第2話 胃袋をワシ掴み!
殺しても死なない少女は、ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタと名乗った。
覚えられないので忘れることにした。
「いやっ、ちょっと・・ノルンです。ノルンと呼んでくださいまし」
少女の申し入れにより、ノルンと呼ぶことになった。
「で、ノルンはこの山で何をやってたんだ?」
「相変わらず、すっ飛ばしますね・・良いでしょう、どこまでもついていきますよ?カモン、フルスロットルです」
「帰ってくれないか?」
「申し訳御座いませんでした!」
ノルンが飛び跳ねるようにして両手をついて額を床板に打ちつけた。
がつん、と良い音が鳴った。
「頭で釘が打てるかもな」
レンの呟きを耳にして、ゆらりとノルンが立ち上がった。
「忍びとは、心に刃と書くので御座います」
「しのび?」
「御館様、ぜひこのノルンめに、御身のお世話をお命じ下さいませ。昼夜を問わず、誠心誠意お仕え申し上げる所存にごじゃり・・御座いまする」
片膝をついた姿勢で、ノルンが真剣な顔で口上を述べた。
その襟首をレンはつまみ上げた。
小屋の格子窓を開けて崖へ向けて投げ捨てようとする。そうはさせじと、手足を窓枠に突っ張ってノルンが頑張る。
「じょ、冗談です。お茶目なユーモア・・人生の潤滑油なんですぅ~」
ノルンが懸命の形相で窓枠にしがみつきながら騒ぎ立てる。
「で、おまえは何なんだ?」
レンは黒衣の襟首から手を離した。
「やっと尋問タイムですか。待たせすぎですよ?」
「・・・・」
「やめてクダサイ。沈黙は死ねます」
「で?」
「信じて貰えるか分からないんですけどぉ・・何だか疲れちゃったんで、ぶっちゃけますけどぉ・・」
「さっさと話せ」
「わたしは勇者なんです」
「・・・・ほう」
「召喚されて、この世界に連れて来られた異世界人なんです」
「そうか」
レンはちらと窓の外を見た。
「ええと、お疑いはごもっともなんですけどぉ・・本当にそうなんです」
「・・そうか」
「完全否定キターーーーー」
少女が頭を抱えて床に倒れ込んだ。
「いや、話に聴いた事はある。異世界人を魔法で誘拐して、戦奴隷にするっていうアレだろ?」
「キャーーー、オブラートで梱包してぇーーー!」
「勇者は、隷属魔法と呪言洗脳で王国の犬になるはずじゃなかったか?」
「な、なに・・詳しすぎるんですけどぉ?ちょっと、ひくんですけどぉ?」
「だから、信じられないんだ。召喚直後に奴隷化されたはずの勇者が、野放しでうろついてる訳が無いからな」
レンは
「・・お兄さん、ただ者じゃ無いね?ちょっと出来る男を気取ってるね?」
「まあ、勇者でも異世界人でも何でも良いから、早く出て行ってくれないか?」
「ゥキャーーーー何言っちゃってんの?話はこれから盛り上がるところなのよ?ちゃんと、聴いてくださいませよ?」
「簡潔に頼む」
レンは鍋にコップ一杯のオンジュの種を入れて水で研ぐと
「・・そういう訳で、好きにしろと言うことになりまして・・はいっ、ここテストに出ますよ?ちゃんと聴いて下さい?」
「つまり、勇者としてどころか、一般兵にも劣っていたので廃棄されたわけか」
「ふわぁ・・ど真ん中来ちゃったよ・・この人、歯に衣どころか、刃物仕込んでるよ」
ノルンが青ざめた表情で仰け反った。
「不死は隠してたのか?」
「・・色々、鋭いっスね」
「おまえ、馬鹿っぽいけど、咄嗟にそれが出来たんなら頭の巡りは良いんだな」
レンはノルンの顔を眺めた。
「冷静な評価をありがとうございます。生きる希望が湧いてきちゃいます」
「食うなら、おまえの分も作るが?」
レンは具材にする山菜を刻みながら訊いた。
「へ?・・あ、えと・・嬉しいです。ぜひ、お願いします」
「異世界人の習慣は知らないが、床に座らずに椅子に座ってくれ」
「あ・・はい。なんだか、申し訳ございません」
ノルンがきょろきょろと小屋の中を見回して壁際の椅子に腰を下ろした。
「
「・・5年近いです」
「ずいぶん長いな」
レンは先に入れていた干した川魚を取り出して出汁を味見すると、刻んだ山菜を入れた。自作の酒と醤油を回し入れつつ味をみる。
途端、ノルンの挙動が不審になってきた。
いや、元々、かなりの挙動不審者だったが、食い入るようにレンの手元を眺め、鼻をひくひくさせて、立ち上がろうとしかけて座り、また立ち上がり掛ける。
「勇者召喚された異世界人は、こちらに来ると老いが止まると聴いた」
「・・ええ、こんなんですけど、今年で二十歳ですよ?信じられます?」
ノルンが苦笑した。どう見ても14、5歳といった外見である。
「あ、あああ、あのあの・・」
「なんだ?」
「貴方様の、その・・手にお持ちの茶色い物は、まさかの・・」
「味噌だ」
「みっ・・みしょ・・」
「モドキだが、それなりに味は良いぞ」
レンは炊きあがったオンジュの種を塩を振りつつ軽く握って皿に並べると、少量の味噌を着け、食卓代わりの机に置いた。隣に湯気のあがるお椀を並べ、木彫りの箸置きに、手作りの箸を載せる。
「簡単だが、無いより良いだろう。食べてくれ」
「あ・・うぅ・・」
ノルンが真っ赤な顔で胸の前で手を握ったり開いたりしながら固まっている。
「毒なんか入れてない。それに、おまえ不死だから平気だろ?」
「い・・頂きます!」
恭しく合掌して、ノルンが箸を手に取った。
すでに双眸に涙が
味噌の着いたおむすびを口に頬張り、お椀を口に含んだ頃には涙腺が決壊して、眼から鼻から色々流れ出ていた。
川魚の干物を焼いて出してやりながら、レンは苦笑を浮かべつつ、以前に出会ったことにある勇者の少年を思い出していた。
何かの不具合があったのか隷属魔法が解けかかっていて、色々と話を聴くことが出来た。あの少年勇者はまだ戦いをさせられているのだろうか。
気づくとノルンの汁椀が空になっていた。
「汁はまだあるぞ?」
「頂きます!」
ぐすぐすと泣きながらも、しっかり空にしたお椀を差し出す。
ちらと外を見ると、まだ遠いが雲が出始めていた。思ったより早く雨になるかもしれない。
(翡翠魚を獲ったら、この女を村に連れて行くか。頼めば、働き口くらいあるだろう)
レンは窓の格子を閉めて、竈に灰を入れて熾火にした。
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