第35話 ダンジョン・ダンジョン

「サクッと退治して経験値にしちゃいましょう!」


 黒いドレスの勇者が元気に提案した。


「いや、まずは対話をしてみよう」


 レン・ジロードの目の前に、引きつった顔の魔人が転がっている。人間ならば、30歳前後くらいの外見で、両耳は尖り、額には小さい角が2本生えていた。肌の色が赤銅色をしていて髪は黒い。

 場所は言うまでもなく、ダンジョンの最下層にある小部屋の中だった。

 

「名はあるか?」


 レンの問いかけに、ダンジョンマスターの魔人が黙秘で応じた。


「残念だ」


 レンの大剣が振り下ろされて、ダンジョンマスターを両断した。


「旦那様、対話がどうとか・・」


「対話しただろう?」


「え・・ええ、うん・・はい、わぁぁ~、凄い経験値来ましたぁ~」


 ノルンが拳を突き上げて飛び跳ねた。その場に居る、カリン、マール、ルシェにソルノも、身体能力の急激な底上げを感じて戸惑ったように落ち着かない様子だ。


「大旦那、容赦無い」


 闇精霊がぽつんと呟いた。


「そうか?」


 レンは魔人が遺した黒い珠を拾い上げた。


「・・ふん」


 珠を握りつぶして粉々に砕く。


「これでダンジョンも死んだか?」


「まだ・・生きてる。おかしい」


 マールが首を傾げる。


「すると、今の奴はダンジョンマスターじゃ無かったのか?」


 レンは、肩に担ぐように大剣を握ったまま足元の岩肌から天井まで見回した。


 他に見落とした部屋など無いはずだったが・・。


「マール?」


「・・気づかなかった」


 闇精霊が首を振る。


「ソルノはどうだ?」


『枝道など無かったと思います』


「ルシェ?」


 レンは黒馬を見たが、軽くいなないただけで項垂れるように下を向いた。


「・・カリンとノルンはどうだ?」


「さ・・最後っすかぁーー」


 この世の終わりといった風情で、黒いドレスの勇者が崩れ落ちた。


「で?」


「もちろん、分かりませんでしたっ!」


「わたしも、気づきませんでした」


「少し、足元を削ってみるか」


 レン・ジロードは、ちらと足元の岩肌を見た。

 すうっと申し合わせたように、パーティメンバー全員が距離を取った。

 レンは、大剣を無造作に足元へと振り下ろした。

 硬質な何かが切断される寒気のするような音に続いて、重たい地響きが足下深くへと浸透して奔る。


「あっ」


 闇精霊が小さく声をあげ、ソルノと顔を見合わせて頷いた。


「おほぉぉぉーーー」


 黒いドレスの勇者が、レベルが上がったと言って、日傘を上下させて喜びの舞いを始めている。


「大旦那、下に別のダンジョンがある」


「ほう・・?」


「とても珍しい」


「行けるか?」


 レンは足元を見た。


「大旦那、剣を振る。向こうから来る」


「ああ・・なるほどな」


 マールの助言に、レンは笑顔で頷いて大剣を振りかぶると、素振りでもするかのように、足元めがけて規則正しく繰り返し振り下ろした。


 下方にあるダンジョンに生息する魔物からすれば、大惨事である。

 遙かな上方から、当たれば即死の重たい衝撃波が降り注いでくるのだ。

 悪夢のような範囲攻撃の嵐がダンジョンを襲った。


「こんなところか?」


 レンは、大剣を振るのを止めて、反応を待つことにした。


「大旦那、やり過ぎた」


「ん?」


「ダンジョン、死んだ」


 マールがぽつんと呟いた。


「・・マジですかぁ!?」


 呆れ声をあげたのは、例によってノルンである。


『下から何か来ます』


「奥方、当たる。危ない」


「えっ!?」


 マールに言われて、ノルンが大急ぎで立っている場所を移動する。

 直後に、巨大な槍穂が岩肌を引き裂いて突き上げられた。


「てぇっ!」


 ノルンが黒い日傘で殴りつけた。

 サイズ的には、サイクロプスなど巨人族が使うような長槍だろう。穂先は三つ叉に別れていて、それぞれが蛇身のようにうねった形をしていた。

 黒い日傘は、そんな大槍をしっかりと受け止めた。

 つまり傘の強度に問題は無かった。

 問題だったのは、三つ叉の穂先の隙間に日傘が挟まるように入った事・・。

 黒い日傘と三つ叉の大槍が打ち合わされた時には、槍穂は黒いドレスの勇者をしっかりと貫き徹してしまっていた。

 技量の問題である。

 

(やれやれ・・)


 レンは大剣の一振りで、槍の穂先を断ち斬ると、串刺しになった哀れな勇者から槍穂を引き抜いた。


「大旦那、その槍は・・」


「ん?」


「たぶん、切ったら勿体ないやつ」


「なにが?」


「この世に幾本も無い、貴重品」


「・・・これが?」


 レンは、地面に転がった巨槍を眺めた。


「狙った獲物を逃さない。どこまでも追いかけて刺さる呪槍」


「呪槍?」


 レンは勇者から引き抜いた三つ叉の穂先を眺めた。


「の・・呪いっ!?わたし、呪われたの?ちょっと、ヤバいんじゃない?」


 ノルンが騒ぎだす。


「奥方、大丈夫」


「いや、根拠無いわよね?何となく言ってるでしょ?」


「根拠ある。元気な奥方が証拠」


「いやいや、空元気だからっ?めっちゃ痛かったからね?もう、びっくりするくらいな激痛だかんね?」


「おまえ、呪いも平気なのか」


「えっ?ちょ、旦那様?全然、平気じゃないんですよ?ほら・・この辺からグサッ・・て刺さったんですよ?ノルンは凄く痛かったんですからぁ・・」


 ノルンがヨロヨロとよろめいてレンの腰の辺りに抱きつこうとした。

 瞬間、レンが素早く跳びすさった。


「えっ!?」


 スカッと空振りした手を宙に泳がせた黒いドレスの勇者めがけて、真下から新たな巨槍が突き出された。

 今度は、ほぼ直下からである。

 まさに、串刺しであった。

 ルシェが跳ね、カリンがひらりと回避する。巨槍はソルノにも、マールにも襲いかかったが、すべて空振りした。

 そして、レンの大剣によって、叩き斬られて地面に転がった。

 レンは、勇者を串刺しにした巨槍を掴んで、一気に地面から引き抜いた。

 一瞬だが、わずかな抵抗感がある。

 何物かが槍を握っていた手を離した感じがした。それへめがけて、レンの大剣が振り下ろされた。

 ぬるりと影から逃れ出るようにして黒い染みのようなものが姿を見せる。

 レンの大剣はその染みを半ばで断ち斬っていた。

 獣じみた絶叫がダンジョンを震わせる。そこへ、レンが握っていた巨槍で串刺しに貫いた。


「あ・・」


「大旦那、惨い」


「お方様っ!」


 巨槍に刺さったままだった黒いドレスの勇者が色々と大変な事になっていた。

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