第34話 愛ゆえに・・・

 例によって、暗いだの、気が滅入るだの、太陽が見たいだのと不平を鳴らし始めた黒い勇者を放置して、一行はダンジョンをどんどん潜っていった。

 ダンジョンも50階を超えた辺りで、魔黒馬のルシェが馬の形をとれるようになった。これは嬉しい出来事である。

 闇精霊の解説によると、レベルが上がったことで、薄い魔素の中でも馬の姿を保てるようになったらしい。

 ルシェの方も心待ちにしていたらしく、レンに体をすり寄せるようにして、しきりにじゃれついていた。相当に大柄な黒馬だが、レン・ジロードの巨躯には丁度良い。

 漆黒の艶やかな馬体に、青白い色の鬣と長い尻尾が美しい。


「でもさ、なんで馬なのに角があるの?黒いからユニコーンじゃないよね?」


 暇を持てあました勇者が黒馬に話し掛けている。

 この魔界の馬は、額の辺りから真珠色の長い一角を生やしていた。


「お方様、何か来ます。お気を付け下さい」


 不意に、カリンが声をあげた。


「へ?」


 顔を向けたノルンめがけて黒い影のようなものが襲いかかった。

 咄嗟に開いた日傘に激しい衝突音が鳴る。

 日傘に当たって弾むように跳んだ黒い物体は、大きな蝙蝠のようだった。空中で姿勢を整えると真上からノルンに襲いかかる。


「ポチッとな」


 ノルンが日傘の手元にある小さなボタンを押した。

 

 ポンッ・・・


 可愛らしい音が傘の先の方で鳴った。黒い霧のようなものが噴射されている。


 ・・ギィアアァァァァァ・・・・


 この世のものとは思えない悲痛な絶叫が木霊した。

 上から襲いかかろうとしていた黒い何かが、まともに黒い霧を浴びてしまったのだ。

 劇毒である。

 地面に落ちて苦悶する大きな蝙蝠が、それでも何とか毒に耐えたらしい。

 実は、毒は10秒で効果が消えるよう、レンが調整したのだ。

 

「愚かさを悔い改めなさい」


 日傘を畳んだ黒いドレスの勇者が、ボタンをぽちぽちと連射し始めた。

 大蝙蝠の苦鳴が洞窟内に木霊し続けた。

 

「天誅ぅーーーー」


 ぐったりと弱まった大蝙蝠を、黒いドレスの勇者が野球のバットのように日傘を振り回して殴り打った。衝撃で半壊しながらも、打ち飛ばされた大蝙蝠が綺麗な放物線を描いて硬い岩肌にぶつかって落ちた。


「奥方、格好いい」


 マールが持ち上げる。


「むふん」


 ノルンがにんまりと相好を崩す。


「お方様、さすがです」


「のほほ」


『次が来ました』


「へ?」


 振り向いた顔に大蝙蝠が抱きつくようにして襲いかかった。


「へぶぅっーーー」


 顔面を直撃されて後頭部から地面に倒れる。そこへ、竿立ちに前脚を振り上げた魔界の黒馬ルシェが迫った。

 重々しい音が鳴って、大蝙蝠ジャイアントバットが踏みつぶされた。

 勇者も踏みつぶされた。


「お方様・・」


 エルフ族の聖女がそっと涙を拭った。


「蝙蝠、違う・・吸血鬼」


 闇精霊がルシェに踏みつぶされた大蝙蝠を見たまま呟いた。


「えっ・・吸血鬼ヴァンパイア?」


 カリンが慌てて聖術の準備を始めた。


「おんどりゃぁぁぁぁぁーーーー」


 復活した勇者が、咆哮をあげて日傘で大蝙蝠を乱打し始めた。その日傘に、カリンが聖術を付与すると、たちまち効果が現れて大蝙蝠が灰となって崩れ去っていった。

 

「うおぉぉぉぉぉーーーー」


 燃え上がったノルンが、そのまま光る日傘を振りかざして突撃を始めた。

 しかし、すぐに、そのままの勢いで逃げ戻って来た。

 奥から、いかにも吸血鬼ヴァンパイアですといった姿形の、黒いマントの人影が一つ二つと数を増やして近づいて来る。いずれも、自信に満ちあふれた尊大な顔付きの美男美女達である。


『いただきます』


「えっ・・ソルノちゃん?」


 ノルンが声の主を振り返ろうとした時、黄金色の幕が宙空を舞うように伸びて、吸血鬼の集団を包み込んだ。ほぼ瞬時にして、すべての美男美女が溶解して消え去っていた。


『ご馳走様』


 黒髪のエルフっぽい美女が軽く眉をひそめながら呟いている。あまり、美味しくなかったらしい。


「ねぇ・・カリン」


「はい、お方様」


「何かさぁ・・わたし達って、スライムに負けちゃってない?」


「戦闘能力という点では完全に負けています」


 エルフ族の聖女が素直に感想を述べた。


「うぅん・・そんな感じよねぇ」


「奥方、全敗」


「はぁ!?な、なに言っちゃってんの?この闇っ子!」


「ソルノ、家事全般、とても上手」


「むぐ・・」


「よく気がつく」


「ぐ・・」


「料理は出来ない。それは、奥方と同じ」


「くっ・・」


 黒いドレスの勇者が膝から崩れた。


「す・・スライムに負ける勇者って・・」


 肩を震わせるノルンの背を、カリンが優しく撫で擦る。


「大丈夫です。お方様・・表だった能力など、お方様の魅力の一部でしかありません」


「・・・何があるの?」


「大旦那様は、お方様を好ましく思っていらっしゃる。それで良いではありませんか?」


「ねぇ、何があるの?わたしの魅力を教えて?」


「それは・・もちろん、お美しい事と・・」


「チート美人なエルフに言われたくないわぁ」


 黒いドレスの勇者が、拗ねた眼でエルフ族の聖女を上から下まで眺め回した。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。手足は細くて長く、繊細に整った涼やかな小顔・・・。


「えと・・お裁縫がとてもお上手で」


「・・それって、魅力になってる?良い女をアピールできてる?本気でそう思ってる?」


「大変お元気で快活なところなど、男性に好まれるのではないでしょうか?」


「おしとやかな方がモテるよね?リアルで快活とか・・ただの五月蠅い女でしょ?」


「・・・申し訳御座いません」


「謝られたっ!?」


 驚愕の表情で眼を大きく見開いた黒いドレスの勇者めがけて、巨大な影が降って来た。


「あ・・へ?」


 見上げた視界いっぱいに、ゴツゴツと岩のような体をしたドラゴンが迫っていた。

 寸前で、横合いからレンが腕を伸ばしてドラゴンの喉首辺りを捕まえると脇へ放り投げた。ジャンボジェット機がノンブレーキで壁に激突したような賑やかな音と震動がダンジョンを騒がし、一匹のドラゴンが他界した。


「あ・・ありがとうございますぅっ!」


 感激を装って、黒い勇者がレンの巨躯に抱きついた。

 

「危ないぞ?」


「えっ?」


 別のドラゴンが吐いた爆炎が二人を包み込んだ。

 人型の松明のように燃え上がって地面を転がる黒いドレスの勇者と、着衣すら焦がしていないレン・ジロード。


「不死と分かっていても、自分の女を焼かれるのは気分が悪いな」


 小さいがはっきりとした呟きを残して、レンがドラゴンめがけて向かって行った。


「とうっ!」


 物凄い速さで再生した黒いドレスの勇者が、真っ赤に紅潮した顔を日傘の下に隠しつつ、


「皆さん、お聞きになられました?旦那様の、"愛"が籠もったお言葉を?」


 くるりと後ろを振り返って、カリンに向かってガッツポーズを見せた。


「お方様、お見事でございます!」


 エルフ族の聖女が感涙の涙を流した。


「奥方、根性が魅力」


 闇精霊が感心したように呟く。

 遠くで、軽く怒ったレン・ジロードによって、地龍がずたずたに引き裂かれて物悲しい悲鳴を上げていた。

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