第3話 凶状持ち?
「なんだか、いい村ですねぇ」
ノルンがにこにこと笑顔を絶やさずついてくる。
「何を笑ってる?」
「第一印象を大切にしてるんです」
「・・そうか」
レンは門の帳簿に入村届けを記入しつつ、連れの欄にノルンと併記しておいた。
「とりあえず、村長のところに面通しで連れて行くか」
「それがいいっスね・・と、ああ・・村長さん、下の町まで出かけちゃったんでした。戻りは3日後くらいになると言ってたっスよ」
若い番兵が、ちらちらとノルンの容姿に視線を向けながら教えてくれた。
黒いドレスに、ヒールのある靴、黒い長手袋に、黒いつばの広い帽子、そして黒い傘という、上から下まで黒一色の格好である。
当人に言わせると、これが正装なのだと言う。
「食堂ですかぁ?まだお腹は空いていませんよ?」
「おまえの腹具合なんかどうでも良い」
レンは食堂の裏手へ回って調理場の窓を覗いた。
「おう、帰ったか。どうだった?」
デーンが気づいて訊いてきた。
「良いのが獲れたよ。
「おうっ、ちょっと待ってくれ」
デーンが大急ぎで底のある大盥を持って出てくると、せっせと水を張った。
レンは腰のポーチに手を突っ込むと、一気に翡翠魚を引きずり出した。90センチ近い見事な魚体が陽光を浴びてエメラルドに輝く。ばたばたと身を振って暴れていた。
「おおっ!」
デーンが喜びのうなり声をあげた。
後ろで、
「ぶふぉぉぉぉーーーーっ!?」
ノルンが奇妙な音を立てて驚き、そのまま咳き込んでいる。
続いて、2尾、3尾と跳ね踊る翡翠魚をポーチから引きずり出すと、大盥は一気に賑やかになった。
「すげぇぜ!あんたに頼んで良かった!生きてる翡翠魚なんざ、何年ぶりだか・・・いや、助かった。礼を言う!」
「大げさだって・・ああ、それより、また宿を頼めるか?今度は、こっちの・・全力で訳ありなお嬢さんにも一部屋頼む」
「おう、任せろ。ちと、散らかっちゃぁいるが、部屋だけは余ってるからよ」
「お世話になります」
すかさず、ノルンが澄まし顔で頭を下げた。
「留守らしいが、とりあえず村長宅に挨拶だけしてくるよ」
「分かった」
答えるデーンの目は大盥の翡翠魚に釘付けである。
小さく苦笑しつつ、レンはノルンを連れて乾物屋や薬屋と巡って依頼された品を届けて回り、ついでにノルンの紹介をしてから、村長宅に向かった。
呼び鈴を鳴らすと、奥さんと娘が顔を覗かせる。
ざっくりと、これまでのことを説明すると、
「はい、分かりました。主人が戻ったら人別帳に書くように言っておきますね」
「この時期に、
レンは村長夫人の朗らかな笑顔を眺めながら訊ねた。
「いえね、何でも塔が生まれたらしくって、うちの村にも分担があるそうなの」
「げっ・・塔ですか」
レンが顔をしかめた。
「あらあら、主人もいい顔をしませんでしたけど、ジロードさんも同じ顔をされるんですねぇ?」
「いやまあ、塔の種類にもよるんですが、あれが出ると魔物が賑やかになりますから・・ゴロツキのような冒険者も増えますしね」
「そうなんですか、なんだか怖いわねぇ」
「また顔を出しますよ」
レンとノルンは夫人に挨拶をしつつ村の南側にある門に行ってみた。
「もう、良いかしら?良いわよね?」
ノルンがたまりかねたように話し出した。
「あれは何?」
「何とは?」
「そのちっちゃなポーチよ!いえ、マジックバッグくらい知ってるわ。わたしだって持ってるし、異世界トリップのデフォよ・・で、でも、生き物は入らないのがお約束でしょ?何をやってくれちゃってんの?思いっきり元気なお魚出てきたでしょ?出したわよね?」
「改造した」
「はぁぁぁ!?改造とか、どんだけ・・あれって超難解な魔法なんですけどぉ?」
「おれじゃない。おれは魔法は苦手だ。得意な奴に頼んで改造してもらったんだ」
「へぇ、ふぅん、ほうぅ・・って、納得できるかいっ!」
ノルンが、尖ったヒールでガツガツと地面を踏みつけて穴をあける。
「おれは知らん。頼んだらやってくれたんだ」
「ぐぬぅぅ・・追求したい、したいけど・・最高のご馳走を食べさせて貰った恩があるし・・でも、超知りたいし・・・」
ぶつぶつと唸り続けるノルンを放置して隣の家へと足を運ぶ。
「あら、レンちゃん、帰ってたの?」
軒先で編み物をしていた初老の婦人が笑顔を見せる。
「先ほど戻りました。これ・・頼まれていた蜘蛛の糸です」
丁寧な言葉遣いで応えながら、レンは紙の袋に入れた鬼面蜘蛛の古糸を手渡した。
「まあ、ありがとう。まだ森に残ってるんだねぇ。もう採れないかと思ってたよ」
「そうですね、新しい糸がほとんどで、古糸は見なくなりました」
「ふふ・・でも、新しい糸があるなら、またいつか古糸も採れるわね」
「ええ、そのうちにまた」
レンが笑顔を見せる。
「そちらのお嬢さんはどちらの方かしら?町の方?」
「いえ、上の山に迷い込んでいたところを、山小屋で保護しまして」
レンは村長宅で説明した事をもう一度話して聴かせた。
「訳ありのようですけど・・放っておくのも気が引けたので連れて来てしまいました」
「うふふ、女の子を山に置き去りにしなくて良かったわ。レンちゃんなら、やりかねないものね」
「いや、まあ・・」
レンは苦笑しつつ頭に手をやる。
「あっ・・そう言えば、カーネリアス王国が滅んじゃったそうよ」
「ぶふぉぉぉぉぉーーーー」
レンの後ろで、また奇怪な吹き出し音が鳴った。レンと老婦人が呆れた視線を向ける。
「あらあら、せっかくの
「疫病か何かですか?」
「それがね、王の塔が出現して都ごと呑み込んじゃったみたいなのよ」
老婦人が声を低くして囁くように言った。
「王の塔・・それで、支塔が各地に建ってるんですね?」
「さすがレンちゃんは話が早いわ。当代の神様は
「王塔がカーネリアスなら、女王の塔は西のサルバート辺り・・・しばらく、大陸は
「王国が理を外れた勇者召喚を繰り返していたから天罰が下ったのねぇ」
老婦人がノルンを見て微笑む。ノルンの顔に冷や汗がだらだらと流れ始めた。
「なるほど、それはあるかもしれないですね」
レンはしゃがんで地面に周辺の地図を描いていった。
「位置関係からすれば、村に近い所に、ダンジョンも生まれるでしょう。封印の扉を準備して出入りの管理をした方が良さそうですね」
「レンちゃんが居る時で良かったわぁ」
老婦人が微笑した。
「こんな田舎の村じゃ、冒険者だって立ち寄らないもの」
「できる限りの事はやりますが・・」
「ええ、分かってるわ。それだけで十分ですよ。村のみんなで頑張って、それでも足りないところを助けて下さいな」
老婦人が片目をつむってみせる。
「まったく・・・
レンは嘆息しながら頭を掻いた。
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