第11話 ミシンは何処だっ!?

 村の最寄りのダンジョンの中で、


「ねぇ、御館様ぁ?」


「なんだ?」


 レンは煩げに返事をした。


「わたしぃ、朝昼晩晩、ずうっと働きましたよねぇ?」


「まあ、そうだな」


「なのにぃ、ゴミと死体しか出してくれませんよねぇ?」


 黒いドレスの少女が不平面をして横目で睨んでくる。


「漂流物ってのは、そんなもんだろ?」


「え?キャンピングカーあったじゃないですか。立派なトレーラーハウスでしたよ?調度品完備で備品もばっちしでしたよ?」


「ああ、あの銀の箱家か」


「絶対、他にもあると思うんですよぉ」


「だから、こうやって並べてるだろ?」


「ゴミばっかじゃないですかぁーーー臭いし、死体の切れ端っぽいのがぶら下がってるし・・」


 ぐずぐずと文句を並べるノルンを無視して、次々に漂流物を出してゆく。

 戸棚のような物、服を着た人形、割れた硝子の塊、やたらと大きな金属の容器、死骸が並んで座る四角い乗り物、腐臭の強い長方形の箱・・・・。

 明るさの消えた瞳で、ノルンが首を振り続ける。

 ゴミだと判別された物はレンがすぐ隣にあるモンスターハウスへ運んで捨てる。

 時間で部屋の様相が変化する際に、どこかへ消えて行くのだった。

 とうとう泣きべそをかきはじめた少女の前に、構わず次々に漂流物を並べつつ、


「おっと・・」


 串刺しになった4人の男女を取り出して、レンはモンスターハウスへと放り捨てた。いつぞや、山上の湖を破壊していた4人組の死骸である。


「もう、初めから、その部屋に出してしまえばいい」


 ぶつぶつと呟いている。


「そうするか」


 レンは長方形のつるりとした箱を取り出してモンスターハウスへ放り投げた。


「ちょっと待ったぁーーーーー!」


 ノルンが蛙のように跳んで空中で箱に抱きついて、そのままモンスターハウスへ飛び込んでいった。


「あ・・」


 レンの目の前で、扉が閉ざされた。

 

 モンスターハウス・・・迷い込んだ冒険者を閉じ込めた上で、次々に魔物が召喚されて襲ってくるという、部屋全体が一つの罠になった恐ろしい仕掛けである。


 扉が開いた時、それは迷い込んだ冒険者が死に絶えた時だ。


「・・早いな」


 あっさりと開いた扉から中を覗いて、レンはそっと視線を逸らした。何に蹂躙されたのか、ほぼ両断されたような少女の死体の横で、長方形の何かも両断されて転がっていた。


「やれやれ・・」


 嘆息しつつ、レンは部屋の中に入った。

 これでまた、延々と魔物狩りをしなければならない。

 背後で閉じた扉を半身に振り返りつつ、部屋の中央へ視線を戻した。

 馬に跨がった騎士風の魔物が登場した。円楯に馬上槍を持っているが、首から上は黒い煙のような物に包まれて消えていた。


(これは、喰えんだろ?)


 レンは拳を握った前に出た。


(いや・・馬の方は喰えるか?)


 突き出された槍を躱しつつ大柄な黒馬を眺める。幽鬼のような巨馬の目に、わずかに感情が動いたように見えた。

 すれ違いざまに打ち振るわれた馬上槍を蠅でも払うように脇へ弾き、握った拳を騎士風の魔物の膝めがけて突き出す。咄嗟に鐙をずらすようにして避けたが、拳は巨馬の腹を打ち砕いていた。

 突進の勢いを無視して、馬が横へ跳ばされて床に転がる。首から上の無い騎士が地面に放り出されて巨馬の下敷きになってもがいていた。その胸鎧を床まで踏み抜いてトドメを刺すと、馬と首なし騎士を腰のポーチへ収納した。


「ぅきゃぁぁぁっぁぁ」


 あばあばと意味不明の叫びをあげて、黒いドレスの少女が復活した。悲鳴は、真っ二つにされた漂流物に気づいたからだ。

 

「起きたか」


 レンは少女の前に立つと、次の漂流物を取り出して目の前に投げ置いた。


「ぁばば・・?」


 血の涙を滴らせたノルンの顔を、レンは冷厳に見下ろした。すべての漂流物を調べて目録を作るというのが約束だ。約束は守られねばならない。


「あばぁ・・」


 ノルンが魂の抜け落ちた顔で項垂れた。

 ぱかぱか駆けてきた首無し騎士と馬を、振り向きざまに殴り殺して、レンは次の漂流物を出した。


「ぅばっ!」


 少女がヒールの先で蹴り飛ばす。

 続いて取り出したのは、硝子の蓋がされた横に長い箱状の机だった。


「わばぅっ!」


 少女が抱きつくようにして近寄ると、硝子蓋を叩き割り、中に入っていた指輪や首飾りなどをかき集めて黒いドリスのヒダへ収納した。わずか数秒間の早業である。

 再び、首無し騎士と馬を撃退してから、レンが取り出したのは頑丈そうな金属製の箱だった。


「わぱあぁぁぁぁーー!」


 妙な気合いと共に、ノルンが握った拳を叩き込み、蹴りつけ、引っ掻いて・・表面をへこませたり抉ったりしたものの、あと少しの所で金属箱きんこが開かないらしい。


「ぅば?」


 少女がちらとレンを見た。

 レンは、金属箱を両手で持つと、無造作に左右へ引き裂いた。紙の束がどさどさと落ち、わずかばかりの金の棒が落ちた。

 ノルンが紙束を拾って、ふっと物悲しそうに笑った。金の棒だけは綺麗に拾ってスカートのヒダへ収納していく。

 後ろでレンが、巨馬の片足を掴んで振り回し、床に叩きつけると、振り落とされた首無し騎士を手に持った馬で滅多打ちに殴っていた。


「ほう・・?」


 レンは続いて出現した魔物を見て眼を細めた。

 今度のは首がある。大きさもこれまでの倍以上だ。騎乗の馬は、金属の鎧が着けられ、宙に浮かぶようにして立っている。血の色に輝く馬の目が、レンを見下ろして猛っていた。馬上の騎士は双角の兜をかぶり、巨大な黒い大剣を握っている。


『ひれ伏せ、卑小なる者よ。我が名は・・・』


 魔物が何やらぶつぶつ言っているところに、レン・ジロードが襲いかかった。


『名乗りも待てぬとは、愚かなっ!』


 魔物騎士が黒い大剣を振り下ろして迎え撃つ。その大剣の腹を拳で払いながら、振り抜いたレンの拳が巨大な馬の足をへし折っていた。たまらず崩れ倒れる巨馬の鼻面を掴むなり、逆側へ潜るように動きながら捻り折って殺すと、跳ね起きようとした騎士の手首を踏みつけ、両手を握り合わせて殴りつける。

 たまらずに取り落とした大剣を拾うなり、レンは騎士の脚を斬り、足首を斬り、股間を斬り、腹部を割いた。何か身振りをするその手を跳ね斬り、頭頂から胸鎧まで大剣で両断して斃した。


「いやぁ・・惨いっすね」


 どうやら眼が覚めたらしい黒いドレスの少女が震え声で呟いている。


「まだあるぞ?」


「がんばるっす」


 ノルンが敬礼した。


 漂流物を出す。出現する魔物を片付ける。そして、漂流物を出す。

 エンドレスかと思える作業はそのまま延々と続けられた。


「お・・これが最後だな」


 レンは奇妙な仕掛け付きの机を取り出して床に置いた。


「のほぉぉぉぉーーーー」


 ノルンが絶叫をあげた。


「ミシン来ましたわぁ~~~」


「形が違うな?」


「足踏みミシンですわぁ~・・これはこれで、アリですわぁ~~」


 うっとりと頬ずりする少女に、さっさと収納するように言って、レンは腕組みをしたまま出現する魔物を待った。

 部屋の広さが一気に増して、巨大な空間になっていた。

 出現する魔物も相当な大きさだろう。


(・・あれか?)


 遙か上方から、黒いシミのような闇色の塊が落下してくる。

 初めは小さく見えたが、次第に頭上一杯に思えるくらいに巨大な塊として見えるようになっていた。


「・・ふん」


 レンは腰のポーチから一本の槍を取り出した。

 ゆったりと振りかぶると、上方の闇塊めがけて槍を投げ放った。消えたかと思える速度で槍が飛び去り、闇塊に吸い込まれて行った。


 オォォォォォ・・・


 空間全体が鳴動するような底揺れが始まった。

 その時、


「もごぉあぁぁぁぁぁぁーーー」


 黒いドレスの少女が喉から迫り出すようにして口を開き、震える舌を突き出した。闇を斬り裂く青紫の稲妻が上方へ吐き出されて幾つもに枝分かれして貫き奔る。


 ガアァァァァァァ・・・


 絶叫が大気を震わせた。

 上方の闇塊が凝縮するように小さく集まってゆき、回転するようにして巨大な黒い翼を拡げ、長い尾を打ち振るい、大葉の鱗に覆われた人に似た姿に長大な鎌を握った巨人と変じて、ゆっくりと高度をさげて降りてくる。


「もごぉあぁぁぁぁぁぁーーー」


 黒いドレスの少女が、まさかの第2瀉・・射を放った。

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