第33話 背中に気をつけろっ!

 新しいダンジョンが出現した。

 場所は同じだから、復活したと言った方が良いのだろうか。

 ダンジョンマスターを退治してから6ヶ月が経っている。通常のダンジョンは1ヶ月で層変えと言われる異変が起こって、階層の形や横穴、縦穴の位置などが変化し、出現する魔物も変動する。

 それが起こらなかったから、村のダンジョンは枯死したのだろうと思われていたが、どうやら復活したらしい。

 村の青年団が調査で潜ってみたら、かなり手強い魔物が増えていたということだった。


「来ましたわぁ~!」


 黒いドレスの勇者が奇声をあげて拳を突き上げた。


「・・・あれ?旦那様?」


「なんだ?」


「いや、ほら・・なんだ?じゃなくって、こう・・どかぁっと喜びましょうよぉ」


「ダンジョンが嬉しいのか?」


「えっ!?だって、ダンジョンですよ?モンスター祭りですよ?」


「お方様、普通は生活を脅かされる危険な場所なのです。ここの村の人達はかなり例外的だとお考え下さい」


 エルフ族の聖女が控え目にたしなめた。


「ぬ・・ぬわっ!?」


 眼をひき剥いてノルンが振り返る。


「お方様、ダンジョンは逃げません。落ち着きましょう」


「う・・」


『地下迷路が楽しいのですか?』


 ソルノが素朴な疑問を口にした。


「楽しいか、楽しくないかじゃ無いのだよ、ソルノ君」


 黒いドレス姿の勇者が、ふふんと鼻を鳴らした。


「女には行かねばならぬ時があるのだ」


『そうなのですか』


「しかし、勘違いをして貰っては困るのだよ。わたしは戦いにはこれっぽっちも、1ミクロンの興味も無いのだ。ただ、ひたすらに、レベルアァァップがしたいだけなのだ」


 拳を振り上げて力説しつつ、ちらちらっとレン・ジロードへ視線を飛ばす。

 もちろん、無視された。

 レンは山で採った山菜や薬草などの数を数えていた。記録しているのは闇精霊だ。


「大旦那、村で頼まれた数は揃った。でも、カイゼの根はもっとあった方がいい」


「そうか。なら、まっすぐ村へ行かずに、石切場へ回って行こう」


「完璧」


 マールが小さな手帳を閉じて頷いた。


「村に行くんですぅ?」


 黒いドレスの勇者が、話に乗ってこない2人に割って入った。


「頼まれ物を届けるついでに、挨拶をして来ようと思う」


「大旦那、礼儀正しい」


「わたしも行って良いですか?もし、もしも時間が空いたら、ダンジョンにも寄り道して欲しいんですけども?あっ、帰りで良いんですよ?旦那様の用事が済んでからで・・」


「良いぞ」


「奥方、厚かましい」


「闇っ子は、黙らっしゃい!急務なんだからね?レベルアップ、待った無しなのよっ!」


「焦る、良くない」


「あ、焦ってなんか無いしぃ?いつものクールなビューティだしぃ?」


「汗、拭く。ビューティ台無し」


「むきぃーーー」


「そんなに急いで強くならないといけないのか?この辺に、おまえに勝てるような魔物は居ないと思ったが・・?」


 レン・ジロードが素朴な疑問を投げかけた。


「ふっ・・ふふ・・これだけは殿方には申し上げられませんわ」


 ほつれ髪を掻き上げながら、黒いドレスの勇者が汗を拭くフリをして、そっと涙を拭った。


「お方様・・」


 エルフ族の聖女カリンが涙ぐむ。


「奥方は、大旦那に相応しい女になるために頑張ってる。助けるべき」


「ん?・・まあ、ダンジョン行くくらいは良いんだが、ダンジョンに行ったからって、女の値打ちが上がるわけじゃ無いだろう?」


「大旦那が手伝う。みんなが幸せになる」


 闇精霊が無理矢理にまとめようとする。


「・・ふうん?」


 首を傾げながらも、レンはそれ以上は追求しなかった。ダンジョンに行くくらいは大した手間じゃない。


「村でそういったダンジョン関係の依頼があるかもしれない。必要な装備品は各自準備しておいてくれ」


『よく分かりませんが、ソルノはどう致しましょうか?』


「村で紹介しよう。一緒に来てくれ」


『承知しました』


「ええと・・旦那様に、わたし、カリンとマール、ソルノと・・ルシェちゃんで、6人パーティね」


「奥方、何してる?」


「パーティ登録よ。こうしておかないと、旦那様が斃した魔物の経験値が貰えないもの」


「・・・さすが、黒の勇者」


「やだなぁ、よぉく考えるのよマールちゃん?殺伐とした薄暗い地下の洞穴よ?いくら旦那様がお強くても、気持ちが鬱ぎ込んじゃうでしょう?そんな時、わたし達が居たら華やかでしょう?お気持ちだって明るく和むと思うわ。どう?すっごく役に立ってるじゃないの?」


「奥方、マールは哀しい」


 闇精霊が肩を落とした。


「な、なによっ!?なんだっての?文句あんの?」


「奥方、頑張る。応援してる」


「お?おぅ・・そりゃ、頑張るけどさ?いや、頑張ってるよ?何て言うの?もう、裂けちゃうくらいに頑張ってるよね?」


「心の底から、がっかり」


「マール、敵は前に居るとは限らないのよ。せいぜい、背中に注意することねっ!」


 黒い日傘を手に、ノルンが睨みを利かせる。


「あぃっ・・た!?」


 勇者の背中に何かが当たって落ちた。

 方錐形の金属片がついた短い棒である。棒の反対側には鳥の羽が付けてあった。


「これって・・矢?」


 眼を大きく見開いて、ノルンがカリンを見た。


「矢ですね。わりと質の良いやじり・・短めの造りからして弩弓でしょう」


 エルフ族らしく、弓矢には詳しい。


『魔法が付与されております。猛毒と呪詛ですね』


 ソルノが矢を拾い上げて言った。


「解説ありがとうございまぁ~す。それで?なんで、わたしがその猛毒と呪詛のついた矢で撃たれてんの?ねぇ?なんで?」


「勇者なら大丈夫」


「いや・・チクってしたからね?体が大丈夫でも、心は泣き叫びたがってるからね?」


「お方様、弩弓はプレートアーマーにも突き刺さるほどに強いのです」


「だから、何?」


「いえ・・」


 カリンが額に当てた指を外へ向けて払った。探査の法円が聖女を中心に波紋のように拡がって行く。


「・・何だか多いです。50人近い数の・・これは、ニーグ教団ですね」


『襲撃者ですか?』


 ソルノが小屋の外へ双眸を向けた。


「ルシェさんが襲いかかったようです」


 カリンが眼を閉じたまま呟いた。


「ニーグ・・確か、殺人教の・・?」


 ノルンが記憶を辿る表情で訊いたが、それに答える者は居なかった。

 唯一知っているだろうカリンが法術に集中していた。

 他の者は、まったく知らないし、興味も無い。

 レンなど、黙々と戸締まりの確認やら、持参する酒の準備などやっていた。


「準備が出来たなら行こうか?」


 レンに声を掛けられて、ノルンがカリンを見た。


「片付いたようです」


 カリンが頷いてみせる。


「よぉ~し、では参りましょう!レッツラゴ~です」


 勇者が拳を突き上げた。

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