第39話 添い寝
昼過ぎから始まった戦いは、夜半を過ぎても続き、夜が白み始めた頃になって、ようやく終焉を迎えた。
最初から最後まで、一方的に蹂躙され続け、死線を彷徨い続けた可憐な少女が1人、白百合でも手折られるようにして大きな寝台の上に倒れ伏していた。
弛緩しきって動けない真っ白な裸体を、継続回復の魔法がホワホワと暖かく包み込んで消えかかった命の火をつなぎ止め、損傷した筋を治癒してゆく。
白目を剥いた眼をそっと撫でるようにして閉じ、真っ白いシーツを少女の裸体に被せてやってから、レン・ジロードは裸のまま小屋の外へ出た。
ソルノが拭布を手にお辞儀をした。すでに風呂釜から湯気が上がっている。湯が沸騰する小気味よい音が聞こえていた。
「ありがたい」
レンは素直に喜んで湯船に身を浸した。
『その・・お疲れでしょうか?』
「ん?」
珍しく声を掛けてきたソルノを見て、レンは笑顔を見せた。
「いや、むしろ気分が良い。好きなだけ吸ってくれ」
熱湯に浸かったまま、手を差し伸べる。
喜色を浮かべた黒髪のエルフが押し戴くようにしてレンの手を両手で握った。
『ぅんっ・・ぁ』
押し殺した声を漏らしながら、ソルノが身を小刻みに震わせてレンの生気を吸ってゆく。途中、立っていられなくなったらしく、地面に膝を着くようにして
「もう、良いのか?」
『は、はい・・これ以上は、この身が保ちませぬ』
紅潮させた顔で小さく呟くと、お辞儀をしてから小屋に向かって頼りない足取りで歩き出した。
「あいつは・・ノルンは寝かせておいてやってくれ」
声を掛けると、黒髪のエルフが微笑して頷き、小屋に入っていった。
「大旦那、お酒呑む」
闇精霊がお盆を抱えて飛んできた。
「おう、ありがたいな」
盆には、酒徳利と
「肴は何にする?」
「
「マールに任せる」
闇精霊がひらりと飛び去った。
レンは、白んでゆく夜空を眺めながら満足げに目を細めた。
待つほども無く、超特急で舞い戻ったマールが用意する羊肉のローストをスライスして酒のあてにしながら、味見に勤しむ闇精霊を話し相手に湯を愉しんでいると、カリンが小屋から出てきた。
「お休みになっておられます」
「まあ・・そうだろう」
「その、余計な事をと、お叱りを受けそうですが・・」
カリンが遠慮がちに、話し掛けてきた。
「なんだ?」
「ソルノさんに手伝って頂いて、シーツなど新しい物に取り替えさせて頂きました。出来ましたら、お方様がお目覚めになるまで、その・・・お隣にいて頂けませんでしょうか?」
意外な提案である。
「それは良いが・・あいつは自分の寝台に戻った方が休めるんじゃないか?」
「お目覚めまで大旦那様とご一緒に居たいと・・きっとそう思っておいでに違いありません」
「そんなものかな?」
レンは首を傾げた。
「大旦那、マールもそう思う」
「そうか?う~ん・・あまり寝相が良い方じゃないからなぁ、潰してしまいそうで怖いんだが・・」
「奥方は不死身、問題無い」
「まあ、そうなんだけどな・・」
「大丈夫です。大旦那様・・お方様は十分に強くなられました。簡単に
カリンが一押しする。
「それもそうか」
レンは納得顔で頷いた。
女を抱くことはあっても、前述の理由で一緒に寝たことは無い。人生初めての
レンは、手早く酒を空けると湯船を出た。
必死の形相でカリンが、大急ぎで大ぶりな拭布を手渡し、自分も一枚を持って後ろに回ってレンの体を拭いてゆく。
「いつ見ても、ヤバイ。奥方は本物の勇者」
闇精霊が何やら呟いている。
「気を遣わせた。すまんな」
カリンに腰へ布を巻いて貰いながら、レンは筋肉の隆起が凄まじい巨躯から湯気を立ち上らせながら、女達に見送られて小屋の中へ入った。
頭を拭き拭き、寝室の入り口にある垂れ布を持ち上げて中を見る。
大きな寝台の上で、白銀髪の少女が眠っている・・・のだが、どうやら、カリンとマールによる悪戯が仕掛けられていたらしい。
身ぎれいに整えられた上に、淡く薄化粧をされ、肌身の透ける黒い夜着を着せられている。被せてあった薄布団は畳まれて足元へ置かれていた。
(・・あいつら)
やけに熱心に添い寝を推してくると思ったら、こういう仕込みをやっていたわけだ。
レンは苦笑しながらも、寝台に腰を下ろして、深い眠りに落ちているだろう少女を眺めた。
正直、レン自身は、もっと肉付きの豊かな、どちらかと言えば包容力のある年増の方が好みに合う。恐怖に震えているような少女を相手に愉しめるほど嗜虐心は強く無い。
ただ、この勇者の場合は、"永遠"の少女である。実年齢がいくつになっても、外見は少女のままなのだ。
もっと大人の、しっとりと実った肢体を望んでも得られないというのは、女としては辛いのだろうか。
こうして静かにしていると、本当に綺麗な少女である。
よく自画自賛しているので聞き流しているが、実際のところ、ちょっと見かけないくらいに美しい造形をしていた。
(まあ、気合いと根性の方が目立ち過ぎて、こいつの美貌とか認識から吹っ飛んでるんだよな)
非現実的と言うのか。肌理の細やかな傷もシミも無い白絹の肌、すらりと長く見える脚に、小さな柔らかい尻、くびれた柳腰から真っ白な脇を辿れば、小ぶりな膨らみが形良く女を主張している。
わずかにも崩れたところがない。これ以上無い調和を保った奇跡の肉体をしていた。
(不老不死となると、ずうっと、この体を保てるわけだ。世の女からは羨ましがられそうだな)
レンは、できるだけ静かに寝台に身を横たえると足元の布団を引き上げて二人に被せた。それだけで、淡く若い女の匂いが鼻腔へ感じられる。
(・・まずいな)
エルフ族の聖女と闇精霊の思惑通りに、レンの男が反応し始めた。
ただ、さすがに一戦終えて眠っている相手に挑みかかるのも躊躇われる。
(そもそも、こいつは、おれの何なんだ?)
他の事でも考えようと、今更ながらな疑問を思い浮かべた。
(カリンやマールは、まるでおれの妻のように扱っているが・・)
体を重ねはしたが、何かの約束をした覚えは無い。
(嫌っている訳じゃ無いんだが、どうも・・・完全な押しかけ何とかだよな?)
レン自身、死別した前の妻のことは気持ちの整理はついている。まったく引き摺っていない訳では無かったが、元来、あれこれと思い詰めるタイプではないし、何となく男女の事から引退したような気分で遠退いていた。
そこへ、この少女が突貫して来た。
ほぼ仙人のように暮らしていたレン・ジロードの物静かな生活を賑やかに引っかき回して、ガラガラポンッと丸めて捨てられたような感じである。
(勇者か・・)
この世界に召喚拉致されて5年経ったと言っていた。
明るく笑っているが、他人に言えないような事が色々とあっただろう。
(何と言ってたっけな?)
どこかで、レンの事を耳にして、召喚をやっている連中を潰すために、この山に押しかけてきたような事を言っていた気がする。
(苦労してんなぁ、おまえ・・)
故郷に帰ることも出来ず、死ぬ事も出来ないまま、この先どう生きて行くのだろう。
(まずいな・・)
レンは、同情めいた湿った情が胸中に芽生えてしまった事に苦々しく顔をしかめた。
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