第30話 新顔さん、いらっしゃ~い。
「何か、お手伝いは御座いますでしょうか?」
先日の昼餉で、マールが美味しい思いをした事で始まった儀式である。
「大丈夫、マールに任せる」
闇精霊が完全ブロックしていた。
「奥方、修行に専念する」
「えぇ~?別にそんなに急いで無いしぃ?」
「そうですよ?マールさんだけにお手伝いさせるのは申し訳ないですもの。お方様とわたしもお手伝いさせて下さい」
「大旦那、食材獲りに行った。マール、留守番」
「・・・さっき、小屋に戻ったところを見かけたんだけど?」
「ちっ、
「何かしら?」
「さすが奥方、よく見てる」
「それで、旦那様はどこ?」
「実は何か考え事をしてる。邪魔できない」
「ふうん?」
「マール、嘘つかない」
「・・・そう?」
「奥方、信じる」
マールが戸口を塞ぐように、右に左にふわふわ舞いながら行く手と視界の邪魔をする。
そこへ、
「お?来てたのか?」
レンが奥の寝室から出てきた。
「マールちゃん?」
「マールさん?」
2人の視線を浴びて、
「いや、さっき戻って、少し休んでたからな。マールが気を利かせたんだろう」
レンが状況を察して苦笑する。
「まあ、そうだったんですか。それは・・・でも、わたし達は別に騒いだりしませんよ?」
「そうですよ?ちゃんと、そう教えて頂ければお休みの邪魔など致しませんわ」
「マール、反省した」
ぺこりと空中でお辞儀した。
「2人とも手空きなのか?」
レンの問いかけに、勇者と聖女が大きく頷いた。
「なら、シダンの実を
レンは抱えていた籠を差し出した。一つ一つが小さくて、かなり根気のいる作業なのだ。おまけに、爪の隙間が薬草臭くなるというおまけ付きだ。
オンジュに炊き込んだり、すり潰して魚を焼くときに付けても美味しいのだが、その作業が面倒で敬遠しがちだった。
「マールに任せる」
「わたし達も、やらせて頂きます」
3人が引き受けてくれたのは大助かりだ。
「良い熊が獲れたから血抜きをしてくる。上の湖に居るから終わったら、剥いた実を持って来てくれ」
「熊」が脳内で「肉」に変換された3人が燃え上がる。
剣の試し斬りで、熊を獲って来たのだった。
思った以上に、良い仕上がりだった。重さのバランスも良く、強度も斬れ味も問題が無い。龍で試そうと思ったのだが、残念ながら龍を見付けることが出来ずに、熊になってしまったが、それでも試し斬りとしては十分だったろう。
(
そうは思うものの、こちらの都合で、ほいほい現れるようなものでは無い。
山上の湖に着くと、流れ出している氷水を手に掬って口に含む。
(さて・・)
周囲を見回して広さを確認すると、腰のポーチから大きな熊を引っ張り出した。
長く太い剛毛に全身を覆われた巨大な熊だ。小山のようなという表現が、比喩では無いほどに大きい。
同じく、ポーチから取り出した長槍の先にフックを付けたような道具を熊の肛門に突っ込むなり、腸を絡めるようにして一気に外に引きずり出した。とは言っても、通常の生き物とは違って、この手の魔獣は腸が極端に短い。代わりに異常に吸収が早いのだろう。
その巨体に比べれば、ずいぶんと短い腸を外へ引きずり出すと、引っ張られて顔を覗かせた胃袋の底を紐で縛って、腸だけを切り取った。
それから、解体に取りかかった。
肝の端を縛って別の容器へ入れ、心臓の血を小瓶に貯める。魔獣特有の魔素石を取り除いたら、残る臓器は大きな容器へ流し入れて、皮剥ぎの開始だ。道具を川の水で洗いつつ、皮を剥ぎながら脂を缶へ入れてゆく。
(さすがに時間がかかったな)
手慣れたレンでも、1人で解体作業を終わらせるまでに1時間近くもかかってしまった。肉にしろ、臓物にしろ、容器に入れたら、すぐに腰のポーチに収納してある。時間で傷む心配は無いのだが・・。
皮の処理を念入りに終えてからポーチに収納し、代わりに臓器を入れた大きな容器を取り出した。仕分けと洗浄をやるつもりだ。ほぼ捨てることになる部位だった。
(・・ん?妙に大きいな)
胃袋がやたらと大きい。
レンは、胃袋だけを別容器へ移すと、胃を切り開いてみた。
(石・・卵か)
ごろんと、大きな卵が出てきた。高さがレンの胸の高さほどもある。岩肌のようなゴツゴツとした表面をした卵だ。この熊の胃液でも溶けなかったところを見ると、酸に強い殻なのかもしれない。
かるく、コンコンと小突いて殻の厚みを確かめてみる。
(結構、分厚いな)
だが、もう目玉焼きにできる時期は過ぎているようだ。中は孵る直前の状態だろう。そういう状態のヒナを好んで食べる人間もいるが、レンの好みでは無い。
胃の内容物を確かめてみると、溶けかけた骨に混じって、黄金の塊のような物が見つかった。拾い上げると、見た目の大きさとは逆に、とても軽かった。
(ふうん・・)
金属の質感だが、粘土のような柔らかさだ。
(妙な物だが・・何だろう・・面白そうな感じだ)
加工もしやすいだろうし、飾りに良いかもしれない。
丁寧に臓器の洗浄と仕分けをやり、分別して収納すると、レンは大きな卵を抱えて山路を小屋に向かって降り始めた。
・・コン、コン・・
卵を抱えた耳元で音が聞こえた。
(・・・まさか、もう孵るのか?)
レンは卵を地面に置いて、拳でコツコツコツと表面を3度小突いた。
真似でもするかのように、中からも3回、コンコンコン・・と音が返る。
(何かは知らんが・・)
レンは卵の上部を拳で打ち割ってみた。
(・・ん?)
卵だし、中身は鳥かトカゲだろうと想像していたのだが、
(なんだ・・こいつ?)
薄暗い中で、光る眼が見上げていた。
しばらく、卵の外と中とで見つめ合っていたが、レンは殻を手で破って中に居たモノを摘まみだした。
それは、ドロリとした何かだった。
(・・なに?)
黄金色をした液体というか、粘度の高いゲル状の何かというべきか。いわゆる、スライムと呼ばれる物に限りなく近いのだが、こいつには眼があった。ほぼ真ん丸な単眼が一つ、体の中に浮かぶようにして漂っている。摘ままれたまま、じっと動かずにレンを見つめていた。
(スライムは掴めないからな・・違うやつなのか?)
首を捻りつつも、摘まんだままというのも持ちにくいので、片腕に抱いて運ぶことにする。
「なんだ、体温があるのか」
少し温かい。ヌルヌルした感じなのだが、衣服が濡れるわけではなく、形が崩れて落ちて行くわけでもない。
(まあ、何かよく分からんが・・)
熊に喰われていた卵から出てきた魔物だ。これも縁だし、飼ってみるのも良いだろう。スライムのように何かの役に立つかもしれない。
「何を食べるのかも分からないけどな・・」
レンは片腕に黄金色の粘液っぽい何かを抱いたまま、ぶらぶらと山路を帰って行った。
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