第6話 おいでよ、魔物祭!

 村は大騒ぎである。

 運良く村と直轄契約を結べた青年商人の転移布から、せっせと魔物が飛ばされてくる。初めのうちこそ、にこにこ、ほくほくと胸内で売り上げの皮算用をやっていた青年商人だったが、とめどもなく送られてくる獲物の量にだんだん青ざめてきて、やがて顔を引きつらせ、ついにはほとんど泣くようにして他の業者に泣きついて協力依頼を始めていた。

 村長も、特例ということで、業者達による獲物の共有を認めていた。

 集まった業者は18店。引き連れた解体屋は286名。

 だが、足りない。

 圧倒的な戦力不足である。

 スライムシリーズ、ゴブリン、コボルト、オーク、狼人、悪魔眼、屍肉蟲、棘喰い蛇・・延々と続いて行く獲物が、やがてミノタウロスになった時に騒然となり始めた。

 生まれたてのダンジョン、それも10階層程度に出てくるような魔物では無い。そもそも、取り扱った事が無い業者がほとんどで、熟練の解体屋でも一生に数度お目に掛かるかどうかという強魔物だ。

 そして、ミノタウロスの亜種デミが到着した。土気色の形相で処理を進めながらも、ふもとの町に来ている他の業者にも応援を呼びに行かせた。

 そこへ、サイクロプスの登場である。

 解体屋の大半が膝から崩れ落ちて力なく首を振り始めた。

 麓の町からの応援が駆けつけた頃になっても、サイクロプスの転送は終わっていなかった。延々と、いつ果てるとも知れない勢いで死骸の転送は続いた。

 前代未聞の話だが、噂が噂を呼んで他の町からも応援が駆けつけた。

 一大解体祭りとなった。

 冷凍のできる魔導師も次々にやってきた。

 魔物の研究者や魔法学校の研究班なども訪れた。

 明け方になり、ようやく大布の上にサイクロプスが出なくなった。もう、素材は十分に行き渡り、誰も争うこと無く大量のお土産を手にすることが出来た。

 やり切った顔で解体業者達が握った拳を打ち合わせる。

 

「・・・ねぇだろ」


 年配の解体業者が虚ろな声を漏らした。

 大布の転移の魔法陣が浮かび上がり、まだ朝靄の残る広場の中央に小山のような巨体が出現した。艶のある巨大な鱗、破城槌はじょうついより太い無数のとげ、村に並ぶ家々よりも大きな牙や爪・・・。


「なぁ・・これって、ドラゴンか?」


 目の下にクマの色濃い業者が、近くで震えている学者風の女魔導師に声を掛ける。


「す・・すす・・すみません・・・生まれて初めてなので、こんなの・・これが何かとか、分かりません」


 女魔導師が座り込みながら呟いた。


「だ・・誰かぁーー、こいつが何だか分かる奴いるかぁーーー」


 別の方角で声があがった。

 何しろ大きな城が出現したようなものだ。向こう側で誰が何をしているかなど見えるはずが無い。


「まさか、こいつの次もある・・・のか?」


 誰かが強ばった呟きを漏らした。


「ば、馬鹿・・滅多なことを言うもんじゃねぇ」


 声をひそめるようにしてののしられる。


「そもそも、これをどかしようがねぇよ。次があったって、転送布がふさがっちまってらぁ・・」


 力なく笑いながら業者頭が手にした酒を煽った。


「大工連れて来いっ!滑車で吊るぞぉーーー」


 寝静まっていた天幕の間に怒声が飛び交い、疲労困憊こんぱいした男達が重たい体を引きるようにして起き出してきた。


 ドラゴン討伐の話は、瞬く間に村から町へ、町から村へと広まって行き、出遅れた業者達が大挙して押し寄せてきた。巨大な蛇龍の死骸は遅れてやってきた業者達、商人達にも十分な恩恵があった。


 レン・ジロードとノルンはダンジョンから出てから、あまりの騒動に腰がひけ、山中の山小屋に逃れていた。

 潜っただけ、歩いて戻って来なければならなかったので時間がかかったが、どういう訳か、帰り道の魔物は二人を襲って来なかった。というより、視線すら合わさずに、二人のことを見ないように、気づかないようにしていたようだった。


「それもそうだな」


 レン・ジロードはノルンの頼みを聞いて頷いた。

 寝ることが出来るだけの、小さくても良いから別棟を建てて欲しいという申し出だった。未婚の男女が同じ屋根の下はまずいとか、寝るときまで緊張すると死んでしまうとか、色々と言い訳めいたことを並べていたが、要するにプライベート空間が欲しかったのだろう。これは、レンにしても同様だったので、ありがたい申し出である。

 離れすぎない程度の場所に、天幕を張ってやった。天幕とは言っても、基礎は丸木で床上を上げた上にしっかりとした骨組みで建てた物で、皮膜もしっかりとしていて嵐くらいではビクともしない。ダンジョン用の簡易な調理器具に鍋や食器、調理刃物なども揃え、作り付けの寝台に予備の寝具を出して載せる。


「今日はこんなところか。水や火は魔法で出せるな?本式の小屋は時間をみて建ててやる。二、三日はこれでしのげ」


「はい。何から何まで、ありがとう御座います」


 ノルンが黒いドレス姿で愁傷げに頭を下げる。


「何かあったら呼べ。しばらく村には降りられないからな。小屋に居るか、湖に居るかだ」


 レンは言い置いて、自分の小屋に戻った。スライスした燻製スモーク肉を口へ放りながら、井戸から水を汲み上げて裏にある風呂桶を満たすと、薪を放り込んで燃やす。直火の風呂釜である。拷問用の熱湯風呂でもここまで沸かさないだろう、ボコボコと沸騰を始めたところで素っ裸になったレンが盛大に湯をこぼしながら風呂釜に浸かった。


「ふぅぅぅ・・・」


 常人が見ると自殺か、と突っ込みたくなる状況だが、レンにとっては最高の湯加減である。風呂釜の下では、いまだに薪が炎を揺らしている。

 風呂釜に浸かったまま頭を倒せば、少し雲のある初冬の晴天が広がっている。


「・・・寒くなるか。小屋は早めに建ててやった方が良いな」


 さすがに、天幕だけでは寒いだろう。

 レンは用意の酒とさかなを載せた盆を引き寄せると、ちびちびやりながら手持ちの荷物に何か使えそうな物が無かったかと記憶を探り出した。

 転々と各地を巡っていた時に、珍しい物は何でも片っ端から放り込んである。正直、何がどのくらい入っているのか覚えていない。

 いわゆる冒険者はやったことが無いが、ちょっと野営をしていた時に、勇者の一行と行き会って、わずかな間だが行動を共にしたことがあった。


(あいつら、元気にやってるかな)


 無邪気な少年達だった。子供じみた理由で仲間内の喧嘩をやっていた。ただ、びっくりするような魔法や剣のスキルなどを使いこなしていて知識も豊富な連中だった。

 

(王国が塔に喰われたんなら、あいつらの隷属スレイブの呪いも解けたんじゃないかな)


 便宜上、塔という呼び方をしているが、決まった形がある訳じゃない。王都なら都そのものが魔物の住み処となり、城や教会など、どこかシンボリックな場所に魔素の源泉が生じているだろう。

 遠目に見ると、それが黒っぽい渦を巻いて空へと立ち上っている日がある。それで"塔"という呼ばれ方になっていた。

 要するに、恐ろしいほどの濃度をした魔素の泉のことだ。

 魔素は魔物を喚ぶ。

 天然の魔物召喚装置だと、勇者の少年が表現していた。


(冒険者協会は大騒ぎだろうな)


 独立運営とは言っているが、結局、王侯貴族に援助されながら運営されていた。王都が魔素に呑まれたなら、そうした資金や権力の支援は受けられなくなる。

 麓の町に住む呑み友達に、協会に勤めている奴が居る。

 酒の肴に話を聴きに行くのも面白い。


(しかし、妙なダンジョンだった)


 レンは半身を外気に当てながら、猪口ちょこを口へ運んだ。

 ミノタウロスくらいなら分かるが、巨人族がぞろぞろと登場した挙げ句に龍族が出てくるようなダンジョンなど、北部のギサン高地にある神代の大迷宮くらいじゃないだろうか。

 都の調査団は、ダンジョンから魔物が溢れ出た結果だと言っていたが、村の近くのダンジョンも放っておくと、ああいう大迷宮になるのだろうか。


(25階に封印の扉を増設した方が良いかな)


 サイクロプスの出現するモンスターハウスは28階だ。とりあえず封をして様子を見ておく方が良いだろう。


(あれ、作るのに時間かかるんだよなぁ)


 空になった徳利をふりふり、レンは風呂釜から出ると、全身から盛大に湯気を立ち上らせながら小屋に入った。


 ぶふゅぉぉぉぉぉ・・・


 例によって口から奇怪な音を鳴らし、黒いドレスの少女が顔を引きつらせ、よろめきながら小屋の壁に後退って、ぺたんと座り込んだ。


「来てたのか」


 厚地の拭布タオルで筋骨隆々たる巨躯をぬぐいながら、洗いざらしで畳んであった半ズボン状の下着を履く。


「何か用があったんじゃないのか?」


 そのまま寝台に座りながら声を掛けるが、ノルンは真っ白に血の気が失せた顔で白目をいたまま動かない。湯上がりで湯気をあげているのはレンの方だが、ノルンの方も口の辺りから白っぽい何かが立ち上っているようだった。


「まあ・・・良いか」


 忘れることにして、レンは壁に吊してあったベルトのポーチを手に取った。

 漂流物と言われる異界から流れ着いた品々がある。

 勇者召喚のついでに巻き込まれる形で招かれた物だろうと言われているが、本当のところは誰にも分からない。当然、その手の品があらわれやすい場所というのがあって、そうした異界のゴミを専門に集める業者も居る。ほとんどは、物好きな貴族が集めて飾っているだけだ。


(ああ・・・あったな、そう言えば)


 拾ったゴミの中に、少女の家にぴったりの品があった事を思い出した。

 ちらと眼を向けると、ノルンはひざを抱えるように座って、うつろな顔でぶつぶつと何やら呟いている。


(こいつ、何をしに来たんだ?)


 濡れ髪を乱暴に拭きながら、レンは昼餉の仕度を始めた。

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