第29話 酒と魚と肉とニク
勇者が、聖女に弟子入りした。
マールが観察したところによると、聖術を習っているらしい。
「服を縫う時くらいに真剣」
闇精霊のマールが感心していた。
気が散るからとトレーラーハウスを追い出されたらしい。朝からレン・ジロードの小屋にやって来て、ふわふわと漂っていた。
「そういえば、馬は・・ルシェはどうなった?」
レン・ジロードの問いかけに、
「名前貰ったから、一度、一族のところに帰って長に報告する。たぶん、もうすぐ戻って来る」
「ふうん?」
「故郷に錦を飾る。名誉なこと」
「そういうものか」
レンは、床板を持ち上げると、酒の醸造場へと降りて行った。当然のように、マールもふわふわついて来る。
「大旦那は凄い」
「そこの扉を開けて、吊るしてある魚を4尾、上に持ってあがってくれ」
「魚っ!マールに任せる」
いそいそと燻製棚を開いて、吊された魚を4尾選びつつ、すぐ横に吊された獣の後ろ足らしき肉塊に眼が止まる。
「その肉はまだ駄目だぞ?熟成に少しかかる」
釘をさされて、伸ばし掛けた手を引っ込めた。
「レゲンの苔は覚えてるか?」
「崖の下で見た」
「あれを一房持ってきてくれ。燻木に混ぜると肉が仕上がるんだ」
「採ってくる」
もの凄い勢いで、マールが飛び出して行った。
大きな壺に酒を落として木の栓をしっかりと填め込み、縄で厳重に縛ってから腰のポーチに収納した。
腸詰めの燻製をいくつか取って切っているところに、猛然とマールが戻って来た。
「大旦那、採ってきた」
「おっ、良い大きさだな。まだ残ってたか?」
「大旦那が寝転べるくらいある」
「そうか」
マールから苔を受け取りつつ、
「腸詰めを右端のやつから順番に味見して、何番目が一番美味しかったか言ってくれ」
「マールに任せる!」
鼻息荒く、闇精霊が皿に並べた腸詰めの燻製に襲いかかった。
醤油の出来が良い。
雑多な穀物粉に、オンジュの種に・・。
料理を考えながら材料を取り出して上に運ぶ。
ちらと見ると、マールが真剣な顔で腸詰めを前に考え込んでいた。
「決まったか?」
「迷う」
「どれと、どれ?」
「この3つ。どれも美味しい」
「うん・・じゃ、3つとも出そう」
レンは3種類を皿に残して、残りはズラズラと連なった状態のまま、燻製棚のフックへ戻した。
「大旦那、素敵過ぎる」
マールが歓喜の顔で見上げる。
「きっちり棚の戸締まりを見てくれ。封が緩いと味が落ちてしまう」
「任せる」
張り切った
この精霊さんは、意外なくらいに細かい。引き受けたことは、かなり正確に実行してくれるので、案外頼りになるのだった。
(走り鴉の卵があったよな?)
小ぶりだが濃厚な味わいのする卵をいくつか採ってあった。あとは、"モドキ"シリーズになるが、豆腐やこんにゃく、野菜を使って・・。
「戸締まり、完璧」
「よし」
地下室の扉を封鎖すると、マールに周辺の見回りを頼んで昼餉の準備をしていった。
湯を沸かした鍋に、ポーチから取り出した生の腸詰めを放り込み、燻製の腸詰めは酢に辛みを混ぜたタレを添えて大皿に盛る。これに魚の燻製を4尾と"ポテマヨサラダ"、野草盛りに軽く塩こしょうをして香り油を回しかけたサラダ、これに揚げた細い捻りパンを添える。
天気が良く、風も弱いので、外に食卓を出して真っ白い布を掛けていると、銀色のトレーラーハウスのドアが開いて、そわそわと顔が覗いた。
「手が空いてるなら手伝ってくれ」
声を掛けると、
「はいっ、喜んでぇ!」
全速力で、黒いドレス姿の
サラダの大皿、燻製の魚と腸詰めの大皿、揚げパンの籠、取り皿にフォークとナイフが出てから、冷えた炭酸水の瓶を置く。
「マール?」
「・・今、戻った!異常なし」
超特急で闇精霊が戻って来た。
「ほい、これ頼む」
チーズの塊と、小さなナイフを渡す。
「マールに任せる」
しっかりと頷いて、ふわふわとサラダの上に飛んで行くと、慣れた手つきでチーズを薄く削ってかけて回る。その間に、レンは茹で上がった真っ白な腸詰めと、壺に入ったケチャップモドキを運んで来た。
「まあ、昼はこのくらいにしようか」
すでに席に着いている3人を見回して、レンも自分の椅子に座った。
「さあ、食べてくれ」
レンの合図で、3人が一斉に卓上に手を伸ばした。
戦争開始である。
ピリリと引き締まった緊張感で、それぞれが笑顔を保ちながら、せっせと手を伸ばして自分の皿を賑やかに彩りつつ、せっせと切り分けて口へ入れる。
レンは野菜にポテマヨをのせて、茹でた腸詰めをくるむようにしながら頬張っていた。ケチャップの瓶は持ってきたが、ポテマヨサラダの味が良くて必要ない感じだ。
腸詰めの肉汁を味わいつつ、小屋へ戻って煮込んでいたスープを持ってきた。感心なことに、マールも後ろから来て、スープカップを抱えて運び始める。
「助かる」
「マールに任せる」
闇精霊が胸を張る。
「後で、さっきの熟成肉を仕上げて食べさせてやる」
「大旦那、愛してる」
マールが満面の笑顔で応じた。
「む?・・何か、コソコソ話してます?」
勇者が眼光鋭く振り返った。
「食後の作業の打ち合わせだ」
「そう、打ち合わせ」
「・・・・・ふうん」
「ニク・・と聞こえました」
エルフ族の聖女がぽつりと呟いた。
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