第5話 聖戦 ↓
例えるなら、パワーレベリングだろうか。
圧倒的な実力者にひっついているだけで、本来なら苦戦させられる
「ピロピロリン・・ノルンはレベルが上がった。力が5あがった。素早さが8あがった。知能が4あがった・・」
ノルンがぶつぶつと呟きながら手にした帳簿にメモをしている。
足下にミノタウロスの亜種が倒れている。すでに、頭がねじ切られて胴体とは分離していた。一体や二体では無い。部屋中に
転送の大布に次々に放り込まれて消し去られていた。ノルンがメモしているのは、転送させた数と届いた数を、つき合わせるためだ。半分近くは、レンの腰のポーチにも収納されていた。
「何階だ?」
「28階で御座います」
どこか遠い眼で、ノルンが応える。
俗に言うモンスターハウスを
「30階まで行ったら昼飯にしようか」
「サーイエッサー」
ノルンがぴしりと敬礼した。
「ボス、問題が発生しております」
「・・なに?」
「コールネイチャーと申しますか・・お花摘みと申しますか・・つまり、トイレへ行きたいのであります」
「循環魔法は掛けてないのか?」
「はっ、それは何でありますか?」
「完全に消化吸収して、排泄物を無くす魔法だ。連れが居る時は良いが、一人でダンジョンに潜る時とか用をたすのも命がけになるだろう?」
「・・はやく、教えて欲しかったです。血涙ものであります」
ノルンが、むきぃぃ・・と猿のように鳴いて拳を握って震わせる。
「いいから、さっさと済ませたらどうだ?今なら、まだ
「・・えぇと、ここで?」
「他は危ないだろう?」
「いやぁ・・何というかワイルド?自分、ちょっと色々泣きそうです」
「面倒な奴だなぁ」
レンは呆れ顔で立ち上がると部屋の隅へ行って、拳を床にたたきつけた。地響きと共に大きく陥没する。十分に人が入るほどの深さがあった。
「急げよ。やってる最中に、ミノタウロスがわくぞ?」
そう言い置いて、レンは部屋の逆側の隅へと移動した。
「むしろ、ここまでよく我慢できたな」
レンは妙なところに感心しながら背を向けて腰のポーチを開いて意識を集中した。こうすることで、収納物が脳裏にイメージとして浮かんでくる。
(しかし、毛色の違ったミノタウロスばかり居たな。亜種ばかりが集まった部屋に入ったのは初めてだ。このダンジョン・・何か違うのか?)
あまり進まずに、この辺りから引き返した方が良いかもしれない。
義務は10階層までだ。十分な収穫だろう。
そんな事を考えていたら、ふいにドシン・・と重い音が鳴って床が揺れた。
(・・ん?)
部屋の中央を振り返ると、一つ目の巨人が丸太のような棍棒を手に立っていた。
(サイクロプス?こんな浅い階層に?)
軽い驚きを覚えながら、レンは一つ目巨人めがけて駆け寄ると、どこかぼうっと立っている巨人の
痛みと怒りの咆哮をあげ、一つ目巨人の全身が真っ赤に染まって湯気のように魔素が立ち上る。
悲鳴をあげて巨人が片足をあげる。
残った軸足の足首を、レンが蹴り折った。
一つ目巨人が、あまりの激痛でたたらを踏み、よろけるように後退って尻餅をつく。弾みで、巨人が持っていた巨大な棍棒が部屋の床を叩いて転がっていった。
(あ・・・)
それは、一人の少女によって、聖戦が行われている方向だった。
転がった棍棒は、まさにその
レンは、そっと視線を外して見なかったことにした。
まずは
図体がでかいだけあって生命力が高く、ちょっとした魔法まで使ってくる。
潰した両足が癒えるまで少し時間がかかる。その間に、どれだけ削れるかで斃すまでの時間が変わってくる。
レンは、
それからしばらく、肉を打ち骨を砕く殴打音と、巨人の苦鳴が部屋を震わせ続けた。
最後は、大きく突き出た巨人の牙を握ってへし折り、宙へ跳んだレンが巨人の一つ目を大牙で貫き、床まで縫い刺しにすることで終演した。
「お・・」
レンは拡げた大布に巨人を載せながら足音に気づいて視線を向けた。
黒いドレスの少女がとぼとぼと歩いて来た。成功したとは言い
「
レンは
その言葉で、ブワッと擬音が聞こえそうな勢いで少女の涙腺が決壊した。薄暗くて色まで見えなかったが、その涙は血の色をしていたかもしれない。
直後、ドシッ・・という重い音が鳴って、太い棍棒が打ち下ろされてレンの視界から黒いドレスの少女が掻き消えた。
別の一つ目巨人が出現していた。
どうやら、とんでもないモンスターハウスだったらしい。
ミノタウロスの亜種の次は、サイクロプスが連続して出現する部屋だったようだ。
ガァァァァァ・・・
吠え声をあげて、一つ目巨人が棍棒を振り上げる。ちらと床を見ると、元黒いドレスの少女が床の染みになっていた。
(・・哀れな)
レンは少女の境遇に少し同情した。
(まあ、不死だからな)
ひとまず、存在を忘れることにして一つ目巨人に対峙すると、振り下ろされた棍棒を頭上へ差しのばした片手で受け止め、引き毟るようにして巨人の手から奪う。
ぽかんとした顔で巨人が一つしか無い大眼を見開いた。
奪い取った巨大な棍棒を手に、レンは巨人に駆け寄るなり、小枝でも振り回すように棍棒を振って、巨人を一撃で打ち倒すと、軽く宙へ跳び上がりながら畑でも
2体目の一つ目巨人は腰のポーチへ収納した。
(さて・・)
まだ出るだろうと予想して待っていると、案の定、部屋の中央に一つ目巨人が出現した。実体化した直後に、両足まとめて棍棒で打ち砕かれて床に転がった。
3体目も、骨という骨を砕かれて絶命した。
そして4体目は脳天を叩き割られて倒れ伏し、さらに頭部を粉々に潰されて死亡した。5体、6体と続いて、9体まで終わったところで、10体目は一つ目巨人の
(・・出ないな)
それ以降、巨人の出現は無かった。
レンは部屋の壁を見渡したが、扉は閉まったまま開かなかった。
(移動するか?)
レンは腰のポーチに巨人の棍棒を収納して、黒衣の少女を振り返った。
(う・・)
何やら、真っ黒な
「見ないで・・」
少女が虚ろな声で呟いた。涙と鼻水が人形のように整った顔を汚していた。
なまじ綺麗な顔をしているだけに無惨さが際立つ。
「こんな、汚れたわたしを見ないで・・」
俗に言うウ○コ座りをしたまま黒いドレスの少女が呟く。
ひだのあるスカートが地面を包んでいて足下を伺い知ることは出来ないが、レン・ジロードの鋭敏な嗅覚は少女の抱えた窮状を明確に嗅ぎ取っていた。着衣の汚れは"
「まあ・・・どうしようも無い事もある」
慰めにもならない言葉を掛けつつ、レンはふと部屋の中央に目を向けた。
恐ろしいほどの魔素が集まり始めていた。
どうやら、追加で何かが出現してくるらしい。
(こんな生まれたての低位ダンジョンで漏らすとか・・・勇者の程度も堕ちたものだ)
レンは黒いドレスの少女を見た。しゃがみ込んだまま、やさぐれた顔でぶつぶつと呪祖めいたことを呟いている。
(ああ、前言撤回・・・ここは何か狂ってやがる)
魔素塊を突き破るようにして巨大な姿を現したのは、黒々とした鱗と棘で全身を覆った蛇龍だった。鱗一枚だけで、レン・ジロードの背丈ほどもある。城塞が動いているかのような巨体だ。
出現した魔物に合わせて部屋の広さが広大に拡がって、もはや部屋とも呼べないほどの空間になっていた。
「そこの脱糞勇者っ!邪魔だからどいてろっ!」
レンは吠えるように声をかけつつ、腰のポーチから長剣と大楯を引きずり出した。どちらも龍の素材で作った品だ。
「あ?」
やさぐれた顔で
「ああぁぁぁぁぁっ!」
床を削り取って振り回された蛇龍の尾が、某勇者をずたずたに引き裂いて過ぎていった。レンは床に叩きつけるように刺した大楯で真っ向から受け止めると、長剣を叩き込んで蛇龍の尾を半ばまで斬り裂いた。
「・・・さあ、始めようか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます