第25話 おまえの心は何色だっ!?

 村に降りて、ダンジョンの事など報告をした後、村長からの依頼で、麓の村の近くにできた塔を調べる事になった。

 冒険者協会にも配慮して、取得した魔物素材の売却は半年間行わないこと、報酬は塔内で取得した品総てという取り決めになった。取り決め書には、村長と麓の町の町長並びに各役人、さらには冒険者協会の支部長と副支部長が署名した。


 レン・ジロードの出した要件は2つである。


一、同行者の選定はジロードの専権事項とする。

一、塔内において、同行者を含む、あらゆる存在の生死に責任を負わない。


 これは覚書として、村長と町長、冒険者協会が保管し、塔付近にはジロードとその同行者に近づいて、死亡するなり傷病を負うなりしても、すべて自己責任であるとする立て札が立てられ、冒険者協会では立ち寄る総ての冒険者に注意喚起がなされ、同意しない者には塔内への立ち入りを禁止する措置をとったそうだ。


「そろそろ、お日様が見たいデ~ス」


 呟いたのは、黒いドレス姿の勇者だった。

 麓の町から馬車に揺られること2日間ほどの場所に、ノルンが表現するところの"玉ねぎを積み上げたような"塔が建っていた。外壁の素材は骨粉を固めたような触感だった。


「どこまで登れば良いんですかねぇ~?」


「奥方、文句が多い」


 マールに言われて、ノルンが口を尖らせた。


「そりゃあさ、マールちゃんは闇精霊だもん。薄暗いの平気だろうけどさ、わたしはそうはいかないのさ」


「お方様、まだ8日しか経っておりません」


 カリンのフォローにも、


「8日もっ!8日も・・なのよ?表現間違ってるわ!」


 噛み付くしまつである。

 しかし、いくら文句をたれようが、不平を並べようが事態は変化しない。

 レン・ジロードの背中はどんどん離れてゆく。

 うかうかすると置いて行かれるので、そこは頑張ってついて行くしか無い。魔物は登場した順に流れ作業のように鏖殺される。ノルンも、カリンもマールも、ただついて歩くだけだ。

 まあ、ノルンはこまめにスケッチだけはやっていた。絵と個数に、どんな倒され方をしたか、わずかなメモ書きを添えてある。


「ねぇ、何階だっけ?」


「117階です、お方様」


「大旦那様が呼んでる」


「えっ?あ・・急ぎましょう」


 3人が大急ぎで駆けつける。とは言っても、闇精霊のマールはふわふわと宙を浮かんでいるので、駆けつけるとは表現しないのかもしれない。


「この碑石が上に跳ぶための魔法陣を生み出すようなんだ」


 レンは目の前にある墓石のような石柱を見て言った。


「行きます?」


「疲れたか?」


「えぇ・・・っと、カリンが何か疲れたって言ってて・・」


 黒いドレスの勇者が、ちろっと後ろに控えるエルフ族の聖女を見る。


「お、お方様っ!?」


「奥方、酷い」


「そうか。なら、きりが良いところで、あと2日登ったら降りよう」


 レンは頷いた。


「えっとぉ・・登ったら、降りないといけないんですよぉ?」


「あたりまえだろ」


「するとぉ、10日登ったからぁ、また10日かかるじゃないですかぁ。いまなら4日短く降りれるんですよぉ?」


 ノルンが念を押すように、ゆっくりと言う。


「降りるのは、10日もかからないだろ?」


「へ?・・なんか、そういう、外へビューンて出れたりする装置があるんですか?」


「ただ降りるだけだ。そんなに時間は要らない」


「へぇ、そうなんですかぁ。それなら、2日くらい、どうってこと無いでぇす」


「少しは、レベルというやつが上がったか?」


「え?・・あぁ、はい、もう・・何て言うか、世の冒険者の皆様に申し訳ない感じで・・旦那様のおかげで、3人でお喋りしてる間にレベルが上がっちゃってますから」


「お喋りせずに戦ってくれても良いんだぞ?」


「いやいやぁ、何言っちゃってんですかぁ、もうやだなぁ~、こんなお強い人がいるのに、わたし達みたいな貧弱ガールズなんて出番無いっすよぉ~」


「奥方、暇そうだった」


「おぅ、待ったれや!われ、何言っとんじゃ、あぁん?空気読めや、おぅ?」


 器用に八の字に眉を歪めて、ノルンが額からぶつかるようにして闇精霊に詰め寄った。


「大旦那、助ける」


「あまり、暇にさせるのも悪いな。次の階はおまえ達に任せようか」


「マールが悪かった」


「ええ、本当に・・・」


 闇精霊を鷲づかみにした勇者が、うふうふと気味の悪い笑みを浮かべる。


「行くぞ」


 レンは石碑に触れた。足元に魔法陣が放射状に拡がって、ほぼ一瞬にして4人は別の場所へと転移していた。

 この塔内のあちこちにある仕掛けだ。

 初めこそ、何だか楽しかったのだが、もうすっかり飽きていた。


「何だが、ザ・コロシアムな場所ですねぇ」


 黒いドレスの勇者が呟いた。


「ころしあむ?」


「闘技場っぽいやつです」


「・・確かに、そんな雰囲気の場所だな」


 レンはぐるりと周囲を見回した。


「あ・・なんか、出ましたよ?」


 勇者が宙を指さした。


「空を飛ぶ奴か」


 レンは顔をしかめた。


「とうっ!」


 黒いドレスの勇者が鷲づかみに持っていた闇精霊を投げつけた。身体能力だけは化け物級の勇者である。投げられた闇精霊はもの凄い勢いで宙を貫いて飛び、宙空に姿を現しつつある蛾のような怪物に命中した。

 灰色の産毛に覆われた蛾と人身が合わさったような魔物が苦悩も露わに頭を抱え、悲痛な叫びをあげながら地面に落ちてくる。そのまま、床に手をついて項垂れて動かなくなった。


「チェストォォォーーー!」


 その頭部を、黒いドレスの勇者が右拳で打ち抜いた。

 色々な物が飛散して辺りを汚し、頭部を失った蛾の魔物が死骸となって崩れ伏した。


「ふっ・・我が拳に砕けぬ物など無いのですよ」


 ノルンがドレスのヒダに蛾の魔物を収納した。


「奥方・・」


 マールがふわりと浮かび上がった。かなり、眼が据わっている。


「え・・あはぁ、マールちゃん、ごめんねぇ?」


「この仕打ちをマールは忘れない」


「ちょ、ちょっと、マール?マールちゃぁ~ん?冗談ですよぉ?ちょっとした遊び心?」


「大旦那、奥方は悪い人」


「悪いというより黒いな」


 レンが応じた。


「くっ・・黒いって・・そんな」


「そう、真っ黒」


「あんなこと言ってるわ、カリン、どう思う?そんなこと無いわよね?ね?」


 ノルンは縋り付くようにカリンを振り返った。


「大丈夫です。お方様がどんなお色だろうと、カリンはついていきますから」


 エルフ族の聖女が慈愛に満ちた微笑みで頷いた。

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