第4話 勇者、発つ!
慌ただしい月になった。
王都が巨大な魔物の塔に取り込まれ、支城とも言える小ぶりな塔が大陸各地に出現、レン・ジロードの予想通り、ダンジョンも次々と生まれていた。
「まあ、悪い事ばかりじゃない」
村の南側に出来た仮設の交易場を巡りながらレンは仮設店舗の店構えや店員の表情など眺めて回っていた。
支塔は麓の町の近くに建ち、ダンジョンは山の村の近くに生まれた。
おかげで、町と村どちらも、それぞれで討伐義務が生じることになり、人や物が偏ることなく、良くも悪くも賑わっている。
大陸の決まり事で、塔やダンジョンが出現すると、最寄りの町や村には、十日に一度、出口側から5階層まで魔物の掃討を行うことが義務づけられる。
その"当たり"を引いた町や村には、ここぞとばかりに魔物の肉や皮、牙や骨などを売買する業者が押し寄せる。そうした業者は場所代として、町や村に定率で売上金や物を納めるため町や村も潤う。
「また新しい連中が来たな」
レンは食堂の隅で弁当を受け取りながら呟いた。
デーンの一人娘がちらと戸口に眼を向ける。ややあって、勢いよく扉が開かれて、見るからにお金のかかった上質な鎧を身に纏った若者達が入って来た。聖治の館と呼ばれる治癒術者を育成する学校の学生達まで混じっている。ざっと30名ほどの集団だった。
わずか15席足らずの食堂に入れるわけがない。
「お父さ~ん」
娘に呼ばれて、
「おう、どうしたい?」
調理をしていたデーンが顔を覗かせた。すぐに事態を理解して溜息をつきながら入って来た若者の方へ向かうと、何だかんだと話を始めた。
年に何度か見かける光景である。
ダンジョンの発生で旅人の数は増えそうだったが、この村の方針で、新しい食堂や宿など新設はしていない。業者達も、村の外で
「お待たせしましたぁ」
ぼうっと眠そうな顔をしたノルンがいつもの黒ドレス姿で二階から降りてきた。格好はアレだが、ぎりぎり時間には間に合った。
「ダンジョンにその格好か?汚れるぞ?」
「大丈夫。
小欠伸をしながらノルンが言った。
「・・・って、あいつ、マルボーロじゃん」
いきなり、顔をしかめて舌打ちする。
「知り合いか?」
レンは戸口で、デーンを相手に粘っている若者を見た。すらりと背が高く、細身で金髪に青い眼、白銀色の甲冑を着込み、白銀の騎士楯を左手に、腰には柄がしらに大粒のルビーが填まった長剣を吊していた。デーンとの対応を見た感じ、あの集団のリーダー格のようだ。
「ちょっと行ってまいりますわ」
手にした黒い傘に軽く振りをくれて、ノルンがヒールの音を響かせながらデーン達の方へ近づいて行った。
「大丈夫でしょうか?」
デーンの娘が心配顔で声を掛けてくる。
「まあ、なるようになるだろ」
レンは
ほどなく、ぎゃーぎゃーと罵り合いが始まり、デーンが呆れた顔で首を振り振り戻って来る。
「どうも、昔の知り合いみたいだったぜ」
疲れた顔で言いながら厨房へ帰っていった。
「わたし、お掃除をしてきますね?」
デーンの娘がそそくさと二階へ去って行く。
(・・やれやれ)
レンは近くの椅子を引き寄せて腰掛けると、いつ果てるとも知れない口論の決着を待ってうたた寝を始めた。
「と言うわけで、ジロードさんには、この勇者君と試合をして貰います」
ノルンが告げた。
「なにぃ?」
レンは眉間に
「い、いやぁ・・なんか、そういう流れになってですね・・」
ノルンがせかせかと早口に前後の事情を説明する。
要は、売り言葉に買い言葉で、暴発的に決定したらしいのだが、
「で?」
レンは椅子に座ったままノルンの顔を見つめていた。
「君がジロード君だね?」
「すっ込んでろ!」
レンは
「座れ」
レンの双眸が
「はっ・・はいっ!」
ノルンが大急ぎで床に正座した。
「おれは、何時に出発だと言った?」
「え・・と・・ごめんなさい!」
ノルンが床に額を擦りつけて土下座した。
外では名前を連呼しながら懸命の救護活動が始まっていた。女神に捧げる祈りの詠唱が
「・・チッ」
レンが鋭い舌打ちをした。
ビクッ・・と、黒いドレスの肩が震える。
「時間は守れ」
「はいいっ!」
「次は無いぞ?」
「申し訳御座いませんでしたぁーー!」
ノルンが床に額をつけたまま叫ぶように言った。
「・・よし、これ以上は客を待たせる。急ぐぞ」
レンは立ち上がって、弁当をポーチへ収納した。
「はいっ!」
ノルンが素早く立って後ろへ付き従う。
重厚そのもののレンの巨躯が食堂から出ると、待ち構えていたのだろう、数人の若者達が何やら
それへ、レンの一つしか無い眼光が向けられた。
途端、電気ショックでも受けたかのように全員が身を
レンはノルンを振り返った。
「友人か?」
「いいえ、赤の他人ですわ」
ノルンがきっぱりと言い切った。
「そうか」
レンは大股に歩いて、村長宅へ向かった。後ろを小走りになりながら、ノルンがついてくる。
「お待たせしました。申し訳ありません」
村長宅に着くなり、レンは村長に頭を下げた。
「なんの、妙な集団の話は聴いております。もう少し時間がかかるかと思っておりました」
そう言いながら、村長が一緒に待っていた年若い商人を紹介した。
今回の素材を買い取る業者らしい。
「マグナートと申します。主に東方の交易路で商いをやっております」
長い金髪を背で束ねた青年が丁寧に挨拶をした。
「ジロードです。本日から3日ほどダンジョンに潜ります」
「3日で何階層まで到達できそうですか?」
商人らしく、率直に
「20階層でしょう」
魔法陣の描かれた大布を受け取りながら答えた。
「に・・20・・それは凄い」
青年が瞠目した。
「これ・・20階でも届きますか?」
レンは魔法陣の描かれた大布を見た。転送布と言って、こうして預かった大布に包むことで、商人の持つ対の大布の上に獲物が転送される仕組みになっている。ただ、描かれた魔法陣の精度によっては転送途中で消失することもあり、階層が深くなるなど距離によってもエラーがおきやすくなるのだった。
「大丈夫だと思いたいですね。50階層まで大丈夫だと聴かされてはいますが、実は15階以上から転送された経験が無いのです」
「そうですか」
レンはじっと転送の大布を見ていたが、
「分かりました。15階以降は、念のため、持てる範囲でわたしも持ち帰るようにします」
「おお、それは助かります」
「それと、20階と言わず、少し深部まで潜ってみましょう。布の性能が分かるでしょう」
レンは畳んだ大布を腰のポーチへ仕舞うと一礼をして門に向かって歩き出した。黒い日傘をさしたノルンがお辞儀をしてからついて行く。
半ば呆然と見送った青年が村長を振り返った。
「あのお人は嘘は言わんし、つまらん見栄も張らんぞ」
村長はにこにこ笑いながら言った。
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