第10話 必殺の美技!?
「お・・ぉぉぉ」
黒いドレス姿の少女がお腹を押さえて唸っている。
「糞なら、離れてやってくれ」
レンは顔をしかめて茂みを指さした。
「ち、違うっ・・これって、ぅごぉぉ・・」
お腹を押さえてくの字に体を曲げている。
(こいつ、何か拾って喰ったのか?)
レンは弱冠引き気味に距離をとりつつ、半ば汚物を見るような目で苦悶する少女を眺めていた。
もう、この状況からは、上から吐くか、下から出すかの二択しかない。
どちらにしても、見ていて楽しいものでは無い。
せっかくデーンの食堂で美味しい昼飯を食べた後だと言うのに、どこまでも間の悪い娘である。
「長いな・・もう、吐くか出すかしちまえよ」
レンは、うごぉ、あぐぅ・・と呻きながら苦闘する黒ドレスの少女に声を掛けた。
もう、かれこれ3分近くも身もだえしている。
さっさと出して楽になるべきだろう。
「も、もぅ・・も・・」
「も?」
レンはノルンの口元を見た。
「もごぉあぁぁぁぁぁぁーーー」
苦悶の果てに、ついに少女が喉から迫り出すようにして地面に向けて口を開き、震える舌を突き出した。
(む・・?)
金色をした幾筋もの粒子が渦を巻いてノルンの口元へと集まって行くのが見えた。
直後、青紫に輝く雷状の奔流が少女の小さな口から吐き出された。
そう見て取った瞬間、レンは腕を交差して自分の顔を守った。
チュッ・・・ドゴォォォォォォ~~ン・・・
雷鳴にそっくりな轟音が鳴り、青紫に輝く雷流が辺り一面を撃ち払って方々へと奔り抜けていった。
(痛ぅぅ・・)
身を抉られたような激痛が四肢を貫き、意図せぬ痙攣を引き起こしていた。
これほどの痛みを覚えたのは久しぶりの事だ。
体を確かめると、体の方々から白い煙があがっている。
(・・・ふうん)
レンは見直す思いで、黒いドレスの少女を眺めた。
少女は当然のように炭化して死亡していたが、例によって、じわじわと再生を開始している。
(こいつ、おもしれぇかもな)
レンは笑みを浮かべつつ、ゆっくりと体を動かして具合を確かめた。
もう十分に回復している。
だが、一撃で、レン・ジロードにここまでのダメージを負わせたのは見事だ。3分近く、身もだえしなければならないのは大きなマイナスだが、その溜めの時間さえ稼げれば、こうして広域を薙ぎ払えるのだ。
レンは辺りを見回した。
ノルンの立っていた直下を中心に、半径にして200メートルほどの木々が炭化し、石が灼けて湯気を立ち上らせていた。レンは再生しかけの少女の遺体を足で脇へ転がした。ちょうど倒れ伏している場所で、石が溶けかけていて凄まじい高温になっている。再生する端から肉が蒸発していた。いずれは、石が冷えて再生できるのだろうが、それを待っていると夕暮れになりそうだ。
(スキルも訊いておいた方が良いかな)
この分なら、ある程度は戦力として計算が立つかもしれない。
焼き肉状態から逃れて、みるみる再生が進む少女を眺めながら、レンは腰のポーチから蛇龍の肉を取り出して、同じく取り出した槍に突き刺すと溶岩一歩手前の灼けた石の上であぶり焼きにしてみた。
普通に焼いたのでは表面が焦げるばかりで火が通らないのだが、実に理想的に色が変じてゆく。脂の滴り具合も素晴らしい。輻射熱でこんがりと上手に焼けていた。
(どれ・・)
槍に刺したまま、かぶりついてみた。
(ぐ・・美味っ!?凄いぞ、これ!)
口中に溢れる脂が上質で薫り高い。ほどよく火の通った肉は柔らかく咀嚼する間に溶けるように消えて行く。
(なんだよ、美味いじゃないか。デカいだけで、どうしょうも無いと思ってたら・・また、あの蛇を狩りに行っても良いな)
レンは酒壺を取り出して喉を潤すと、満足の息をついた。
「・・・いたいけな少女が焼死体になっている時に、焼き肉ですか?」
復活を終えたらしいノルンが半眼で見つめている。
「喰うか?」
三分の一ほどに減った肉塊を見せる。
「頂きますっ!」
どこから取り出したのか、大皿を持って催促する。槍から引き抜いて皿に載せてやると、スカートの襞の辺りから、白いナプキンとナイフ&フォークを取り出して、いそいそと食べ始めた。
口中に回る肉汁に声も出ない様子で、美味しさを伝えようとしたのか目顔で驚きを露わにレンの方を見る。
「良いから、落ち着いて喰え」
レンは酒を呑みながら周囲の惨状を眺めつつ、場所でも移動しようかと槍を手に立ち上がった。
「・・ん?」
小さな物音に気づいて振り返ると、黒いドレス姿の少女が口から血泡を吹きながら地面に転がって痙攣していた。横に食べかけの蛇龍の肉が転がっている。
約1分後、
「しっ・・死ぬかと思ったわぁ!」
握っていたフォーク&ナイフを地面に叩きつけながら復活した。
「どうした?」
「毒よ、猛毒っ!何、食べさせちゃってんの?肉に毒盛るなんて、どんだけベタなの?」
「毒?・・・・あぁ」
レンは形が崩れるのを嫌って毒腺を抜かずに焼いた事を思い出した。自分が平気なので、ついつい忘れがちになるが、蛇龍の肉体には強力な毒腺が体中の血管に寄り添うように張り巡らされている。
「・・だが、美味かったろう?」
「美味しかったけど!?美味しかったけどもっ!死ぬでしょ?死ぬわよね?」
「生きてるじゃないか」
「いや、死んだでしょ?生き返っただけよね?」
ノルンが血泡をナプキンで拭いて投げ捨てた。
「死ぬほど美味かったと言うことだ」
「いやいやいや、何上手いこと言っちゃってんですか?可憐でいたいけな、絶世の美少女を猛毒で殺すとか、どんだけ残酷路線?もう映倫待った無しですよっ?スポンサー逃げちゃいますよ?」
「自分で喰ったんだ。仕方ないだろう」
呆れた顔で溜息をつく。
「えっ?なんで?この流れで、毒殺された美少女が溜息つかれちゃうの?」
「陽が暮れる。漂流物の目録を作るんだろう?」
「くあぁぁぁ・・・納得いかんわぁーーーぁぁあ、でも、ミシンも欲しいしぃぃぃぃ」
身もだえするノルンを置き去りに、レンはさっさと山を登りだした。
「というかぁ、わたしのあれって、ちょっとどうなんですかねぇ?」
ノルンが小走りについてくる。
「あれって?」
「口から出ちゃったやつ」
「ああ、凄い威力だったじゃないか」
レンは素直に褒めた。
「え・・そうですけどぉ・・なんていうか、美しく無いというか・・一歩間違えたら、違うのが出てたって言う、結構リスキーーな大技だったんですけどぉ?」
「また漏らしたのか?」
「まっ・・またとか言うなぁーー!じゃなくて、漏らして無いわぁーー!」
「なら良いじゃないか?」
「いえね・・子供産まれるかって言うくらいにお腹痛くなって、続いて胃袋をゴリゴリ擦るような痛さが込み上げて、もう・・死んじゃうくらいに激痛カーニバルで、意識が飛びそうになるんですよ?」
「子供を産んだことがあったのか」
「無いわよっ!」
「ん・・しかし」
「比喩よ、比喩。例え話よっ!」
ノルンが吠える。
「紛らわしい」
「もうやだぁ、この人、どんだけ非常識ぃ?」
「口から雷を吐く奴が何を言うか」
レンは顔をしかめて首を振った。
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