第31話 着せ替え人形?

「ふおぉぉぉぉぉ、それ何ですかっ!?」


 シダンの実と格闘していた3人がレンの連れ帰った黄金の何かを前に声をあげた。


「熊の胃から出てきた」


「この子、食べられちゃってたんですか?」


「スライムとは違います。何でしょう・・・その、魔物の気配を感じるのですが?」


 エルフ族の聖女が妙に真剣な眼差しで見つめる。


「気配?」


 レンは抱えている黄金の何かを見た。真ん丸な単眼が、きょろっと移動してレンを見上げた。


「大旦那、名前付ける」


 黙って見ていた闇精霊が、近寄ってきて耳元で囁くように言った。


「名前を?・・ふうん」


 レンはしばらく黄金色の何かを見つめて考えると、


「ソルノ・・かな」


 真ん丸な単眼を眺めたまま言った。


 途端、レンの腕の中で金色に眩く輝いた。


『ソルノ・・私は・・・ソルノ』


「おぉ・・喋った。喋ったよ、この子」


「産まれたばかりで、よく喋れるな」


 レンは感心したように呟いた。


『ソルノ・・休止していた』


「・・もしかして、赤ん坊じゃないのか?」


 レンは、3人が剥いたシダンの実を確かめながら訊いた。

 みんな頑張ってくれたらしい。小さな実が綺麗な黄緑色を見せていた。


「熊の肉も獲れたし、話は食べてからにするか」


 レンは小屋に入ると、ソルノを椅子に置いて、竈の灰を別けて熾火の上に炭を並べた。火が強くなるまでの間に、分厚く切った熊肉を金串に刺して酒にシダンの実を混ぜたものに漬け込んでゆく。


「ソルノちゃんも、肉食べれるんですか?」


 ノルンの問いかけに、


『ソルノは生命エネルギーを食事とします』


「口はどこにあるの?」


『表面すべてが口という器官の代わりになります』


「生命エネルギー・・・ライフドレインですか?」


 カリンの言葉に、


「ひょっ!?」


 黒いドレスの勇者が仰け反った。わたわたと後退って距離を取ろうとする。


「落ち着く。ソルノは大旦那が名前をつけた。大旦那には逆らえない」


『大旦那・・?』


「あの大きい人。名前は、レン・ジロード。わたし達のご主人」


 マールが指さした。


『レン・ジロード・・私に名前をくれた人』


「大旦那に逆らっちゃ駄目。退治される」


『名前をくれた人には逆らえない。ソルノは忠実です』


「生気は、この黒い服の人に貰うと良い」


 マールがふわりと飛んで黒いドレスの勇者の上に移動して頭をぽんぽんと叩いた。


「へ?」


 ノルンが眼を見開いた。


「ぐっ・・ボォォォ・・」


 ソルノの体が薄い膜となって拡がり、投網でも被せるようにして黒いドレスの勇者を包み込んでいた。呼吸が出来ないのか真っ赤な顔で、ばたばた手足を暴れさせるが、みるみる萎れて干物のようになっていった。

 ややあって、ペッ・・と吐き出された干物ゆうしゃがひらひらと床板に落ちた。


『あまり、美味しくありません。量も足りません』


「ソルノ、それは大旦那の奥方。大切な人」


『えっ!?』


「ソルノ、名付け親の奥方を食べた。忠実というのは偽り」


『そ・・そんなっ!?ソルノはそんなつもりは・・』


「でも、奥方は大丈夫」


『・・え?』


「うぅ・・死ぬかと思ったわ。よくも、やってくれたわねぇ」


 黒いドレスの勇者が元通りに蘇ってマールを睨み付けた。


「マールじゃない。やったの、ソルノ」


『え・・ち、ちが・・違いませんけど、ソルノはそんなつもりでは・・名付け親の奥様を害したりするつもりはありませんでした』


 どこかションボリとした雰囲気の声が聞こえてくる。


「あらあら空耳かしらぁ?美味しくないとか言ってたわよねぇ?」


 ノルンが怒りでに眉根を寄せながら、ソルノの単眼を覗き込む。


『・・・申し訳御座いません』


 黄金色のスライムの中で、目玉が下を向いた。


「生気は、大旦那に頼む。ちゃんと頼めば大丈夫」


『そんなっ・・畏れ多いことは出来ません』


 伏せ眼がちになりながらも、ソワソワと黄金色の体を震わせている。


「大丈夫、大旦那は心も体も大きい。礼を尽くして頼む」


『礼を・・?』


「食事にも作法ある」


『作法・・言葉の意味は理解できますが、ソルノは人間の作法を行えません』


「カリンに習う」


 闇精霊マールが、エルフ族の聖女を指さした。


「えっ?」


「カリンは、わたし達の中で一番、良い作法を知ってる。カリンを真似すれば完璧」


 マールにべた褒めされて、エルフ族の聖女が顔を赤らめながら頷いた。


「私のる、所作や作法であればお教えできますよ」


『では・・お言葉に甘えて、お願いします』


 黄金色のスライムが、薄い膜となって拡がり、投網でも被せるようにしてメイド服の聖女を包み込んでいた。呼吸が出来ないのか真っ赤な顔で、ばたばた手足を暴れさせるエルフ族の聖女カリンは、やがて真っ青になって白目を剥いた。

 そこで解放された。


「干物にならないじゃん?」


 ポツリと黒い勇者が呟いた。


『解析できました。擬態を開始します』


 小さな宣言と共に、黄金色のスライムがみるみる形を変じて、すらりとした女体を象っていった。

 見事に瓜二つの、エルフ族の聖女がそこに出現していた。ちゃんと、メイド服まで再現されている。


「ほわぁぁぁぁ・・なんじゃこりゃぁ」


 黒い勇者ノルンが腰を抜かしたように尻餅をついて声をあげた。


『擬態です。奥方様』


「完璧過ぎて、気味が悪いわ・・声まで同じじゃんか!」


『どこか問題が御座いますでしょうか?』


 カリン2号ソルノが首を傾げて見せた。


「そのまんまじゃ、呼び間違えそうだし・・・もしかして、色とか自由に変えられるの?」


『はい』


「じゃ、髪は真っ黒にして、艶々な黒よ」


『承知しました』


「おほぅぅぅ・・綺麗な黒髪っ!実に、羨まけしからんでおじゃるぅ~」


『これで宜しいですか?』


「まだよ。眼の色も、同じような黒ね。それから、メイド服もここを黒、このラインは白ね。あっ・・ここの飾りは金がいいわ」


 ノルンが細かく指定してゆく。

 ソルノも言われるまま、忠実に色を変じていった。

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