第32話 素敵な日常♪

『大旦那様、本日のモノに御座います』


 黒いメイド服姿のソルノが黄金色の金属塊を手にレン・ジロードに声をかけた。


「おう、毎日済まないな」


 作業場に籠もっていたレンは、手を休めて戸口のソルノを振り返った。

 外見は、黒い髪をしたエルフである。黒いドレスの勇者によって、かなり誤った知識や常識を刷り込まれている気配はあったが、元になったカリンのおかげが、メイドとしては有能だった。


『十分な対価を頂いておりますから』


 ソルノが微笑みながら、作業台脇の素材置き棚に黄金色の金属塊を並べて置いた。


「おまえの知識が役立った。このじゃじゃ馬も、どうやら手に負える」


 レンは作業台に置いた金属の厚板を見ながら口元を綻ばせた。その横顔を嬉しそうに見つめて、ソルノは一礼を残して退室して行った。


「むむ・・できる女、ナンバーワン」


 棚に座っていた闇精霊が腕組みをして唸った。


「女もなにも・・始原スライムなんだろ?」


「大旦那、姿は心。今のソルノは女」


「ふうん?」


 レンは苦笑気味に首を傾げた。


「ただ、役に立つという点は文句無しだな」


「マールも認める。料理以外は非の打ち所が無い」


「わずかな生気で、あれだけ働いてくれるんだ。儲けものだったな」


 レンは仕上がった金属板を、身を屈めて水平に目視しながら言った。


「大旦那、あれはわずかな生気と言わない」


 真似をして水平位置から金属板を見ながら、マールはふわりと飛んで右端の辺りを指さした。


「お・・確かに、少し厚いか」


「光りの加減かもしれない」


「ふむ・・いや、わずかだが厚いな」


 レンは束子状の道具で、静かに表面を削っていった。


「どうだ?」


 問われて、マールが水平位置に戻って眺める。


「完璧」


「よし・・これで最後の板だ。午後は組み上げてみるか」


 レンは巨躯を大きく伸ばしながら、マールを連れて作業場を出た。

 掃除をしていたソルノが立ち上がってお辞儀をした。


「午後は作業を手伝ってくれ」


『承知しました』


「さぁて、このところ魚続きだったから、今日は肉でも食べるか」


「大賛成」


 レンは地下への扉を引き開けて降りて行った。


 熟成の進んだ飛竜の肉が食べ頃だった。シチュー用に角ウサギの肉と根菜をマールに運ばせ、熟成肉には下味をつけてから運ぶ。


 シチューの味がほぼ調った頃、


「大旦那、奥方がパンを焼きに来た」


「ん?そうか、丁度良かったな」


 色々な角度で串をいれた熟成肉を抱えてレンは上にあがった。

 むふん、と胸を張ったノルンが、カリンに発酵させたパンを並べた箱を持たせて小屋に入ってきた。パンとお菓子作りに熱中しているらしく、ちょくちょく小屋にある石窯を借りにやって来るのだ。

 手慣れた様子で、石窯に火を入れパンを焼きながら、


「ジャムもありますよぉ」


 黒いスカートのヒダから瓶を取り出して頭上にかざす。


「美味そうだな。天気も良いし、外に食卓を出そうか」


『畏まりました』


 ソルノが軽々と食卓を持ち上げて運んで行く。鍛冶仕事の余った金属で造った頑丈な造りのテーブルだ。洗練された見かけデザインとは裏腹に凄まじく重い。


「阿呆かって言うくらいにレベルあげて・・ポッと出のスライムより腕力が弱いって、どうなのよ?」


 黒いドレスの勇者が自分の腕を見ながら、ぶつぶつ言っている。


 パンの焼ける良い匂いが小屋中に漂い始めた。


「簡単にステーキにしよう。焼き方はどうする?」


「レア」


「ミディ」


「ミディ」


 即座に声が返る。

 間を置かずに、鉄板で肉が良い音を鳴らし始めた。


「茶の用意を頼む」


「アイアイサー」


 ノルンが敬礼した。


「熱いぞ、気をつけろ」


「マールに任せる」


 闇精霊が鍋を運んで飛んでゆく。持つと言うより、魔法か何かで浮かべているらしい。


「お方様、そろそろかと」


「じゃ、取り出して籠に盛っちゃおう!」


 お茶の色を見ながらノルンがカリンに声を掛けた。


「レア、あがるぞ」


 レンの声に、ノルンがお茶をカリンに任せて飛んできた。

 用意の皿に、冗談みたいに大きく分厚い肉がどすりと置かれた。


「ふおぉぉぉっ!」


 歓声をあげて、宝物でも抱えるように、大皿を持ち上げて外へと運んでゆく。


「ミディ、いくぞぉ」


「はい」


「はいっ!」


 皿の前で待ち構える2人の前に、脂鳴りをさせながら肉が置かれた。最後にレンの肉を皿に載せると片手をソルノへ差し出した。


「おまえも食べておけ」


『・・で、では・・失礼します』


 喜色を押し殺しながら、ソルノがそっと手を繋いで眼を閉じた。すぐに陶然とした表情でぶるっと体を震わせて半ば腰砕けに近くの椅子に座り込む。


「そんなもので良いのか?」


『じゅ・・十分です。凄かった・・』


 放心したように呟くソルノをそのままに、レンは外に出ると、うずうずと待ち構える3人に苦笑しつつ席に座る。

 食卓の中央には、焼き立てのパンが積まれ、3種類のジャムが皿に小分けに置かれている。湯気をあげるシチュー皿も人数分揃っていた。


「さあ、食べようか」


 レンはナイフとフォークを手にとった。


「いただきまぁすっ!」


 黒いドレスの勇者が両手を合わせて気合いの声を放った。

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