身の安全?」


 こんな平和な村で何を言うのか。


「えぇぇ・・ほら、わたしって、この世界じゃ、結構な美少女なのですよ?通りがかりの王侯貴族に摘まみ食いされちゃうハイなレベルですよ?パーフェクツなモデリングの完全美少女なんです。24時間、365日、世の男という男に、ずうっとストークされてる薄幸ぶりなんですよ?」


「・・・へぇ」


「いやいや、御館様は眼が節穴ですから。大人の階段を上がる、ほんのちょっと手前の、この甘ずっぱぁぁぁい一時をぎゅっと閉じ込めたナイスなボディラインを見て下さい。ほらっ、ほらっ・・・お皿の肉じゃなくて、こっち見てっ!こんな美脚、モデルさんでも手に入りませんからっ!」


 ノルンが黒いスカートをたくし上げて、足を差しのばして見せる。


「確かに、綺麗な脚だが・・ちょっと細すぎないか?それだと、すぐに折れるだろう?」


 レンはパンに肉を挟んでかぶりついた。


「美しさこそ至高なのです。折れるとか折れないとか、そんな尺度が入り込む余地は無いのですよ」


 ノルンがふふんと鼻を鳴らす。


「・・まあ、おれとしても助かるからな。目録だったか?作って貰おうか」


「やったぁーー!」


 黒いドレスが翻るほど跳び上がって喜ぶ。


「ただ、中途半端は困る。すべての漂流物を分別して貰うぞ?」


 パンで強引に挟んだ分厚い肉を食い千切りながら言った。


「飛び散ったクズダイヤを三日三晩探し続けた根性なめんなですわ」


 よく分からない事をのたまって、ありもしない力こぶを作って見せる。


「山を流れてる川の近くでやるのが良いんだろうが・・・おまえ、まったく戦えないよな」


「おっとっと、美少女なめんなですわ。御館様のおかげで、もりもりとレベルアップです。わたくしに隙はございませんのよ」


「れべる?」


 スキルというのは聴いた事があるが、れべるというのは何だろうか。


「のほほほ・・いぱ~ん人には関係無いのですわ。勇者用語ですのよ」


「ふうん、一応訊くが・・・何か戦う術はあるのか?」


「くふふぅ・・神より授かった究極のチートスキルが発現したのですよ!その名も、豪雷砲ぉぉぉーーー」


「なんだそれ?」


「さあ?名称に、砲って付いてるので攻撃するための魔法みたいな?」


 お人形のように綺麗な顔で、ぽか~んと眼と口を開くと、残念なお馬鹿さんにしか見えない。


「・・・一度、裏山で使ってみようか」


「サーイエッサー!」


 ノルンがびしりと勇ましく敬礼をした。

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